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アフターアフェア  A f t e r A f f a i r


 このくらい年を重ねてしまうと、思いがけないプレゼントくらいでは心が揺れたりしなくなる。寂しいことだけど、色々な意味で『長けて』しまったせいなのだろう。オレの脳みそは随分ひねくれ者で、物質の表す意図を考えてみたり、贈与の裏にある事情を探ろうとしたり、よくよく思えばくだらないことにばかり頭を回して、素直に『ありがとう』といったことが何度あっただろうか?
 だが。
「え……?」
 目を覚ましたオレの、右手の薬指にリング。
「え??」
 状況を把握できないまま、それと彼の顔を交互にみ比べている。
 つまり、その思いがけないプレゼントが、思いがけないヒトから与えられたとしたら……?
 今のオレは、彼をどうみる?

 それは、ぽってりとしたシルバーの上にカボション・カットのムーンストーンが控えめに据えられたリングだった。リボンもされず洒落た包装もない。これが彼のクリスマス・プレゼントらしい。
 身体を横たえた格好で、じっと右手をみつめていると、トップの重さでリングがくるっと下を向いた……。
「あれ。ちょっとサイズ、でかかったっすか?」
 彼が呟いた。
 その声はいつもの飄々とした、弟のような、彼の声。その中には『意図』も『裏』もない。……元々彼はそんなものとは無縁のヒトだけど。
「くれるの?」
 まだ眠気が冴えない頭で、オレは莫迦に当たり前なことをきいている。そして、少しずつ冴えだした頭で、「ああ、この間オレの手を取ってじろじろ観察していたのはそのせいか。」なんて、冷静に考え始めている。
「ああ、大したモンじゃねえから。」
 右手をひらひらさせて、彼は冗談みたいに笑っている。
 そうはいいますけど、『大したモノ』だと思いますよ。
「ありがとう、桑原くん。」
 うれしいと思うから、素直にいいたい。
 でも、ことば自体は素っ気なく、オレは何気なく指輪を外す。確かにちょっとぶかぶかだから、人差し指にはめ直すことにする。
 それをみて、彼はやや困惑ぎみに笑った。
 オレも彼をみ上げ、笑う。
 ……どんな顔して買ったんだろうな。想像すると、何だか微笑ましくて、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

 十二月二十五日。ヒトビトはまだこの日をクリスマスと呼ぶけれど、宗教心の浅いオレにとってはまるで、派手に着飾っていたドレスを脱ぎ捨てた、少し疲れた顔の美女のよう。あと一日経てば、魔法が解けてしまうことを知っている。だからこそ、倦怠感丸出しで、アフターアフェアの顛末を涼しい目でみつめていたい……。

 彼からの電話を、オレは都合のいいものとして受け止めていた。
 彼の誘いに「YES」と返事をする度に、彼に対する甘えが増大している気がする。
 まだオレが何もいっていないのに、彼はオレを部屋に迎え入れた途端に「疲れてねえか?」といった。
 相手が、……例えば飛影だったら、何をおいても一番に「否定」から入るはず。だが、オレは何の迷いもなく「YES」と答えた。
「うん、ちょっとね……。」
「少し横になるか?」
 いつの頃からか、そんな会話が当たり前になってしまっている。
 つまり、来て早々にそれも「YES」でオレは彼のベッドの中。布団の口にかかる部分を「若い牡の匂いがする。」といってげらげら笑われて、後はそのまま二時間眠り通し。
 オレは自然に桑原くんに甘えてしまうことがある。
 明け透けに、遠慮のえの字も考えずに、気持ちをさらけ出したくなることが増えた。初めは彼の前でのオレの変化を不思議そうにみつめていた桑原くんは、オレの『妖狐の影響』かもしれないといういい訳にもならないことばに、「へえ。」とか、分かっているのか分かっていないのか分からないような返事をして、それ以来何もきかなくなっていた。
 でも、……桑原くんは、なぜ怒らないのだろう?
 年下の彼に甘えっ放しのオレを、何の軽蔑もなく、すべて「いいよ。」というひとことで括ってジョークを飛ばしてくれる彼は、こういうとき、自分よりも年上のヒトのように思える。
 彼はオレの手土産のクリスマス・ケーキをぱくぱくと片付けている。
 淡々と。
 だからこそ、この関係の深さと浅さを表している光景に、みえるのかな……。

 この冬一番の不覚は、桑原くんからプレゼントを貰うとは思っていなかったことだろう。こういっては悪いけど、彼はそんなことに気がつくような繊細なヒトだと思わなかった。
 オレは臨機応変に気の利いたことばも返せなくて、それにやっぱりこういう経験が少し照れ臭くて、
「御免ね。折角いいもの貰ったのに、何も用意してないんだ。持ってきたモノも昨日の残りのクリスマスケーキだなんて、気が利かないよね……。」
「ああいいって。」
 そういって彼は、手に持った皿の上のものを口に運びながら、
「やっぱ蔵馬の作るモンはうめえな。」
 とか、おべんちゃら使ってくれるけど、折角だけどそれも……、
「……御免。それ、おふくろが作ったんだ。」
「あ。」
「しかも、張り切りすぎてスポンジ、固いでしょう?……御免ね。」
 桑原くんに向かって、「thank」以上に「sorry」を連呼するのは、恐らくこれが最初で最後なんだろうな……。
「いやあ、蔵馬のかあちゃんの作るものもうめえなあ。ははは。」
 ……だから、あなたのほうが申し訳なさそうな顔をしないでほしい。
「御免。」
「いいって!謝るなよ。」
「でも。」
 今のオレは、情けないくらい頭が回っていないから。
 ああ、右手のシルバーリングが重いよ。
 その石の部分を、左の人差し指が無意識に撫でている。そして、これも意識的ではないけど、
「……やっぱり、貰えないな。これ。」
 いっている。
「返されても困るんだけんど……。」
 砕けた調子でいうけど。オレのことばに、彼の表情が曇るのが分かる。
「小指くらいには入るんじゃない?」
「そういう問題じゃなくて。」
 彼のいい分を無視して、オレは指輪を外して彼のほうへ手を伸ばし、返す仕草。
 すると、彼は本当に困った顔をしてぽりぽり頭を掻いて、
「あのさあ。」
「……何?」
「おめえがそうしたいなら別にいいけどな。」
「……。」
 桑原くんの、ため息をきく。
「それ返されたら、オレ何のために金貯めてきたか分かんねえじゃん……。」
 ……ちょっと、痛い。

 『甘え過ぎじゃない?』
 『いいコだな、秀一くんは。』

「ねえ桑原くん……。」
「あん?」
「オレ。甘え過ぎ……?」
 本当は、分かっている。心の痛みを感じてみたいんだって。昔からオレの悪い癖、「優しいヒトを試したくなる。」。傷つきたくない、裏切られたくない、怖がり気質。今でもそうなのだから、きっとこの先も完治は……。
「御免ね。」
 謝るよりも先に彼がいった。
「いいんじゃねえの。」
「え……。」
「いいんじゃねえの、それで。甘えたければ好きなだけ甘えていいんだぜ。」
「……。」
「だってさ、その後はちゃんと元の蔵馬に戻るだろ?」

 どうしてそんなに、自然に優しくしてくれるんですか?
 あんまり優しくされたら、オレはあなたを……。そうなったら、あなたが困るでしょう?
「桑原くん……。」
「おめえにはいつも負けてばっかだから、たまに頼りにされんのって結構気分いいし。ま、所謂ひとつの優越感っつう奴っすか?」
「……。」
 ……っていうより、惚れっぽい性質も昔のままだということか。
「どーかしたおにーちゃん?」
 素っ気ない弟クンの口調がいう。
 『おにーちゃん』?……まったく、誰に向かって口をきいているんだよ。
「……ううん。何でもない。」
 でも、この関係が心地よい。
 浅過ぎるくらいが、深入りし易いんだって。桑原くん、知ってる?

 オレは既に二度寝の体勢。
 少し笑って、桑原くんが笑ってくれること確認してから目を閉じる。
 今のオレは、彼の優しさに包まれていられるこの空間が、一番のお気に入りらしい。


金魚の水槽

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