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A・Aの顛末  D e t a i l s o f A f t e r A f f a i r


 だから。
 その日からオレの右手にはシルバーリングがはめられていた。
「なぜみんな、指輪をくれたがるのでしょうね?」
 独りごとのつもりだったが、彼は意外にもあっさりと答えを返してきた。
「独占欲が強いからだろう。」
「あなたも同類ですか?」
 今度の問いには、答えはなく、
「その指輪はどうした?」
 質問で返される。
 オレは右の手のひらを彼に向け、手をかざすようにしながら人差し指にぴったりと収まりのいいリングを眺める。
「桑原くんに貰った。」
「……。」
「結構気に入ってるんだ。シンプルで邪魔にならないから、普段使おうと思って……。」
 淡々と答えて笑う。だが彼は、
「似合わんぞ。」
 ……オレが気に入っているといっている側からこれなのだから。そして、
「俺が遣った奴はどうした?」
「……。」
 そう。
 十二月二十三日。飛影がオレの部屋に踏み込んだ途端に投げて遣したのもリングだった。しかもそれは、ゴールド台に品よくグリーンの石が座った代物で、その石が軽く八カラットはありそうなもので、しかも最近あまりみないグリーン・サファイヤだったりして、彼が『おまえの目の色に似ているだろう。』なんて気障な台詞を口にして?通貨に換算すれば後ろにゼロが五つつくとか?六つつくとか?
 兎に角その日、こんなモノを貰ってしまったらどんな要求されるか分からないなと思わされる、或いは「あなたは一体どんな悪さをしたんですか!?」と叫びたくなるようなモノを、彼はくれたのだった。
「……勿体なくてつけられないって。」
 色々な意味で、ため息交じりに呟く。その態度を彼は否定的に捉える。即座に表情が不機嫌に変わり、
「気に入らないならそういえ。」
「そうじゃなくて。」
 机の引き出しを開けると、高価なモノが案外けろっと顔を出したりするのがオレの部屋……。取り出したそれを一度空に放って手のひらに受け止め、
「ねえ。これ、今から返すっていったら、怒る?」
 甘えでも何でもなく、本当の遠慮からきいているのに、
「ああ。」
 あっさり切り捨て。
 ……それはそうだよね、彼の性格なら、きっとそう答える。
「でも。」
 彼のことばを無視して、オレは手の中の指輪を彼に投げ返した。彼はそれを受け取っても、驚きもしない。窓際の定位置から腰を上げ、やれやれとでもいいたげな表情で、オレの側まで歩み寄る。そして、
「あ。」
 右手が取られ、その人差し指から桑原くん贈与のシルバーリングが外される。そして無理矢理空席にされた指に、彼が、彼のくれた指輪をはめた。
「……。」
 ちょっと絶句。

「強引ですね。」
「そうか?」
 でも次の瞬間……!
「あーっ!!!」
 飛影。窓の外に向かって、桑原くん贈与のシルバーリングを投げ捨てる。
 ……って貴様!
「何をっ!」
「怒鳴るなよ。」
 それは無理です。
「ふたつもいらんだろう。」
 どうしよう、本当にキレそう……。
「オレはあなたの所有物ではない。あなたは大切なヒトだけど。」
「……。」
「あなたにそんな権利はない。……束縛したいなら、別のヒトを探して。」
 彼は何もいわない。
 オレの目を冷たくみ据えて、握り締めた拳を上に向け、オレの鼻先に突き出す。
「冗談だ。」
「は……?」
 開いた手のひらの上には、……いわずもがな。
「ふ。」
「……。」
 ……このオレを計るとは、あなたも随分度胸が座ったものだ。
「飛影。」
 オレはちょっと不機嫌に腕を組んで、彼を冷ややかにみつめる。
「それがあなたの独占欲?」
 彼が嘲るような微笑で答える。
「独占欲だと?ふん、それこそ冗談だろう……?」
 あなたは、時々本当に面白いヒトですね。だからしばらくみつめ合った後は、
「ふ。」
 思わず笑ってしまう。
「そこまでするんだから、いい加減認めたらどうですか?」
 そういって、彼の手のひらから指輪を摘まみ上げようとするが、
「何のはなしだ?」
 あっさりとその手は退かれて、指輪は彼の懐に……。
「飛影?」
「これはしばらく預かる。」
「どうしてそうなるんですか……?」
 今日の彼は、どうかしている。
 なぜそんなに困らせることばかりするんですか?
「返せよ。」
 もう冗談では効かない。オレはいつもよりずっと冷たい目で、でも真剣に、訴える。
「断る。」
「お願いだから、飛影……。」
 だが彼は────

「そんなに桑原が好きか?」
「……え?」
 ……きき間違い、だよね?
「何……?」
「……好きなのか?」
「……。」

 彼は。
「ふ。」
 時々本当に面白いヒトだ。
 笑いが止まらない。彼が目を丸くしてみているけど、オレは「御免」と一度謝って、そのまま笑い続ける。そして、
「うん。」
 オレは彼をみつめて微笑んだ。
「好きだよ、桑原くんが。」
「……。」
「でも、彼に求めているものは、あなたとは違うから。」





「桑原くんは、優しいヒトだよ。オレのすべてを知った上で、彼はニンゲンとして、ニンゲンという立場のオレと、トモダチでいてくれる初めてのヒト。オレも心から『トモダチ』だと思っている。」
「……。」
「彼は今のオレが一番安らげる場所。そして、一番甘えられるヒト。」
「甘えられる……。」
「そう。だから、彼に求めるのは『自然でいられること』。……『natural』。」
「……。」
「でもあなたにはそれを求められない。その代わりに、与えてくれませんか?」
 彼の頬に触れる。
 軽く、くちびるに触れる。
「『thrill』。」





 だからそんなに顔を引きつらせることないでしょう……。
「これを桑原くんに求めたら、可哀想でしょう?」
「そうだな、……と受け流してやりたいところだが、俺ならいいのか?」
「うん。」
 あっさり答えて、
「分かったでしょう?あなたと桑原くんを比べることなどできません。さ、桑原くんのくれた指輪、返して。」
「駄目だ。」
 あっさり答えられた……。
「それをつけてろ。ゴールドのほうが似合うぜ。」
「そういう問題じゃ……。」
「それに、そいつをみていれば、俺のことを思う時間が増えるだろう?」
 ……まったく、どこが『独占欲がない』んだか。
 物質として残さなくても、あなたのことは毎日思っているのに、そんな台詞を涼しい目をしていわれたら、一も二もなく溺れたくなる。
 少し恨みがましく、彼の目を睨みつける。その目の奥、本当は笑っているんじゃありませんか?いっておきますけど、今日は勝ちを譲ってあげているんです。優越感に浸るのはまだ早い。

 しかし、これが本日の極めつけ。
「スリルか……。」
「?」
「具体的には、どうして欲しいんだ?」
「あ。」
 彼の手が乱暴に髪を掴む。
 そして、不意に近づいてきたくちびるが耳に触れそうな距離で、囁く。
「……え……?」
「……くらいなら、考えてやってもいいんだぞ。」
「……。」
「ん?……どうする?」
「……。」
「……。」
「……うん。」
 そのことばに、黙って頷くしかできないオレは、
「桑原くんがみたら、どう思うかな……?」
「知るか。」
 軽蔑されても仕方がないくらいの淫らな性質を捨て切れない……。


金魚の水槽

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