Date
2 0 0 4 - 0 6 - 0 6
No.
0 0-
王賓室で夕食を
a f t e r - h o u r s
「今日も一日ご苦労だった。……そうだ。仕事も終わったことだし、この後一緒に食事でもどうだ?どうせ士官用の味気ない配給食だ。一人で食うより、二人で食ったほうが、少しは楽しく過ごせるとは思わんか?……いや、おまえの気持ちはよく分かっている。混乱しているのだろう。俺が現れたことで、おまえは混乱している。それはそうだ。死んだと思っていた男が生きていたなんて、まるで『お富さん』だ。」
「……。」
「突然目の前に現れたことは許してほしい。本当に、悪気はないんだ。ただ、少しでも早く会いたかった。実物のおまえを確認するまでは安心できない気持ちもあったし、俺の生きている事実を早くおまえに知らせたかった。いや、知らせなければ、おまえに失礼だとさえ思っていた。本当だよ。それを悪いことといわれるのは、はっきりいって辛い。……その気持ちだけは、分かってくれないか?」
「さっきから一人で、何をブツブツしゃべっているのですか?」
「古い友人を食事に誘う練習だよ。」
「ほう。」
「これがなかなかつれない男でね。誘う度に断られている。どうやら向こうは、誘いに乗るよりも、どうやって断ろうか、そればかりに気を取られているようだ。全く、何を考えているのか、理解に苦しむ男だよ。……それはそうと、俺は事実断られ続けている訳だが、原因は何だと思う?」
「さあ。オレにきかれましても……。ご自身では、何だと思われているのですか?」
「……それが分かれば苦労はないよ。ただ、その男は昔から頑固で、素直じゃなくて、何より、俺にあまりよい感情を抱いていないようだ。……どうしてだろうか?」
「何か、相手の気に障るようなことをしたのではありませんか。」
「それは心当たりがあり過ぎて、指折り数えても両手両足じゃ足りないくらいだな。しかし、相手も恐らく同じことを考えている筈だ。」
「同じことって?」
「気に障るようなこと。」
「したのではないか?」
「……。」
「そうでしょうね。」
「というより気にし過ぎ。」
「そうでしょうか。」
「ふむ……。俺は一向に気に病んではいないのだが、向こうはそれを信じていないらしい。どうすれば理解が得られるだろうか?」
「そうですね。おはなしを伺っただけでは何とも判断し兼ねますが……。ただ、理解と同意を得るための道のりは、かなり難航が予想される、というのは確かでしょうね。」
「そうか。いや実は俺もそう思うのだ。」
「困難な道をあえて選ばれることについては敬意を表しますよ。」
「そうか。それはありがたく受け止めよう。……で?」
「で?って?」
「俺はどうすればいい?」
「さあ。」
「……。」
「誠心誠意。対応するのが一番だと思いますよ。」
「そう思うか?」
「あなたに思うところがあるのでしたら。」
「本当に?」
「ええ。」
「……。」
「……。」
「今日も一日ご苦労だった。さて、この後だが……、他に予定がなければ、引き上げて一緒に夕食でも……。」
「丁重に、お断りいたします。」
「蔵馬……!」
申し遅れましたがここは魔界。某軍事主義国家の、自称「古い友人」こと某国王が、日課のようにあの手この手で仕掛けてくる誘いを笑顔で斬り捨て、「国王の色」ことオレは、本日の仕事はこれにて終了、立場上最後に会議室を出るのを常としながらも、こうしていつまでも国王と二人切りで居残っていれば、「国王の色疑惑」を始め、それが周囲からオレたちの関係を怪しまれる原因になるのだと理解しているから。
それに、前の会議が終わってから、既に一時間は経っている。実際、そろそろ引き上げないと、後片づけの若い兵士に予定外の残業を強いることにもなり兼ねない。
国王への一礼は省略して(咎め立てする者が居ない場合の例外行為だが)、颯爽と、会議室を後にしようとしたオレだったが、……ドア開かないし。
振り返ってみれば、かの国王は正面壇上の操作盤にて、ドアの開閉を制御している模様……。
「黄泉ー……。」
そこまでするなら、ひとこと「待て。」といえばいい。
「『待て。』といっても待つ気はないのだろう?」
大正解。
だからオレも対抗して、ドア脇に設置されているほうの操作盤でドア・ロックの解除にかかるが、一度受けつけられた解除コードも、ドアの半分も開かない内に、誰かさんの操作で元通り。またぴたりとロックされてしまうのだから。
「……。」
ロックコードを入力する黄泉。
解除コードを入力するオレ。
……といった行為が延々十数回に及んだ頃、パニックに陥ったドアは「ぴー」という情けない断末魔の悲鳴を最後に、何を入力しても返事をすることはなくなった。
「あ。」←黄泉
「……。」
「……。」
「……壊した。」
「壊したんじゃない。……壊れたのだ。(T_T)」
ちなみに、ロックはされた状態での制御不能。黄泉の勝ちは勝ちなのだ。結局、会議室を出ることは叶わず、思わぬ足留めを食らったオレの前に、ゆっくりと歩み寄ってきた黄泉の身体が立ち塞がった。
「彼此二ヶ月だ。」
一瞬、何のことかと記憶を溯らせ、ああ、「最後に同じ食卓(テーブル)についてから。」、大体そのくらいの時間が経過しているのだな、と思い当たる。黄泉の、眉間に皺を寄せた顔が近づく。
「食事を共にすることも許されないのか?」
「国王、あなたは公人ですよ。少しは考えたらどう?」
「公人である前に一人の男だよ。」
一人の男である前にその発言は何か勘違いしてないか……?
「黄泉。」
腕を組み、非難の目を向けるオレに、
「分かった、民主主義だ。」
黄泉はオーバーなアクションで両腕を広げてみせ、
「どうぞご自由に。だが俺にはおまえと二人で食事をする自由もない。不公平だとは思わんか?」
「おまえはオレに何を求めているんだ……?」
「文面通りだよ。分かるだろう?」
「で、その裏は?」
「蔵馬……。」
黄泉が本当に厭なときの顔をする。
オレも、今のはちょっとキツかったかな、と反省する。
「御免。……オレの悪い癖だ。」
「いや、おまえがそう思うのも無理はない。俺の行為は、国王としては少しズレているのだろう。」
「……。」
「……。」
意味もなく沈黙する。みつめ合うことのできぬ身体を、五十センチも離れていない場所で向き合わせ、オレたちは互いに何かを考えていた。
……何てしめやかな空気だ。黄泉のいうように、本当にオレが混乱しているとしたら、……厭だな、どうにかなってしまいそうだ。
と、そのとき。オレの左(黄泉の右)で、「ぴしゅ」という空気音。突如復活したドアは、呆気ない程速やかに開き、その外側(つまりオレたちのすぐ横)には、工具を持った機械工らしき兵士が一人、立っていた。
「……。」
恐らく、ドアが制御不能になった情報をききつけて、修理担当者が直ちに急行してくださったものと推測されるが……。
その若い兵士は、国王(黄泉)と軍事参謀総長(オレ)の「極近くに居る様子」を、実に気まずそうな顔で交互にみ比べ、
「失礼しました。」
「……。」
ドアは開いたときと同じスピードで、速やかに閉じられた……。
「……また悪い噂が広まるぞ。」
「俺は気にしていないぞ。」
黄泉は、「気にしていないから(近づく)存在を教えなかった。」とか、「(ドアが)直ってよかったじゃないか。」とか、兎に角平気な顔をしていうが。
「おまえが気にしなくてもオレが気になるんだよ。」
「それは、相手が俺では不足、という意味か?」
「ほらまた……。おまえはすぐ悪いほうに捉える。……オレが来たことで、現におまえの評判は落ちているじゃないか。」
それは実際、深刻な悩みどころだった。(何かの機会に一度告白したことがあるが、)オレ自身は、本当に、何といわれようと構わないのだ。後から入った者に対する攻撃的な悪評は、この世界に限らずどこにでも存在する。だが、この男は違う。背負うしかなかった不利な条件を克服して、自ら築き上げた地位がある。それを、一度世界を壊されたことのある同じ男に壊されるなんて……。皮肉な歴史の繰り返しに、この男を巻き込むのはもう厭だ。
オレは床をみつめ、黄泉は天井を仰いだ。互いにため息を吐き、
「おまえの憂慮する気持ちも分かるが……。」
そう再び口火を切ったのは黄泉だった。
「それを理由に毎回断られても、納得はできんよ。」
「……それをいわれたら、オレが『板挟み』だ。」
「とりあえず、これからはなすことは、無心にきいてくれ。『駆け引き』もなしだ。」
黄泉は一度「いいか?」と念を押してから、オレの返事を待たずに語り出した。
「俺はこの立場になってから、食事を取るのはいつも一人だった。たまに誰かと食事することになっても、それは仕事上の会食ばかりで、ここ数百年は楽しくものを食った記憶がないんだ。これを……、味気ない人生だと思わんか?」
「まあ、同情はしますよ。」
「……。」
「切ない顔するなよ……。」
それにしても、この男は「食うことに関して」、これ程一生懸命な男だったかな、と考えてみる。その必死な感じも、(使いどころが間違っているな、と思いながら)一応伝わってはいるし、相手にオレを選んでくれていることも、それなりにうれしかったりする。
ただ、この場で、このタイミングで、「イエス」というにはどうも癪な気がして……。
オレが頑固で、素直じゃないこと。分かっているなら、少しは気を利かせた誘いかた、してくれればいいのに。本当に、成長しない奴。
「……分かった、オレの負けだよ。」
「え。」
「誘いに乗る、といったんだ。何度もいわせるなよ。」
「そうか。……そうか。いや、ありがとう。」
「別に。それに、礼をいうのはこちらのほうですよ。一応、お招きに預かる立場ですから。但し、条件がありますが。」
「条件?」
おまえの前述。
一箇所だけ、間違っているところがあるんだよ。「あの男」は、確かに昔から頑固で、素直じゃなくて、仲間を振り回してばかりいたけれど。
おまえによい感情を抱いていないなんて、一体誰に吹き込まれた?
「本当はね。時間の経過をみながら、少しずつガードを緩めてもいいかな、とは思っていたんだ。国の体質とか構造とか、空気が読めるようになれば、オレが好きに動いても、おまえに迷惑をかけることは少なくなる筈だから。」
「……。」
「……時々はつき合うようにする。だからもう、対応に困るような変な誘いかたするなよ。」
「変な誘いかた?」
「例えば……、ドアを壊すとか。」
「だからあれは壊したんじゃない、壊れたんだ!」
「はいはい。」
「お、おまえだって共犯なんだぞ?」
「でも、一番最後に受けつけられた命令コードはロックですし……。」
「おまえという男は……。どうしてそうかわいげのないことばかりいうのだ────
金魚の水槽
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