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大志の男  W h a t ' s y o u r a m b i t i o n ?


 街道筋の町に迷い込んでしまった俺たちは、人波に流されるままに今は市場の片隅をうろついていた。所謂屋台街という奴だろうか、歩いているだけで肉を焼いたような食欲そそるいい匂いが鼻腔をくすぐってくる。お天道様の位置も頃合で、行き交う客の数も今がたけなわといったところか。小腹も空いたことだし、俺たちもそろそろ昼飯といこうか?
 ……と紳士的に誘うつもりで振り返ったが、後ろをとぼとぼついて歩く奴のひもじそうな顔をみて誘い文句が逃げていった。
 奴、つまり俺の相棒の白狐チャンは、俺の着物の袖の辺りをつんつんと引っ張りながら、「なあ。なあ。」と俺を呼んだ。そして気力のない顔と声で、
「腹が減ったよ……。」
 といった。
 俺はおまえの保護者か。いってやりたい気持ちを抑え。
 俺は奴の真向かいに向き直り、
「クイズ。出すけどいい?」
「ん?」
「三択クイズー、『腹が減ったよ。』といわれた俺は誰でしょう。」
 一番、給食のおばさん。
 二番、お父さん。
 三番、優しくてかっこいい相棒の黒鵺サン。
 さあどーれだ?と奴の目を覗いてきいたら、奴は俺の目を真っ直ぐにみ返し、即答でこういった。
「給食のお父さんみたいな相棒の黒鵺サン……。」
「誰。」

 という訳で屋台に立ち寄ることにした。屋台といっても、粗末ながらも店先に椅子とどんぶりを乗せる台が何組か用意された、まあまあマシな店だ。食堂と露店を足してニで割ったような、といえば何となく通じそうな気がする。
「うまい?」
 奴は運ばれてきたそばをずるずるとすすっている。うまいかうまくないか読み取りようのない顔で食っている男に感想をきいても無駄らしい、俺も食い始める。
「……。(ずるずる)」
「……。(ずぞぞ)」
 しばらく無言で食ってみる。昼下がりの屋台で、大の男二人が……。横丁を通り過ぎるヒトの視線が冷たい。
 しかし、
「……。(ずるずる)」
「……。(ずぞ)」
 目の前の男。無心にそば食ってるけど。
 こうして改めて眺めてみると、かわいい顔をしている。よく街角に張ってある旅劇団のポスター、あれに描かれている俳優よりも、ぶっちゃけいい男だと思う。このいい男が盗賊なんかやっちゃってるんだから壊れてる。まったく不景気なはなしだよ……。
「……。(ずるずる)」
「……。(ず)」
 ……っていうか、そもそも俺、蔵馬が何で盗賊を続けてるのか、知らないな。自分たちのことを語り合う程親密な関係じゃないといえばそれまでだが。
 それは兎も角。無言で食い続けるのも流石に辛くなってきたので、
「なあ。」
 声をかけると、
「……。(ずる……)」
 受ける意思をもって奴が食う手を止めた。(奴も辛かったらしい。)
 俺は先刻より気になり始めた「理由」をきいてみることにした。何の気なしに。まあ大した答えが返ってくるとも思えないし、ただの会話のおかずとして。
「おまえさあ。」
「ん?」
「何で盗賊してるんだ?」
「?」
 奴は壊れた人形のように首を傾げた。確かに、質問としてはいささか唐突だったか。明らかに俺の言動に興味を持った目をして俺をみ返す。
「いや、ほら、おまえ……。」
 と、俺は一旦視線を外した。コイツと目を合わせてはなすのは正直苦手だ。みつめられる照れもあるから、視線を避けたままはなしを続ける。
「みた目はそれなりだし。盗賊面じゃないから時々警備兵からナンパされたりしてるし。」
「大きなお世話だ。」
「盗賊なんて危険な仕事に手え染めなくても、他に楽に生きていく方法、幾らでもあるんじゃないのか?」
 女に貢がせるとか。男色のパトロンをみつけるとか。まあ、どれも奴のお気に召す方法じゃなさそうだけど。
 最後のほうは、思いやりで適当にことばを濁す形を取った。色男扱いされるのは好まない。先が読めることまで指摘する必要はない。
「黒鵺はなぜ盗賊をしている?」
「へ。」
 俺が視線を戻すと、奴はどんぶりの横に肘をついて、顎に手をやっていた。奴が何かを思うときのお決まりのポーズだ。不意打ちの質問返し。黙っている俺に向かって、奴がもう一度同じ問いを投げかけた。
「なぜ盗賊を選んだ?」
「……。」
 なぜ、って──
 俺は少し時間をかけて考えた。そして、
「それは、おまえと一緒に仕事がしたいからさ。(ニコッ!)」
 爽やかに答えたら箸で眉の間を突かれた。……くそ、喜ばせてやろうと思ったのに。
 俺の理由はどうだっていい。
「おまえはどうなんだよ。」
 不機嫌な顔で。
 だが睨みつけるより先に、奴が口にした答えは思いの外安直なものだった。
「オレは、金のためかな。」
「かね……。」
 あまりにストレートな答えに力が抜けそうになったが、
「……。」
 蔵馬の目には既に俺の存在が映っていないらしかった。遠く、それは未来を透かすように。まるで独りごとのように、「うん。やはり、最後は金なのかな。」と呟き、そばを食う──

「国が欲しいのだ。」
 そばを食い終わり、汁までを飲み干した後に奴がいった台詞だ。
 自由になる国が欲しい、楽園が欲しい、という奴を、俺は不思議な気持ちで眺めていた。
 蔵馬がいう。
「魔界(ここ)は安穏に暮らせる場所が少ないのだ。なあ、そうは思わぬか黒鵺。」
「……。」
「ないから築くというのも稚拙な故だが、オレは何者にも脅かされない世界で、隠居のように暮らしたいのだ。だがな黒鵺。国というのは厄介でな。まず土地が要る。しかしそれさえ在ればいいという訳にもいかん。今度はそこへ住まう者が要る。気に入られるためには色々と手を尽くさねばならん。だからこそ、というのも妙だが、オレの国は小さいほうがよい。大きくなり過ぎると弊害が生じ易いものだから。政(まつりごと)には手がかかるし、その手を増やせば己の知らぬ間に、思わぬ方向へ進んでいくこともある。他人を丸きり信用しない訳ではないが、住まう者の安全、安心を第一と考えるなら、丸きり信用できるというのもなかなか間が抜けたいい分である気がしなくもないものだな……。」
 淡々と語る。その口調はいつもする与太ばなしや、作戦を立てるときのそれとさして変わりがない。だが、それをみ守る俺の感情は複雑だった。
 俺は思っている。奴は。何も考えていないようで、色々と胸に秘めているものがあるのだな、と。それよりも、そんなでかいことを考えていたなんて。今まで俺は奴の何をみてきたのだろうな、と、心の中が少しだけ後ろめたい。
「……オレが努力したところで、やがては住まう者が勝手に働き、そこがオレの国であることすら忘れて、自由に生きていくのだろう。ま、それはそれで一概に悪とはいい難い結果だと思うのだが、なあ黒鵺。」
「……。」
「……黒鵺?」
「あ、ああ。」
 語り終えた奴が俺をみていた。もう先にみせた思案顔ではない。
 奴はいつになく大人びた目で微笑み、「おまえにも本当は大志があるのだろう?」といった。
「大志、か……。」
 呟き、俺は空をみ上げるが──
 ……考えるまでもないか。
 俺には奴に語ってみせる程の大層な志はない。
 だが最初に考えたとき、みつけたんだ。心の中に、「なぜ」の真意は確かに在った。
 迷惑なことに、ソイツのせいで俺は今まで盗賊であり、ソイツのおかげで、俺はこれからも盗賊であり続けるのだろう。
(奴の側で。)
「俺は……。」



「俺は、おまえの役に立てればそれでいいかな?」
「なあ。甘い物も食っていい?」←きいてない

 箸で突こうとしたら避けられた。


金魚の水槽

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