Date
2 0 0 1 - 0 9 - 2 4
No.
0 0-
甘かったり、辛かったり
a n d S w e e t , a n d S p i c y
「どう、おいしい?」
テーブルに頬杖。いつもの行儀の悪い格好で、蔵馬がまじまじと俺をみている……。
どう返事をすべきか?などと考えるのは面倒だ。それに考えたところで裏をかかれるのは目にみえている。一度蔵馬に目を向けて、そのままテーブルの上に置かれた皿の物体をみて、再び蔵馬の目を覗く。
「ああ。」
ありきたり、だが無難に。それをきいて、……いつものようにうれしそうに笑うのかと思いきや、
「そう。」
蔵馬は思いの外無感動にそれだけをいった。そして、同じテーブルで何やら書きものをしている桑原に向かって、
「おいしいって。」
顔を上げた桑原が、俺をみてひとこと。
「おめー。変。」
それから蔵馬をみて、
「何で分かるんだよ、飛影のこと。」
「別に分かるわけじゃないけど、……ちょっと傷ついた。今までいってくれていた『おいしい。』は実は信用できないものだったのかと思うと。」
「?……何のはなしだ?」
蔵馬は俺をじっとみつめ、くそ真面目な顔をしていった。
「怒らないなら教えてあげます。」
「つまり、俺が怒るようなことなんだな。」
「まあ、虫の居所に寄るかな……?」
「含むな。さっさといわんときく前に怒るぞ。」
「賭け。」
「は?」
蔵馬は、悪びれもせずに淡々とタネを明かした……。
「カスタードプリンの上にタバスコをかけて出したら、どういう反応をするのか。オレが『おいしい?』ってきいて、あなたがYESと答えたらオレの勝ち。NOと答えれば桑原くんの勝ち。」
「……貴様。」
試されるのは好かないといっているだろうが。
「……というわけだから、これは回収。こっちが本物だから食べて。」
蔵馬が手をつけていない自分の皿をよこした。と同時に俺の皿を自分のほうに引き寄せる。そして、
「あなたは何でも『おいしい。』っていうヒトだったんですね。」
愚痴る。
恨みごとも態となのは分かっている。こうなるといちいち相手をしてやるのも面倒だ。
「それはどうするんだ?」
俺も態と、まるで気にしない素振りできいたりする。そうすれば、奴もいつもの味気ない態度に戻る。
「これ?勿体ないからオレが食べる。」
「俺の食い残しだぞ。」
「だから?……あなたの残りものなら全然平気ですよ。」
「……。」
匙で俺の食いかけを崩しながら、これも絶対に態と……、
「自分の子供だと思えば……。」
「は……?」
俺の目をみつめて、
「何か、オレに子供がいるとしたら、あなたみたいな感じだと思うんですよね。」
「それは喜べといっているのか?嘆けといっているのか?」
そのとき、
「すんませんそこ。もーちっと静かにしといてくれませんかー……?」
「桑原くん、さっきオレが勝った分差し引き十五分。」
「げ。時間で払うのか?」
「うん。だって人間相手に金品は賭けないから。」
俺がここに来たときから、桑原はひとり黙々と紙切れに向かっているが。
「おい。あいつは何中なんだ?」
桑原、答える。
「皿屋敷中。」
「桑原くん、座布団一枚。」
「???」
このふたりは時々意味不明な会話をしたりする……。
「模試の最中。時間制限が九十分だからあと三十分くらいだけど。」
「蔵馬ぁ、マジ時間引く?」
「じゃあ身体で払う?」
この男の場合、冗談にきこえないから恐い。
「それにしても。」
プリンの皿に手をつけ始めた俺を、蔵馬が眺める。何かいいたいらしいが、とりあえず、
「それ、おいしい?」
素っ気なくきかれる。
正直に答えるとすれば、蔵馬の作るものにまずいものはない。つまり、一口食っただけだが、これもうまかった。ただ、今のタイミングでYESといえば、十中八九『本当に?』ときき返されるのは分かり切っている。俺のことを信用しているとことある毎に口にするが本人、気づかないところで意外と疑い深い……。
答えないほうが賢明なこともある。奴も俺が何もいわないことを分かった上できく問いだ、まるでなかったことのように流される。
「普通、分かりませんか?甘いものと辛いもの。」
奴が食っている物体について、いっているらしい。
「おまえがつらっとした面で出すから、そういう味なのかと思うだろうが。」
「でも変だって思いませんでした?」
……いや、思ったが。
「あなたなら、食べる前に匂いで気づくと踏んでいたんですけど。」
「匂いで分かるのは多分おまえくらいだぞ。」
「そうなんですか?」
「……俺にはおまえのような特異な鼻はないからな。まったくおまえときたら、……犬のようだ。」
厭味のつもりでいうが、
「狐ってイヌ科なんですよね……。」
【きつね(狐)】イヌ科の哺乳類。体長は七十センチメートル程度で、体が細く耳は三角、尾は太く房状に長い。古くから説話などに多く登場する霊獣────
「……だって。」
「辞書を引くなっ!」
「霊獣だよ。目の前にいる人物が、前よりありがたくみえたりしませんか?」
「ありがたく……?」
────皮は襟巻きや敷物に利用される。
「なるほど、ありがたいな。」
「喧嘩売ってます……?」
その笑顔の裏が恐いぞ。
「蔵馬……。」
桑原、模試中。
「はい?……ああごめん、うるさかった?」
「いんや、それは慣れたからいいんだけんど。オレのプリンってねえの?」
「あるよ。でもそれが終わったらね。」
蔵馬が笑う。俺にはみせない笑顔で……。
その証拠に、次に俺のほうを向くときには、瞬時に愛想を削ぐ器用さをみせる。
「そういえば。今日は何の用ですか?」
「……。」
それをきかれると、実は返すことばがない。
蔵馬はそんな俺の表情を一瞬にして読み取る。悪いことをきいたとでもいいたげに、突然微笑んだりするのだから痛い。
「何か、飲みますか?」
「いや、構うな。」
俺がそういえば……。
「3、2、……。」
本当に構わなくなったりも、する。
「はい終了。」
「があ終わったぁ!」
「採点します。しばらく休憩。」
「の前に。」
「ん?」
「食いてえ。」
「オレのこと?」
「飛影にいうようなこというなっつーの。」
「はいはい。ウチはセルフサービスだよ、下の冷蔵庫までGO。」
蔵馬は答案をみつめたまま片手で追い払う仕草をするが、
「へいへい。」
桑原はさして厭な顔もせずに、慣れた様子で部屋を出る。
「さて……と。」
独りごとを呟き、蔵馬は赤ペンを握る。手際よく作業を進めて、
「今日のプリンはね。桑原くんのリクエストなんだ。」
「……。」
これも独りごとらしい。したがって答える必要はない。
「前の模試につき合ったときに出した夕飯があまりおいしくなかったみたいで……。ああ、そのときに賭けてたんですよ、『この模試で七十五点以上取ったら何でもいうことをきく。』って。そしたら本当に七十五点取るから。だから『何かうまいものを作る。』っていうはなしになって……。」
淡々としゃべり続ける。静寂が嫌いなのか、俺に気を遣っているのか。
「おまえは……。」
「何?」
思わず吐いたことばに、蔵馬の反応が過敏に早い……。
「いや。」
「何……?」
顔を上げ、俺に笑いかける。
特別いいたいことがあるわけではない。だから、
「……うまかったぞ。」
「……。」
「……。」
「そう。……ありがとう。」
蔵馬がうれしそうに目を細める。
「昔から料理が得手なのか?」
「得手だと思ってくれているんですね。」
蔵馬は小さく呟き、もう一度、今度は俺をみずに『ありがとう。』といった。作業を続けながら、
「向上心って、なくしたことないんですよね……。」
「ん……?」
「頑張ってみよう、とか、あと少し上手くなってみよう、とか。」
「……。」
「そういうのって、多分、自分じゃないヒトの影響だと思う。」
「……。」
「少なくとも向上した分、あなたはオレがきかなくても『おいしい。』っていってくれる……。」
奴に比べ、俺は気の利かないことしかいえない。
「……うまい飯は好きだ。」
「……。」
「……。」
「……それだけ?」
蔵馬はフッと顔を上げて、先程より幾分寂しそうな色の目を向けた。だからといって、俺がどうこう悩むことではない。戯れごとが嫌いなのは、奴も知るところ。
「他に、何をいってほしいんだ?」
俺は思いの外冷ややかな声でいう。
「……。」
「……。」
「……別に。」
しばらく俺の目を探っていた蔵馬の目が、再び下を向く。
俺は何となく、これ以上の会話がないことを知る。
「やべえ!」
部屋の戸が乱暴に開けられる。声の主はいわずもがな。
「プリンどころじゃねえ、もう帰らないと。」
「どうしたの?」
「どうしたのって、今日は雪菜さんがオレのために飯を作ってくれるんだよ。今何時?」
「十七時四十六分。」
「わりい、帰るわ。またな。」
相変わらず嵐のような男だ……。
「こっちの賭けもオレの勝ちかな……。」
桑原が去っても、蔵馬は淡々と採点を続けている。そして、無感動な声で、
「ちょっとうらやましいかなとか、思いませんでした?」
「何のことだ?」
「あなたの大切な雪菜ちゃんが、手料理を作ってくれるそうですよ。」
「ふん。ばかばかしい。」
俺の第一声がこうだったから、蔵馬は先刻のウツも忘れてくすくすと笑った。
「そう?」
「たかが飯のはなしだろう。それに、それがうまいものだとしても、最後に帰る場所は食い物じゃない。」
「……。」
「うまい飯屋ならいくらでもあるしな。わざわざここまで来る理由は……。」
……そこまで、いってしまってから。
「……そう……。」
「あ。」
自分が大変な失態をしていることに気づく。
「飛影。」
……もう遅いが。
「それは喜ぶべきこと?それとも嘆くべきこと?」
うれしそうに笑う目が、じっと俺を捕らえている。
「わ。」
「……。」
「忘れろ。」
「厭です。」
「じゃあ忘れなくていい。せめて忘れたふりをしろ。」
「それも厭です。」
「おまえは、本当に優しくないぞっ!」
「当たり前じゃないですか。誰が優しくするっていいました?」
つまり、今日の占いは災厄を示していた。
「膝に乗せたい……。」
「貴様は根本的に間違っているぞ。」
金魚の水槽
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