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大願成就  t h e K i n g 's p l e a s a n t w o r k r o o m


 居心地が悪いとはいわない。ココは一応古巣で、ココの空気はオレの存在を拒まない。抵抗のない環境で、何の抵抗も感じずに。そこそこ快適に暮らしているといっていい。
 住み慣れていないといえどもココは古巣。右も左も分からないわけではないし、方向感覚は本能の内。自由にとはいかないが外出だって許可されている。当初向けられていた刺すような関心も今は昔、蓋を開けてみればB級妖怪なのだから、監視体制もB級落ち。柵(しがらみ)の中も、慣れてしまえば無条件に与えられる自由よりは気が楽だ。
 ココは古巣。
 抵抗のない環境。
 そう、何も不満はないのだ。
 ただ、最近気づいてしまったというだけで……。
「どうした蔵馬?浮かない顔をしている。」
「おまえはいつも機嫌がいいな。何がそんなにうれしいんだ……?」
 内心気づかないほうが幸せだったと思いながら、オレは奴が苦手だ。

 或いは気づいた上で対処しろとの神の思し召しかもしれない。思い起こせば、古巣には昔不可解な生きモノも存在していた。
 応接ソファ。黄泉の執務室で、そこがいつの間にかオレの定位置になっていた。部屋の中央に仰々しく配置されているためお世辞にも居心地がいいとはいい難いのだが、他に座れる場所はなかったし、かといって日課のように招かれる身では常に立って過ごせといわれても辛いものがあるだろう。
 好きなように私物化していればいい、という黄泉のことばに同意したつもりはなく。仕方なく居る、というのが本音として。そんなに頻繁にオレを縛りつけたいのならいい加減オレのデスクでも用意したらどうだ?などと、厭味染みた小言を溢したところで、本当に用意されても困るから何もいわないでおこうと思う。
 それに、幸いこの場所に座っていれば奴の顔を直接みずに済むし。心ならずも納得済みの顔をして、一体どこから入手するのか、向こうの世界の新聞を広げたりする。
「面白いか?」
「ん……?」
 新聞。と、自席の黄泉が頬杖をついている。
「別に、面白くもないけど……?」
 例え読んでいなくても、広げているだけでおまえの相手を後回しに出来る魔法のアイテムだ。
 ……なんて毒舌は、king(=国王)相手には流石にいえなかったが。一応答えて、興味のない最終面を開く。人間界もここ数年で随分と辛くなったものだ。「殺」と「盗」の使われない日がないのだから……。
 様々に考えを巡らせていると、不図、センターテーブルの一角が目に留まる。
 それは、ココに居ては何だか妙に郷愁を誘う赤だった。
「これ……。」
 野球ボール程の大きさの、張子人形。思わずその丸い物体に手を伸ばす。
「ああ、それのことか。」
 奴は苦笑ぎみに笑った。こんなに目立つものを、と。存在に気づくまでに、オレは遅れを取ったらしい。
 前回の休暇で、オレは数日間人間界に戻っていた。滞在中にはやるべきことが色々あるが、仕事だけに追われるのも厭だから暇な時間も作るようにしている。本を読んだり、映画をみたり、年相応に買い物をしてみたり。近所を散歩するのもそのひとつ。験担ぎに立ち寄った神社でたまたま工芸品の市が開かれていて、これはそのときに一見変わった趣向の土産として奴に買って帰ったものだった。
 大して値の張るものではない。もちろん、他意はない。ただ何となく、冬空の下で愛嬌のある表情にほっと和んだから。人間界のものを珍しがって喜ぶガキのような男が居るから。そいつのことを、思い出したから。
 目の欠けた存在。
 後から気づいて、愕然となった後、苦笑した。本当に他意はなかったのか、自問してみたが結局答えは出なかった。その後、奴に向かって、「これは縁起物で、初めに願をかけて左目を入れ、大願成就した暁には反対の目を入れるんだ。」なんて平然と説明していた自分もいたから、きっと他意はないのだろう。
 赤いだるま。
 そうやって背を向けているんだね。まるで昔のおまえのようだ。内心微笑ましげに、それを手に取って自分のほうへ振り向かせるが……。
「う。」
 オレは一瞬絶句した。
 というか、初めのオレの説明が間違っていたのだろうか。いや、そんな筈はない。フツーに通じることばを遣ったし、それに奴のことだって、それ程莫迦だとは思っていないから……。
「黄泉……。」
「ん?」
 ……何が叶ったのか知らないけど。
「……目を入れる、っていったのは、『黒目を塗り潰す』って意味だよ。」
「……。」
 なぜ目の中に『目を描く』……?
「普通分かるだろう。……何これ、ピカソの絵みたいになってる。」
 久々にこんな芸術品みた。
 呆れ過ぎて笑いも出ないオレに向かって、奴は笑顔でこういった。
「上手いものだろう。なかなか美人に描けている。」
「……。」
 ……変なヤツ。
 何となくこれ以上みていても忍びないので、だるまは元通り背を向けて、センターテーブルに戻しておいた。
「それから、オレ、『大願成就したら』っていっただろう?おまえの願うことは、現段階では何も実現されていないんだぞ。逸るのも考えものだな。……縁起が悪い。」
 事のついでに軽率な行動を諌めておく。だが奴は、オレの少々非難混じりな指摘にも平然とした態度は変えず、
「成就はしたさ。」
 といって笑った。そして、それはそれは満足そうな顔をして、
「おまえを手元に呼び寄せた。」
「……。」
「……。」
「……は?」
「これで第一段階はクリアだな……。」
 『だな……。』、じゃなくて。
「……。」
「どうした?気分が悪そうだな。」
 それ、分かってたら黙って退出させてくれませんか?
「おまえな……。」
「ん?何だ?」
 その「何でもきいていいんだぞ?」な顔は止めろ。
 読む気の失せた新聞をばさりと畳んでセンターテーブルに放る。新聞を当てられただるまが斜に傾げて、オレを睨む形で静止した。っていうか、その顔で睨まれると気持ち悪くて夜も眠れない……。
「これはオレの思い込みではないと思うから、一応いっておく。」
 足を組み、ソファの背にもたれ直す。黄泉から完全に視線を外してから、
「おまえが拘っているのは『妖狐』のほうだよ。これはA級妖怪で、白兵戦が得意で、この先の成長もみ込める、戦力になる男だ。」
 今更認められたところで痛くもないし、本心でそう思っているから。オレはありったけの揶揄を込めてこう続けた。
「人間臭のするB級妖怪のオレなど、本当は興味ないのではないか?」
 と、いい終わるか終わらないかの内に。
 バンッ!
 机を叩く音に続いて、突然黄泉が立ち上がり叫んだ。
「そんなことはないっ!!」
「……。」←あまりの勢いに固まっている。
「姿形が変わろうと、おまえはおまえのままだ。た、確かに、年の差のギャップを感じることはしばしばある。近くに居ると若い匂いがするし、肌だって何かキレイだ。しかし、それは乗り越えようと思えば乗り越えられるものではないか……!」

 ……オイ。(Nothing can be said.=ことばも出ない。)

「遠慮はいらない。もっと仲良くしよう。」
「その提案は俄かに受諾し兼ねますが……。」
「……ふ。照れなくても────

 恐らく、「照れなくてもいいんだぞ?」といったのだろうが、途中でドアをシャットしたので最後まできかずに済んだ。
 断りを得ずに退出するのは久しぶりだ。……にしても、
「あー……、肩が凝る。」
 主因は環境とみた。とりあえず、反省点は土産だな。分かり易さを考慮して次からは菓子にしよう。そうだ、二度と。二度と……。



「……変なヤツ。(怒)」←独りごと
「大丈夫ですか、軍事総長殿……??」


金魚の水槽

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