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0 0-
時の鎖
c h a i n ( p r i s o n e r s )
夕刻に行われた定例会議。忘れ物に気づいたのはそれから二時間後のことだった。つまり、この男は約二時間もの間、暖房が止められた寒い会議室で居眠りをしていたことになるのか……。
オレは入り口から一歩踏み込んだところで、とりあえず誰が通るか分からないからドアは閉めたが、この後どうするべきか悩まされた。ただ、長机に突っ伏して寝息を立てている黄泉を、声をかけて起こす気にはなれなかった。多分、オレの動きなど眠っていても気づかないわけがないのだ。それに、最近は少し疲れた顔をしていた。
盗賊歩きは得意だ。足音を立てないように、ここからつながる隣の備品室まで。我ながらくだらないことを考えているな、苦笑して、だが手には毛布などを持っている。そしてオレは、少しだけ、昔のことを思い出したりする。
こんなことが、前にもあった。まだ奴もオレも野望という名の夢を持って、生きることに力を注いでいた頃……。
確か、秋口の夜。オレは仲間数人を連れ遠方へ出た。予定は三日、だが天候が具合悪く半日の遅れが発生した。当然巣窟へ戻ったのも半日遅れ。
オレを向かえたのは、その頃流行っていたふざけた敬礼をする門兵と、やけに心配性な幹部のひとり、そして膝を抱えた格好で眠っていた黄泉だった。心配顔をする幹部は、オレが黄泉をみ止めるや否や、オレが尋ねるよりも先にわけを説明した。黄泉は待っていた、予定を外すことの滅多にないオレの帰りを。幹部は黄泉が相当いらついていたらしいこと、そして、恐らく目を覚ましたら頭ごなしに怒鳴るだろうことを少し色をつけて告げたが、オレはそんなことはどうでもよかった。ただ、いつもは態度も素っ気なく、何を考えているのか分からない男が、例え怒りの感情でもオレのことを思い、待っていてくれたことがうれしかった。不思議なくらい、幸せを感じていた。
その頃のオレは、寝入る黄泉に気配を覚らせないように動くことが容易だった。オレは幹部が止めるのも構わず黄泉の側へ寄った。そして傍らに膝をつき、闇夜で目立つ白い肌と銀の髪を覆っていた布をその肩にかけてやった。しばらく垣間みえる黄泉の寝顔を眺めてから、それがあんまり穏やかな面なので、起こすのを諦めた。だが、立ち上がろうとするオレの手首を、
『蔵馬。』
その声、……懐かしい。まだ忘れていない。
黄泉に手首を捕らえられて、
『遅かったな。』
膝に顔を埋めた格好のまま、奴はオレの顔をまともにみようとしない。そして、
『心配したんだぞ。』
などというのだから笑えた。いつもその何十倍もオレに心配させて平気な男のことばとは思えない。オレがおかしそうに笑っても、黄泉は顔を上げてはくれなかった。それが少し悔しくて、オレは色もなく呟く。
『心配されるようなことはしていない。それに。』
『……。』
『……こんなところで眠って風邪でも引かれたら、そのほうが心配だ。』
『……。』
オレたちの側には誰もいなかった。だからなのだろう……、
『お帰り……。』
黄泉は少しだけ顔を上げた。囚われの手首を持っていかれて、匂いを嗅ぐように、オレの手の平に黄泉のくちびるが触れた。
……オレはくちづけでは心が揺れないことを知った。
『只今。』
そっと背後に寄って、オレは広げた毛布で奴の身体を覆った。少しだけ、寝顔を覗く。オレは奴の中に、昔の面影を探している。だが本当は……、既に懐かしい黄泉の姿がどこにも存在しないことを知っている。
なぜなら、オレが、奴の現実を奪ったのだから……。
オレが奴を欲するのは間違っている。
これ以上、黄泉の匂いの側にいるのは辛かった。オレはそのまま何もいわず、部屋を去ろうと一歩退いた。そのとき……。
「蔵馬……。」
「……。」
手首を掴まれる。その感覚は極優しい。
だが瞬時、オレの身体は緊張に支配される。逃げられない。少しでも逃げる素振りをみせれば、痛いくらいに力を加えて、きっと逃してはくれない……。
駆け引きが始まる。
オレは冷静を装って、黄泉を冷たくみ下す。
「放せよ。」
「側にいろ。」
それは命令?感情を殺して皮肉を吐こうとするが、
「蔵馬。」
『蔵馬。』
「あ……。」
黄泉の声に重なる、黄泉の声。黄泉の気配、懐かしい気配……。
オレは動けなかった。
なぜだろう、こんなに心が痛い……。
オレの僅かな変化に、黄泉はひどく優しく変わる。
「どうした?」
「……。」
「……。」
「……どうして……。」
「蔵馬……?」
金魚の水槽
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