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No.
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冷たい海
c o l d s e a
紫の海が広がっている。
打ち寄せる波の感触に、自分が今居る場所を知る。
オレは波打ち際に立っていて、足首から下は海の下で、遥か彼方の空は灰色(グレー)の太陽に照らされている。薄っすらと明るい空に両腕を伸ばし、『風を呼んでいる。』とオレはいった。
呼んだら来るの?と、奴が問う。面白可笑しそうな、いつもの声。
振り返ると、その砂浜はやけに白が眩しくて。霞んだ白の中、奴の姿がみえなくて、オレは思わず目を細める。
来そうな予感がすると、オレは答えた。
だったら止めないけどさ。奴は莫迦にするでもなく呟き、空をみ上げた。
白い砂浜は、砕けた骨で形成されているらしい。
『長い年月をかけ……、』
奴が尤もらしく説明する。オレは心の中で苦笑しながら、この風景は美しいと思う。死んだとしても、これだけ美しく、形跡を残すことができる。
紫の海には、ヒトの思いが漂っているという。
『だから落ち着かねえんだろ……。』
と、奴はため息を吐いた。
死とは、とても儚いものだ。
生きることは案外容易くて、死を生産することも易いと知った。
オレはヒトを斬る生物であるという自覚を持ち、奪う代わりに痛みを与えない。だが、与えたほうが或いは幸せなのかもしれない、とも思う。そのほうが、漂う魂が、己の土へと還る現実を理解し易いから。
何気なく、ことばを吐く。
『オレも死んだら、砂になりたい。』
変なことをいうなよ。笑いながら、奴はいった。
普通は土になりたいって、いうと思うけどな。
そうかな?土になるより、白い砂になるほうがずっと、ミリョクテキだ。どうせ弔う者など存在しない。オレが居なくなっても、カナシム者はどこにもいなくて、いずれ生きていたことも忘れられて……。問題はただ、己の存在を知る者たちが、己の存在を忘れるまでにどれだけの時間を要するか?
今まで生きてきた。
幾つもの出会いを経験し、幾つもの別れを経て。繰り返されるループの中で、生きているのか死んでいるのか分からない者たちは、人知れず死んでいくのだろう。
オレもきっと、人知れず、死ぬのかな?
今から死んだ後のことなんか考えるなよ。……奴は、いつも呆れたときするように頭を掻きながら、立ち上がった。
……海、入りたくないっていってなかった?
『俺は、死んだら何になってもいいけど。』
オレの手の平の上に、白く光る貝殻が乗る。砂の中から掘り出したものらしい。『貝の屍』といったら、『そういう発想だからオンナにモテないんだぜ?』などとあしらう。
ここに居られたらそれでいい、って場所はある。
そういって、奴は真っ直ぐに腕を伸ばし、オレの胸の中心を指差した。
莫迦なことをいう。
冗談だと思った。だからオレは、いつものように軽く笑い、よい考えだと同調した。
『それ、いいな。……オレも、死んだらここに居よう。』
そう呟き、オレは奴の胸に額を当てた。
奴の胸は、少しだけ暖かかった。少しだけ、落ち着ける匂いがした。
そっと、オレの頭に奴の顎が乗って、抱き寄せるように腕が動いた。奴の気配は風のように心地よく変化し……。
おまえ、俺より先に死ぬつもりなのか?
そう問う奴に、オレはいった。
『どちらが悲しくないのだろうか……?』
その前にさ。
俺が死んだら、おまえは悲しい?
……分からない。誰かが死んで、悲しかったことは、一度もないから。
『じゃあもし悲しくなったら、俺がおまえの中で一番最初になるんだな。』
光栄だろう?なんて笑い飛ばす余裕はなかった。
心に刻んどいてやるよと、奴がうれしそうに笑ったから。
……何がそんなにうれしい?オレより先に死ぬこと?オレがおまえの死をカナシムこと?オレの心に存在すること?土に還ること?砂に成ること?そうやって、永久に忘れさせないように心に刻んだこと?
だとしたら思う壺だな。
おまえのお陰で、オレはすっかり臆病者。オレのせいでまた誰かを殺したらと思うと、今は毎日が怖くて仕方がない。生きることは針のむしろを歩くようだ。守るために傷つけて、傷つける度に自分の中の何かが壊れていって……。
『でもその分強くなれただろ?感謝しろよ?』
……笑っている顔を想像しただけでも腹が立つ。
おまえはオレには感情がないとでも思っていた?無かったんじゃない、分からなかっただけだ。当たり前のように側に居たから、考えられなかっただけだ。でも、今なら分かる。……後の祭りって、本当だ。
紫の海が広がっている。
打ち寄せる波の感触に、自分が今居る場所を知る。
「『一番最初』だったよ。これで満足か?」
白い砂になりたかった。
そうすれば何も考えずに、キレイなままで居られた────
金魚の水槽
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