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酔漢夜話2
D e a d D r u n k P a r t 2
……と宣言したことを、オレは早くも後悔していた。
「うひょひょ。うひょ。」
隣の男の笑う声に、
「……。」
うんざり顔で頬杖をついているオレ。
奴の腕がオレの首にぐりんと巻きついてくる。
「れれれ?きつねちゃん、もおのまないの?」
酔っているせいで力加減を知らない。それを必死に解こうと試みるオレは、さながら網に絡め取られた野狐の気分だ。
「飲まないよ。もう十分酔いは回った。……なあ。そろそろ引き上げないか。店主が店を閉められなくて困っている。」
グラスを拭きながら店主がいう。
「私のほうならまだまだ平気ですが?」
「少しは困った顔してくれない?(怒)」
そして隣の男、
「ねえもっとのもおよお。」
「ひらがなでしゃべるな、うっとうしい。」
「とことんいくっていったれしょ?」
「口回ってないし。それ以上飲んだら、本当に莫迦になるぞ?」
ようやく逃れて距離を取る。奴はオレの「莫迦」に反応して管を巻いている。
「そーですよ。どーせ俺は酔っ払いのバカだ。しかしだ、そーゆーおまえは、まー、あれだね?」
「……『あれ』?」
「そう、あれ。」
「『あれ』って、……何?」
「あれって、ほら……。」
「……。」
沈黙。
「……寝たのか?」
「おお思い出した!あれだ、あれ!おまえは……。」
と、奴はオレに向き直り、オレの胸の真ん中を人差し指でとんとん突きながら、
「酔ったけど酔ってない振りをしている。」
「……。」
「ああ間違った!酔ったけどー、酔ってない振りをしているっ!」
……変わってないけど。
「酔ってないけど酔った振りをしている……?」
と、かなり冷たい感じにいい直してみた。
「そう!それだ!」
オレはため息を吐く。
「酔える訳ないだろう。……オレが素面じゃなかったら、今ここで泥酔しているおまえを、一体誰が宿まで連れて帰るんだ?」
「このひと。」
と、奴はごつんとカウンターに額を落とし、右手で正面の男を指差した。
「それはこの店の主。」
「ご主人さん、この時期ですと、こちらの北方原産の赤葡萄酒がお勧めですよ。」
「酔っ払いにここぞとばかりに高い酒を勧めるな。……ほら、黒鵺。店主はもう店を閉めたがっているぞ?」
「いいえ私は……。」
「それ以上しゃべったら殺すかも。」
「またまた奥さんは、冗談がお上手。」
冗談じゃなくなる前に何とかしないと、と、数十分前に店主が出してくれた菓子を摘みながら思う……。
奴は相変わらずのお天気顔で、
「ねえ。そんなことないよねっ。困ってないよねっ。」
ええ大丈夫ですよ、と店主が答えたので、
「じゃあ置いて帰ってもいい?」
「それは困りますねえ……。」←本音
オレは大きくため息を吐く。菓子を口に放り込み、カウンターに両肘をついてうな垂れた。
奴がオレの肩をぽんぽん叩きながらいう。
「ね。どした。」
「……別に。ただ落ち込んでいるだけ。」
「何でおまえが落ち込むのー?」
オレが弱ると優越感に浸る性格らしい、慰めているつもりなのか、更に激しくぽんぽん叩いてくる。うっとうしいが払うのも面倒。オレは苛立たしく髪を掻き上げる。
「オレは……、おまえに振り回されるのは慣れているんだ。それは、例えば仕事の上で、不慮の事象に対処するのと同じこと。おまえのいう『先日』のはなしと一緒だ。しかし、今のおまえは何だ?……無様で、情けなくなる。」
「無様って……。」
と、流石の酔っ払いも口ごもる。オレは──いいか、どうせコイツは「泥」なんだから。
「本当に、こんな形で迷惑を被るなんて、思いもしなかった。おまけに、予定外の出費までするし……。」
「あ。もしかして、さっきの店で金貨投げたの、後悔してる?」
「……ちょっとな。勿体無かったかな、とか、思う。」
オレが横目で一瞥くれてやると、奴はうれしそうに膝を叩いて笑った。
「がはは。何。案外みみっちいのね。世間でうたわれるところのキミはー、豪快豪傑れ通ってるんれしょ?」
「ふん、笑ってろよ。みみっちいんじゃない。オレは堅実なんだ。……ああ、釣りを取るか、踏み倒してくればよかった。そうだ、悪党なんだから踏み倒せばよかったんだ。」
といったところで、遠くからみつめる店主の切なげな視線が……。
「踏み倒さないから。そんな顔してオレをみるな……。」
奴はオレの肩に手を乗せて、
「堅実、堅実、そりゃ結構。」
「莫迦にしてるのか。」
「それがキミのいいところだ。」
うんうんと頷いている。
「それはどうも。本当は褒めるより先に反省してほしいけど。」
「反省?」
「元はといえば、おまえがあんな如何わしい場末の酒場で飲んでいなければ、オレが余計なことに悩まされずに済んだんだ。」
「ちょいと待ちなよオニーサン。如何わしいって何。でいじーチャンもぱんじーチャンもいいコだった。」
「……あんな年増のどこがいいんだ?」
すると、奴が人を食ったような顔をみせる。にやにや口元を緩ませながら、
「何だ、やっぱ妬いてんだ。」
オレは素早く奴の後頭部を引っ叩いた。
そして平静。
「とりあえず問題を整理しよう。今日、いや正確には昨日。黙って宿を出た行為について反省を促す。」
「黙ってじゃない。声は掛けたぜ。」
「あんなのは声を掛けた内に入らない。」
「そういわれてもなあ……。」
と。
「……?」
「……莫迦騒ぎしたくなる気分って、分かる?」
と──奴は莫迦真面目に切り出した。
「え?」
「時々。無性にね。そういうことが、したくなる気分にね。なるのだよ。」
「……うん。」
「だけどね。」
「うん。」
「……おまえはそういうの、嫌いだろうから。」
「……。」
「嫌いなことをしている俺をみて、俺のこと、嫌いになって欲しくないから。」
この男は。何を突然、反応に困るような言動をするのだ。
オレの明らかな困惑を知ってか知らずか、奴は突然オレの腕を掴んで叫んだ。
「俺はなっ!」
「あ、ああ。」
「おまえは変なコだが、仕事仲間としていい人材だと思っている。」
「あ、……ありがとう。」
「ってゆーか、ぶっちゃけしゅきだ!」
「……は?」
奴は、カウンターに頭から崩れた。
「おれはあ、おまえがしゅきらあ……。」
「お、おい。大丈夫か?」
「しゅきらあ……。」
「ああ、分かったから。」
「『ああ、分かった。』って。少しは照れろよお……。」
といいながらカウンターをダンダン殴っている。いい加減壊れるかもしれない……。
「っつーか、妬けっ。もうちょっと熱意を込めて。」
「無理いうな。」
「何だよ。そういうのって、気持ちの問題でしょ?」
「だったら余計無理。」
「……うう、どうせ俺のことなんかあああ。」
「ああまた。。。妬いた!妬いたから、もう泣くな。」
「本当に妬いた……?」
「ああ。」
「どんな顔して。」
「どんなって、普通だろう。」
「どれどれ。」
「……。」
「あはは、かあいいはなのあな。」
ホント、どうやって殺そうか……。
「鼻毛まで銀髪なのね〜?」
「……(怒)」
悪いか!?鼻毛だけ金髪だったらとんだ面白生物だろう!!──と切れ気味に怒鳴ったら、膝や背中をばしばし叩かれながら爆笑され、その後少なくとも一時間は「毛」のはなしにつき合わされ、夜空が白々と明け始めた頃、ようやく店を後にしたのであった……。
足腰の立たない奴を宿に連れ帰るのは苦労した。
しかし幸い、疲れた奴は大人しく、宿に着く頃にはもう騒がしく叫ぶこともなかった。ただオレの背中に背負われて、歌うように呟いているだけだった。
「しんじろー。俺のことしんじろー。」
信じているさ。そうじゃなければ、こんな疲れること、誰がする?
放っておくほうが絶対に楽なのに、仕事だけの関係と割り切ることも可能なのに、
「本当、オレは何をやっているんだろう……。」
おまえが必要なのはオレのほう。
裏切られたら、本当の殺意に変わってしまう。
執着は恐ろしい。だから、おまえにはオレの本心は知られたくない……。
睡眠を挟み、素面に戻った奴は、朝から平謝りだった。それはそうだ、目が覚めて、自分の頭がオレの膝の上にあったのだから。
「済まんっ!」
「……いいよ。」
そして、オレは朝から機嫌が悪かった。なぜなら、昨夜の出来事、一部始終、奴には丸々記憶がないのだから。
「ホント悪かったよ。」
あまり悪かった悪かったとしつこく重ねて謝られるから、つい。
「謝るなっ!」
「ひい。」
「……謝るな。情けない男にみえる。」
それでも奴は謝り足りなかったようで、続けて何度か謝った後、恐る恐るこんなことをきいてきた。
「な。俺。昨夜、何か変なこといってなかったか……?」
本当に何も憶えていないのだな。オレは、
「いった。」
「げ。何て?」
「ひみつ。」
「……。」
墓場まで持っていく、とオレは宣言した。
「教えても構わないが、教えたときのダメージより、教えないでおくほうのダメージのほうがおまえにとって大きいと思うから。だからいわない。」
嘘だ。
奴が何も憶えていないのなら、あの恥ずかしい台詞を葬り去ることができる。この関係をもう少しだけ長続きさせたいと思うから、おまえはもう何も思い出さなくていいよ。
「──信じているさ。」
「どのくらい?」
「どのくらいって。計るようなものか?」
「じゃあ何番目?」
「ん……。」
「一番?」
「ではないな。」
「じゃあ一番は誰なんだよ!?」
「倒れ込むな、莫迦。」
「……。」
「……順位はつけられないという意味だ。過去を探しても、相棒はおまえ一人しかいないのだから。」
「……。」
「おい、寝たのか?」
「……すう。」
「膝に頭が乗ってる。……なあ、困るよ。起きろよ、なあ。」
金魚の水槽
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