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早朝ディト  a t t h e e a r l y m o r n i n g


 この広さが、
「ん……。いい風。」
 伸びをして、隣の彼を横目にみる。
 つまらなそうな顔をしている彼は、
「単調だ。」
 真新しいガードレールに腰かけて、水平線の遥か先に何をみているのだろう。
「そう?でも気持ちいいでしょう、海。」
 空が掴めそうに近い。
「だがまだ春だ。」
「もう春です。」
 潮風はまだ冷たいけど、少しだけ優しくなった。
 我侭で子供じみた生物を仕方なさそうに包み込んでくれる、そんな感じが誰かに似ている。
「春がだめなら、夏ならいいんですか?」
 少しだけ意地悪く、
「夏になったら海水浴にでも来ましょうね。」
「ばか、くだらん。」
 アスファルトの舗装道路から望む海が青い。
 風は穏やかに流れ、白波の立たない水面が揺れる。
 見下ろせば岩ばかりの海岸に波が静かに打ち寄せている。ただ、それだけの景色。
 道路標識にもたれるように海に背を向けると、風が髪をさらう。
 今日をスタートさせたばかりの太陽に右手をかざして。
 風の音しかきこえないからもう少しだけ、彼の声がききたい。
「ねえ。」
「ん?」
「退屈?」
「……。」
 まぶしそうに目を細めている横顔は、
「いや。」
 臆病に、痛手を最小限に抑えることばを探っている。
「単調とはいったが、退屈ではない。」
 うつむき加減で答える。そんな仕草をするとき、嘘を吐いていないことが分かる。
 少し安心する。誘い出したのはオレだから。
「それはよかった。」
「おまえは楽しそうだな。」
「ん?……楽しいよ。」
「……。」
「好きだから。」
 彼がちらりとオレをみる。
 やっぱりオレは少しだけ意地悪く、
「海。」
 それだけをいって、振り返った海から目を逸らせない。
「……海。」
「そう、海。」
 どこまでも広がる深過ぎる青、それは心をしめやかにさせる。
 目を閉じると、風が途切れる間に波の音がきこえる。
「……何?」
 彼がオレをみていることに気づく。
「……おまえは本当におかしな奴だな。」
 そういって小さく笑う。
「なぜ俺に構いたがるんだ?」
「さあ、なぜかな……。」
 目を開けると彼と視線が合う。
 そのままで、再び打ち寄せる波の音に耳を澄ませる。
「あなたは前触れもなく姿をみせるけど、それはあまり頻繁にあることじゃないから……。ときどき無性にあなたのことが知りたくなる。」
「……。」
「それは恋をする気持ちに似ているのかもしれないけど、多分もっと我侭で、残酷な感情な気がする。」
 そういって笑うと、彼は困ったような顔をして目を逸らす。
「俺の何が知りたいんだ?」
「そうだな……。ほくろの数とか。」
「ほ……。」
「……というのは冗談だけど。何だろう?あなたは機嫌がよければ大抵の質問に答えてくれるし……。でも逆をいえば、きかなければ自分のことをはなさないヒトだから。」
「それはおまえも同じだろう。」
「まあそうだけどね。ほら、いったでしょう?もっと我侭だって。あなたはオレが口に出さない問題の答えをたくさん隠し持っている。……隠されると明かしたくなる性分なんですよね。」
 彼をみる。
 どうやら困惑が深まってしまったようだ。反省はしないけど。
「……例えば?」
「例えば……。」
 彼は遠く海をみつめている。
 そこにあるのは同じ青を持ちながら歯がゆく溶け入れない海と空の作り出す曖昧な線。
「好きですか……?」
 オレはもうこちらを向くのを止めてしまった彼に問いかける。
 風がふたりを遮るように流れていく。
 彼は僅かにうつむいて思いがけない答えを口にした。
「え……。」
 驚いて呼吸が止まりそうになるのをみ抜いたように、すかさず意地悪くいう。
「海。」
「……。」

 波の音がきこえる……。

「ああ、海ね……。」
「そう、海だ。」
 彼がガードレールに立ち上がる。
「俺には単調すぎるがな。」
 そういって、彼の身体がふわりと空に躍り出す。
 翻弄されるのは慣れている。
 でも、それは彼も同じだろうから。
 今はただ、冷たく穏やかな潮風を受け入れて……。
「手合わせするぞ。」
「いいですけど、……今日は何を賭けますか?」


金魚の水槽

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