Date  2 0 0 4 - 0 6 - 1 9  No.  0 0- 

別伝四篇  4 E p i s o d e s


 某大国の支配下にある小国の、市場に勤めるある女店主の主張。
「あのかたくらい優しいおかたはいないよ。そりゃ、あのかたは化け物みたいに強いけどね、この国の支配があのかたに移ってから、経済だって随分安定したもんだよ。あんたは若いから知らないだろうけど、昔はほんと酷かったんだから。あのかたを嫌いな人?この辺じゃあきかないね。ほら、どっかの国の王様は、やれ税収だ、やれ国防だとか、適当なこといって、民衆が一生懸命働いて稼いだ金を尽く吸い取ってくってはなしだろう?けど、あのかたは違う。この国で収穫した作物なんか、『よい出来だ。』、『よい出来だ。』って、物資の名目でみんな高値で買い取ってくださるし、軍用に貯蔵してある薬なんかも、古くなったら貯蔵してた分全部、あたしら民衆に流してくださる。消費期限切れの腐りかけなんていっちゃあいけないよ。薬だって高いんだ。それを気前よく配って、しかもタダ同然の金しか受け取らないんだから、ほんと、神様みたいなおかただよ。」

「お帰りなさいませ。」
「ああ。留守中の警備、ご苦労だった。オレが居ない間、何か変わったことはなかったか?」
「ご不在中、A国の大使より献上品がございました。伝統工芸品だそうで、黄金の刃に緑玉石の埋め込まれた、大層絢爛な短刀です。」
「捨てろ。」
「……は。」
「捨てろといったのだ。きこえなかったか?」
「は、しかし……。」
「何だ、不満か?」
「いえ、そのようなことは……。ただ……、小さな町なら軽く二、三は買収できそうな品物でございます。僭越とは存じますが、その……、勿体無いことでございます。」
「おまえ。オレに仕えて何年になる?」
「は。今年で百と九十九年になります。」
「なら分かるだろう。」
「は?」
「……オレは物分りの悪い奴が嫌いだ。失望されない内に改めろ。」
「は!では、どの辺りに廃棄いたしましょう?」
「そうだな。次に越える大河の側に集落があっただろう。そこがいい。」
「は……?」
「村長の家の軒先にでも刺しておけ。」
「は!」
「……あそこは去年水害があったからな。」

 某大国の支配下にある小国に伝わる逸話。
 花の咲き乱れる小さな泉の畔に、その御方は立っていらした。
 一面に咲く白や黄色の野花の中から、立派に咲いた一輪を手折ろうとなさったとき、遠くから駆け寄ってくる子供がある。
「採っちゃ駄目だい!」
 その幼い少年は、花を守るようにその御方の前に立ちはだかった。大きな目をくりくりと動かし、物怖じしない目でみ上げる。
 その御方は地に片膝をつかれ、少年の身の丈まで目線を下げられてから、こうお尋ねになった。
「なぜ採ってはならん。」
 少年は答えた。
「妹にやる花だい!きれいに咲いたらみせてやろうと思って、ずっと待ってたんだい!」
 そう強く主張する少年に、その御方はお怒りもなく、大きく二度頷かれたという。
「そうか。そうか。それは失礼なことをした。仕方がない、この花は諦めるとしよう。」
 少年の頭に親しみを込めて触れられる。そして、あっさりと踵を返された辺りは、おことばの通り、花への未練など全くないご様子である。
 しかし、数歩も行かぬ内に、今度は少年のほうからくいくいと手を引いて、その御方を留まらせるのである。
 少年がいった。
「代わりにこれやるよ!」
 その御方の手の内に、小さな光る石を握らせる。
「それも本当は妹にやるんだったんだぞ!」
 少年は振り返りもせず、その御方を追い抜いて風のように駆けていった。
「……妹にやる、か。」
 石は、川原に転がっているような、極ありふれた小石だったそうである。
 しかし、その御方は手のひらの中にそれをじっとみ入られながら、何かを思われ、いつまでもにこにこと笑っていらしたということである。

 その女の部屋には、貝殻や小石、折り紙で動物を折ったものなど、端からみればただのガラクタにしか思えぬものが数多く眠っている。女はそれを、硝子の戸のついた戸棚に、外からでも目につく形で保管しているそうであるが、その事実を知る者は、女の近親の部下の中ではただ一人だけである。
 その若い男は、女の部屋をさしたる興味を引かれぬまま、うろうろとみて回った。落ち着きを欠いた行動、に一見みえるかもしれないが、今初めて踏み込んだ場所を、場所として認識するための単なる行為。生まれたときから戦う生き物だったこの男の、身についた習性である。よって、不躾に歩くが悪気はない。
「意外だな。」
 と男はいった。カーテンを開き、窓の外を眺める。移動要塞。低い雲が目の前を流れて過ぎる。
 女は寝台に横になる。部下の男が居ようと、女は好きなように動く。今は体調が優れない、だから身体を休ませるし、男はそれを咎めない。女に会話をする気のないことも、空気を読めば察しがつく。男も勝手にしゃべり続ける。
「シンプルな趣味は、俺はなかなか心地よいが、病院でももう少し派手だぞ。」
 いつまでも黙ってはいられないと思ったのか、女が「そうか。」と返す。未だ気乗りのしない声である。だからこれも、男なりの気の遣いかたで相手にしない。淡々とこう続ける。
「貢物のひとつもみ当たらないのは、妙なことだ。」
「みなすてた。」
 女の稚拙な答えを、男は鼻で笑い飛ばした。
「……フ、下らぬ嘘を吐く。」
 再び探索を開始しながら、男は更にいう。
「この間、同盟国から献上品があったそうだな。」
「さあ。オレは関知していないが。」
「俺の耳にまで届く噂を、貴様が関知していない筈がない。」
「……。」
 女は答えない。男はしばし間を置き、そして呟く。
「俺は偽善が嫌いだ。」
「おまえと議論する気はない。」
 女の声色が不機嫌に変わる。それをまた、男が笑う。
「施しをするのは、偽善ではないのか?」
 すると今度は、
「施しのどこが悪い。」
 女が舌打ちをする。
「……施しは、できる者にしかできないのだ。できる立場にありながら、みてみぬ振りをして、小金を貯め込んでいるような奴が、オレは大嫌いだ。」
「……。」
 意外な感情の露出に、男は一旦は黙った。が、
「これは何だ。」
 そういい、立ち止まった男の前には、木製を白地に塗った古い戸棚があった。まるで病院の薬棚のようなそれは、殺風景過ぎる女の部屋にはよく似合うが、硝子の引き戸の内に陳列されたものは、どうして薬棚には似つかわしくない。
 棚の中のものに触れようと、男が引き戸に手を伸ばしかけたとき、女の凛とした声がそれを制した。
「触るな。」
 男は素直に手を引いた。……女の命令に従った、というよりも、これもまた男にはさしたる興味がないらしい。男は硝子越しに棚の内部を覗き、もう一度「これは何だ。」といった。
 貝殻、小石、何かの形に折った紙くず。その他にも色々な呼び名を持つ小物が雑多にあるが、幾ら数があっても、男のフィルタを通せばただそれしきのガラクタである。女は答えた。
「貢物だ。」
「……。」

 ……町へ下りると、小さな子等がくれるのだ。もちろんそれは、オレの勢力の行き渡った土地柄だが、子供には媚びる気持ちがないらしい。澄んだ目をして、オレのことを「おいおまえ。」なんていう。……皆由来をいえるぞ?遊びながら一緒に拾った貝殻もある────

「オレへの心の通った貢物はそれだけだ。」
「……フン。」
 男はくちびるを歪めて笑う。そして莫迦にした声色を遣うが……、それが本心ではないことを、女は知っている。
「物好きだな。」
「ああ、オレもそう思う。だが、オレはそんなオレが好きなのだ。……莫迦にするならすればいい。」
 女がいい捨てたことばを拾い、男はなぜか、「そうかもな。」といった。
「ん?」
「いや、独りごとだ。」
 男の真意は不明であり、そのすべてが未だ謎の多いはなしである。


金魚の水槽

HOME  MENU

Copyright (C) Kingyo. All rights reserved.