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まよなかのおばけ
T h e g h o s t a t t h e m i d n i g h t
霊界には魔界から人間界に流出した「危険物」を回収し保管しておく「倉庫」が存在する。そこから「邪念の瑠璃玉」が紛失したとコエンマが騒いでいたのはつい二日前。元々あそこの管理はずさんだったし、オレも何度か書物なんかを拝借したことがある。もちろんバレる前に元通りに戻すが。
今回の紛失物は回収したのが百年以上前で、それから以降帳簿につけることもせずに放っておかれていたのだから、いつ無くなったのかなんてわかるはずもない。たまたま数十年ぶりに棚卸をしたから気付いたものの、こんなことがなければ永久に誰の思考にものぼらないだろう。
「邪念の瑠璃玉」。
十七世紀ごろ、宝飾品としてヨーロッパの貴族の間を流れ歩いていた。見てくれは無色透明なガラス玉、素材も恐らくガラスだろう。大きさもビー玉程度で、光にかざすと蒼い光を発するという。
このガラス玉の主人になった人物は、暴君になったり、悪政をしいたり、とにかく人が変わったように悪人になってる。まるで「持つものを不幸する宝石」のように。
「触れた者の良心を吸い取って邪気として還元する」。これがガラス玉のもつ機能だ。元々宝飾品として出回っていたのだ、持ち主は常に首から下げたりしていたのだろう。短期間で人が変わるわけだ。だが実際は霊的な抵抗力があればききめがない低級品だ。
さて「邪念の瑠璃玉」だが、人間界に流出していたことが判明した。そして今オレの目の前でかざされ、不気味に蒼い光を映している。それを手にしている人物は……
「キレイでしょう。」そう云いながら玉を光にかざす秀一。
「雪の上で、真っ白な中になんにもないのに青く光ってたんだ。これ、ビー玉かな?」いったい……
「どこで拾ってきたのかな?」
オレはいつもの調子で尋ねる。
「学校の帰り道の、橋の上で。」
なぜまたそんなところに?しかしこれで、何者かが故意に持ち出したのではないことがわかる。盗まれたのであれば、それが価値のわからないバカな盗賊じゃない限り、とっくに闇ルートに流れ出ているはず。
「これ、キレイだからかあさんにあげよっかな?」……それは止めてほしい。
オレは秀一が持っている「邪念の瑠璃玉」をすぐに奪わなかった。
変に勘ぐられないためというのもあるが、第一の理由は彼が数時間触れていたとしても大きな影響は表れないとふんだため。まあ、どうせ明日には「なくしてしまう」のだから今日くらいは玉の美しさを楽しんだとしても罰はあたるまい。
計画はふたつ。まずは秀一に気づかれないように「邪念の瑠璃玉」を盗み出すこと。そして、コエンマに気づかれないように元あった場所へ返却すること。コエンマにはオレから手渡してもいいのだが、彼ならことの詳細を知りたがるだろう。それは面倒だし、あいまいに返答すればオレが持ち出したとでも思われかねない。まあ、あいまいな受け答えをしなければ問題ないのだろうが、今回は彼を納得させるだけの適当ないいわけが思いつかない。道端に落ちていたのも、それを秀一が拾ったのも、そしてオレが発見したのも、すべてが偶然なのだから。
深夜二時、決行。
窓の上から逆さに室内の様子をうかがう。秀一はベッドで夢の中か……
窓のカギを開けなければ。手のひらに季節はずれの朝顔の種。成長させてつるをサッシの隙間から忍びこませ、音もなく窓を開かせるのはたやすい。
ひらりと部屋の中へ潜入。あとはブツを見つけて持ち出すだけだ。隠しているものを見つけるには経験がものをいうが今回は余計な詮索は不要だろう。特に秀一、彼の場合比較的素直な性格だからおそらく机の正面の引き出しか、あるいはそのまま机の上か……
「!」
突然背後から意識的な気配を感じた。振り向くとベッドの上で上半身を起こした秀一と目が合った。まだなにが起こっているのが理解できていない様子の彼は、きょとんとオレの姿を見ている。
「……どろぼう……?耳が……」
とっさにオレは人差指を唇にあてて「シーッ」、声を上げるなと優しくさとした。素直な彼は、しばらくの間のあと、オレを見つめたままこっくりとうなずいた。
「Good Boy」
オレは目を細めて満足そうに笑ってみせた。
ブツはやはり机の上に、転がらないようにボールペンで囲いをつくった中に収まっていた。オレはそれをつまみ上げ、踵を返す。
「……にいさん」
「……」
聞こえていたがここは無視するのが得策だろう。窓のほうへそのまま進む。
「……にいさんと同じにおいが、する……?」
やわらかな月明かりが部屋を照らしている。冬の研ぎ澄まされた風がのどに心地よい。
部屋から抜け出るとき、少しだけ振り向いてほんの一瞬だけ片目をつぶって見せ、今度は念を押すように「シーッ」、口外するなと警告した。素直な彼はやはりこっくりうなずいたようだったが、オレは確認せずに冬の月明かりの中へひらりと飛び出していた。
翌朝、秀一の様子はいつもの通りだった。
昨夜のうちに「仕事」を済ませていたオレも、いつもと同じ朝を演じた。ダイニングのイスに腰掛けて新聞を読みながらコーヒーカップに手をのばす。
「行儀が悪いわよ、秀一。」
「ごめん。つい、ね。」
となりにすわった秀一がオレを見ている。
「ん?」
いつもの調子で尋ねる。
「……いえ、なにも。」
「?」
「なに?どうしたの?」
かあさんが話に割ってはいる。彼女はときどき、十代という難しい年齢で兄弟関係になったオレたちに気を使うそぶりを見せるのだ。
「なんでもないよ。ただ、変な夢を見たから。」
トーストにバターを塗りながら、彼は「夢、かな?」とつぶやいたのが聞こえたが、聞き流すことにする。
「その変な夢に秀一が出てきたの?」
妙に心配そうに話すかあさんの様子にオレは苦笑しそうになった。
「いえ。」
あっさりとそう答えたあと、彼はこう云った。
「白い狐のお化けの夢……」
金魚の水槽
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