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誘う男
L e t 's g o t o a h o t - s p r i n g
盗賊の頭は財務計算の最中だ。
肘をついて算盤を弾きながら、時折ため息を吐いたりする。
「なあ。」
「ん?」
その側には珍しく、ひとりの男が寄りついている。
みたところ、その盗賊組織の二番目だという目つきの悪い男らしい。
「……あの。」
「?」
「……今度遠征する北の谷の向こうに、新しく温泉が湧いたっていうはなし、知ってるか?」
「ああ。腰痛に効くとかいう硫黄泉だろう?」
「そこに、旅館ができたそうだ。湯治客用とは別に。」
「……ふうん。」
「……。」
「で……?」
「……その。」
「ん?」
「ここしばらく、ゆっくり湯に浸かる機会がなかったと思わないか?」
「そうだな……。そういえば。」
「おまえ、温泉、好きだろう?」
「ああ、好きだけど……。」
「行かないか?」
「却下。……作戦中に?」
「……終わってからに決まっているだろう。次の仕事が明けたら、数週間の休みができる。」
「それでも、無理だな……。」
「……そうか。」
「この組織、何人在籍していると思っているんだ?」
「……は?」
「観光客向けの施設だろう?近頃随分と不景気だし、この調子なら宿泊代どころか夕飯代だって出ないよ。」
「そうじゃなくて……、だな。」
「何?」
「……つまり。」
「?」
「おまえと。」
「……。」
「俺と。」
「……。」
「……。」
「ふたりで?」
「駄目か!?」
「だ……。」(←勢いに押されている。)
「……。」
「駄目。」
「……やはりか。」
「だってそうだろう?休日とはいえ、組織の上からふたりが同時に遊び目的で、それも日を跨いで留守にするなんて、下の連中に対しての示しがつかない。」
「……。」
「……。」
「……ん。そうだな。」
「だから、ここに帰ってきてから、近場の温泉に日帰りで行くなら、考えてやってもいいぞ。」
「本当か!?」
「う。」(←勢いに押されている。)
「……。」
「嘘吐いてどうする。」
「そ、そうだよな……。」
「おまえのいう通り、しばらく温泉なんて味わってないしな。この程度の我侭は大目にみてもらうとするか。」
「……ふ。」
「日帰りなら地獄谷温泉か、炎熱薬湯か。……ああ、そうだ。」
「ん?」
「地獄谷温泉なら飲食物が持ち込めるし、入浴料も安い。ここからも近いから別にオレたちだけじゃなくても、皆を連れて遊びに行けるぞ。」
「は……???」
「最近は無理なスケジュールで苦労ばかりかけていたから、少しは下の連中を労わねば。そうしよう、酒でも持って騒ぎに行こう。」
「……蔵馬。」
「ああ、だがそうなると、巣窟に誰かひとりは残る必要があるな。全員がいなくなるのはまずいし、……順位を考えるとやはりオレが残ることになるのかな……?」(←既に独りごとの世界。)
「……ちょっと待て。」
「まあそれも仕方がないか。黄泉、下の連中を連れて温泉に行ってきてくれ。」
「(意味ねえ……。)」
金魚の水槽
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