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ここに居るという関係  I e x i s t h e r e


 最近時々思うのは。
「……という点からみて、全軍を今の体制のまま維持するより、大胆な構造変革が必要と思われ……。」
 あの男、絶対、オレを疲れさせるのを楽しんでいる。
「つまり……、」
「いやちょっと待たれよ。」
 反論ですか?ええ結構ですよ、幹部共(あなたがた)が一筋縄ではいかない連中だということは、厭という程思い知らされている。
 オレは後から入ったオ客サン。譲るモノは譲りましょう、
「どうぞ。」
 最初だけはね。ここ一番の微笑で。難関に当たるには、愛嬌と根性が必要だから。
「変革については、我々も元より考えがあった。よって、今更それを論議の場に持ち込むのは……。」
 目配せしながら一笑に終わらせるのはいいですけど。オレにいわせれば、……前から考えていたなら、なぜ今まで放って置いたんだよ!
 ……なんて、突っ込みを入れられたらどんなに楽だろう?
 オレを引き入れた「あの男の面子」もあるから、
「では、そのお考えを保留されていた理由をおきかせ願いましょうか?」
 だからなぜ奴の面子まで考慮しなければならない!?……思いながらも控え目に、友好的な微笑みで。
「それは参謀殿、変革を行うには莫大な費用と労力、それに時間を費やす必要が生じ……。」
 はいそこまでで結構です。
 口先ばっかり。いうだけはタダ?行動力はゼロ?
 だ・か・ら、
「時間がかかるなら只今からでも開始するのが妥当でしょう。早いに越したことはない。労力云々は問題外ですね、そんなものは払って当たり前。」
「金はどうする?」
「それは予算の内訳をみれば自ずと答えが……。」
「では、予算の再検討をする会議を開かねば。」
 また会議?その会議費が幾らかかると思っているんだよ?
 内訳なら昨日丸一日かけて資料庫を掻き回して、実体を提示しただろう、それもさっき!近年の帳簿がみつからなくて金の流れが不明瞭だし、無駄が多くて配分に偏りが……。さっき貴様らが「うんうんそうだね。」って納得したところ!!
 なぜ軍事参謀のオレが、会計管理のことまで視野に置かなければならない?頼むからもう少し細かいところまで考えてくれませんか……?
「部隊は大きすぎても目が行き届かない。現体制から二階層深くすれば……、」
「階層分けするには、そこに立てる指揮官が必要だな。」
 だからいちいちはなしの腰を折らないっ!
「無論そうなりますね。そこには在籍している中から優秀な人材を宛がい……。」
 そのとき、その幹部が隣席の同職と顔をみ合わせた。
「……うちにそんな人材いましたかな?」
「さあ……。」
 ああもう限界だ……!
 ばんっ!!
 オレは立ち上がり、水差しが倒れそうなくらいの勢いで机を叩いた。
「あなたたちの軍でしょう!?内情くらい把握してから会議に臨んでくださいっ!それに文句があるならそれなりの打開策を提示できませんかっ!!」
 そこまで思い切りよく叫んでから、不図。自分に意識が向けられている方向に目をやる。
 机の上で腕を組んでいるあの男が、居る。かなり前から黙ったまま事の次第を眺めていた奴が、オレの視線に気づいて、場違いなくらい爽やかに、にっこりと微笑んだ。そして、
「熱弁だな、蔵馬。」
 何、そのうれしそうな顔。……思ったけ・ど・も。
 オレも奴に向かい、近年で一番いい笑顔を作って答えた。

「そういうお仕事ですから。」
 実りのない会議に、流れる経費……。ほら、あのコーヒーポットからカップに流れ落ちるコーヒー。あんな感じに目にみえる形で流れてくれれば、どんなに説得力があることか。はなしが通じない幹部、元々敵意を持たれているのだから、それが当然とは受け止めているけど……。
 ため息。
 幽助。飛影。彼らと比べるつもりはないが、絶対、オレのほうが苦労している比重が大きい。しかもそれには一切体力を使っていないのだから、余計に腹立たしい。
「ご苦労。」
「え……?」
 広げっ放しの資料を束ねるのも億劫で、机に頬杖したままぼんやりしていたオレの目の前に差し出される白いカップ。……ああ、あのコーヒーを注いでいたの、おまえだったのか。
 オレはカップを受け取りながら、
「お疲れ様でした。」
「おいおい。改まるなよ。」
 『ふたりでいるときは。』、そういいたいらしい苦笑をみせて、奴はすぐ側の机に軽く寄りかかる。オレがここに座っている限り、この場に落ち着いているつもりらしい。そうされるのは、はっきりいって居辛いから、
「悪かった。」
「……。」
 オレはカップを手に席を立つ。正面の電子パネル、スイッチが入りっ放しだ、消さなきゃ……。
「大分お疲れのようだな。」
 点灯しているボタンをひとつひとつ押していきながら、背中で奴の声をきく。今はしゃべりたいとは思わない、素っ気なく、
「……全然。」
「そうか?」
「ああ。」
 すると、わざわざ足音を立てる配慮つきで、奴が近づいてくる。
「疲れる程働いてないから、オレ。」
 くちびるを濡らす程度にカップに口をつけて、次のスイッチをオフにする素振りでさり気なく奴から離れる。しかし、
「……。」
 それを遮るように、奴の腕が伸びる。壁沿いにいるので、逃げ道を塞がれた格好になるのか?……本当はすごく疲れているから、そういうことされると癇に障る。
 咄嗟に反転、残された空間を擦り抜けようとするが……。
「……。」
 ……腹蹴ってしゃがめば抜けられるかな?
「何……?」
 奴の顔をみ上げて尋ねる。さして動じていない振りをして、だがこの距離、近過ぎて何か厭だな。壁に押しつけられたと同じだ、オレは少しでも離れようと壁にもたれる。態勢としては、奴が有利。
「その、ききたいことがある。」
 と、奴がいう。
 オレは少し斜に向いて視線を完全に外し、両手で持ったカップに口をつける。
「何?」
「あ……、この後の予定は?」
「後十分で定時だよ。」
「あ、ああ。」
「今日は残業しない。部屋戻って、シャワー浴びて、飯食って、寝る。」
「そうか……。」
「……。」
「……。」
「……。」
 そこで沈黙されても……。
「黄泉?」
 用はそれだけ?今は平常時より余裕がない。自然、ため息が出る。黄泉の顔をみたくないから、少し俯き加減で、
「……オレ、本当は疲れてるから、そういうことをされると、すごく困る……。」
 本音を呟いてみる。
「……。」
 すぐ側で、黄泉のため息をきく。だがそれは、不思議と嫌悪を感じさせないもので……。
「……済まない。」
 侘びのことばと共に、奴の右腕が下に下りる。オレは、やはり奴の顔をみずに、ことばもなく奴の側を擦り抜ける。
「蔵馬。」
「何?」
 真っ直ぐに元の席へ戻り、ようやく手をつける気になった資料を整理する。オレの口調が、余りにも明らさまに不機嫌な色をみせていたせいで、奴は慌ててこんな弁明を加えた。
「怒るなよ。もしよかったら今夜一緒に食事でも、と思っただけだ。」
 再びゆっくりとした足取りで、オレの側へ……。来る、と分かるから、
「なら、普通に誘えばいいだろう?」
 オレは資料をみ放し、残りのコーヒーと一緒に背を向けた。すると背後で、今度は些かうんざりだといわんばかりの吐息がきこえる。まずいな、と思ったが、もう振り返れない。そして責めるような声が追いかける。
「普通に誘ってもおまえは逃げてしまうじゃないか、……ほら今もそうやってっ!」
「逃げてないだろう……?」
「『逃げてない、避けてるだけ。』か?……そんな問答は沢山だ。」
 距離は確保できた、そう踏んでオレは机に片手をついて振り返る。が、
「え。」
「蔵馬。」
 奴は至近距離に迫っていた。オレはこの男を知り過ぎている、無意識に昔の感覚で扱おうとするからこうなる。しかも、
「そんなに俺が嫌いか?」
「……黄泉。」
「……。」
「……腕。」
 そんなに力を入れて掴まないで欲しい。
「あ。済まん、つい……。」
 オレは二の腕を擦る。感触はなかなか拭えない。それに機嫌も。そのせいか、奴は少々困り気味のときにみせる顔をした。頭を掻きながら、意識を逸らす。
「なあ……、頼むから逃げないでくれないか。」
 オレも視線を逸らし、少し考えてから、頷いた。
「千年もの歳月がそう簡単に埋められないことは分かっているつもりだ。だが、俺は努力しようと思っている。何度もいうが、俺はおまえを恨んではいない。」
 ことばを途切らせて取る理解の確認に、再び頷いて応じる。奴のことばが続く。
「おまえに対する気持ちは、あの頃のまま何も変わっていないんだ。」
「……オレに対する気持ちって?」
「え。つまり、その……。」
「……。」
「……その、何というか……。」
「……。」
 この男に説得力もなく曖昧な態度をみせられると苛々する。オレは腕を組む。冷ややかにみ上げる目で、「次は?」と促す。
 小沈黙。
 奴が困り顔で頭を掻く。
「……どうも上手くいえんな。」
「ならもう止めよう。」
 進まない状況には区切りを。あっさりいい捨てて、オレはさっと踵を返した。奴がオレの名を呼んだがきこえない。遠回りで資料を取りに戻り、そのまま出口へ。
 開閉ボタンに手をかけて……。
「……。」
 ……制止されるのはこれで三度目か。
 今度は何?振り向きざまに掴まれた手を振り解こうと試みるが、力が強過ぎるぞ、卑怯者。
 奴はオレの手を、開閉ボタンの脇に押しつけて固定してから、オレが非難の目でみつめるのも構わずに、こういった。
「その、ワインがある。」
「……ワイン?」
「そう、ワインが……。」
「だから?」
「あ……。」
「……。」
「……駄目か?」
 だから何が……!?
「いいんじゃないか。飲めば。」
「そうじゃなくて、つまり……。」
 不意に奴の顔が近づく。不愉快な距離まで近づいたくちびるが、耳元で止まった。
「……が、あるんだが。」
 奴は小さく囁いた。
「え……?」
 それは、妖狐蔵馬なら心が揺れること確実の銘柄……。
 思わず抵抗の力が緩む。それを確認して、奴の気配からも攻撃的なものが消え、逆にようやく理解に至った安堵の表情が表れる。何て呆気ないのだろう。緊張は、既にこの場には存在しない。
 オレは、案外単純な生き物だ。
「……赤?」
 子供のようにことば少なに問うと、耳元の奴が軽く頷いて答えた。
「もちろん。」
「でもそれ、本物……?」
 今度の問いには、答えを得るまでにやや間があった。そして、
「……開けてみなければ分からない。」
「相っ変わらず頼りないな……。」
「済まん。だから……。」
「?」
「一緒に来て、確認してくれないか?」
「厭だよ。みせつけられるだけでお預け食らうなんて。」
「……。……おまえも、相っ変わらず鈍いな。」
「……?」
「……。」
「今日、開けるのか?」
「開けなかったら誘わないだろう普通……。」

 本日二度目の小沈黙。本当にこの男ときたら、……莫迦。
 何、その勝ち誇ったような口元。……いってやりたいけど、
「……シャワー浴びたら行く。」
 ああ。奴に折れるなんて、いつ以来だろう。だが、素直に従うのは疲れているせいだ。勘違いしないで欲しい、口論するにも否と答えるにも労力がいるからで、決しておまえと酒を酌み交わしたいなどとは思わない。本当に、……こんなところで何やっているんだろう、オレは。
「待っているよ。」
 会議室を出る際、最後にみた奴の顔は、今日みたどの表情よりもうれしそうなものだった。


金魚の水槽

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