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いいよ
i ・ i ・ y o
ここは彼にとって安らげる場所なのだろうかと考えてみる。
数ヶ月前に出会った男は、邪眼を持つ一匹狼の盗賊だった。
妖怪。
オレと同じ、魔界を知る者。
起こった出来事には必然性を感じ得なかったが、彼には何か運命的なものを感じた。出会うべくして出会ったような感覚──そのときの直感は、間違いではなかった実感と共に、心に刻まれている。
改めてはなす機会を持った彼は、傷を負った獣のように、目を合わせる度にオレをきつく睨みつけた。しかし、そんな彼の目の中に、オレはみていた。
──覚悟。彼には、大きな目的がある。
重過ぎる目的は、時に人を理由のために生きる者へと変えてしまう。彼がそういう生き物だと知ったとき、オレは不謹慎ながら、羨ましいと思った。人間界へ落ち延びただけのオレには、この世界に存在したい明確な理由はなかった。彼が持つ「死へ直結する生への執着」が光にみえた。
それから色々あって、彼とは今でも交流が続いている。
その証拠に、彼は今夜もここに居る。
ただ、ひとつだけ残念なことは、彼の警戒心は回を重ねても決して解ける気配がない。オレは椅子に斜めに腰掛け、背もたれ越しにそっと彼を覗う。
壁に背中を預けるのは後ろをみせることを嫌うため。
夢の伴いに抱いて眠るのが刀だなんて、色気のないはなしだ。……オレはベッドを勧めたのに。
針のように気を張って、眠る男を──だがオレは、いいようのない愛しさを以って眺めている。
彼は一匹狼だから。
雑木林や廃ビル。人目に触れない場所を選んで、いつもは眠るのだろう。いつ、誰に襲われるか知れない場所で、一人。トラップを使えない彼にとっては、休むこと自体、危険と隣り合わせの行為といえる。
それを思えば、ここへ来る理由は容易に解釈できた。僅かばかりの安心感が、ここには在る。少なくとも気心は知れた相手が時々説教染みた小言をいうくらいで、他に余計な不自由はない。それにその相手は、いざとなれば少しは戦力の足しになる。敵になり得ないことも分かっている。
だが、それでも百パーセントではないのだ。
一パーセント以上の不安が、彼の身体を包む妖気を警戒の色に染めている。その現実が切なくて、寂しくて、やはり涙が出る程の愛しさを禁じ得ない。
だから、考えてしまう。
ここは彼にとって安らげる場所なのだろうか、と。
今になると、諦めもある。
オレは立ち上がる。
畳んだまま床の上に置き去りにされている毛布を手に取る。
足音もなく、側へ。そっと、彼の傍らに膝をつく。
彼の目が薄く開く。単なる反射だろう、オレをみてはいない。生気のない目が、ただ前をみている。穏やかに目を細めるオレは──
現実を受け止める余裕ができてきたせいかもしれない。今は、彼にとって居心地のよい存在でいたい、とは思わなくなった。深い意味はなく、もちろん否定的な感情でもなく。彼に対する認識の変化は、極自然なことだと思う。現に、彼に向ける興味は出会った当初から何も変わらない。
彼はオレとは違う価値観を持ち、それに対する自信と強い信念を持ち、他人との関わりを避け、生きる。
オレはそれを潔いとは思うが、それを魅力と呼んではいけないのだ自覚している。
深追いしたくない。負担にもなりたくない。これまで何度となく繰り返してきた失敗を、彼を相手に犯したくない。
広げた毛布の大きな影で、彼の身体を優しく覆い、オレはいう。
「いいよ。眠っていなさい。」
そして静かに踵を返すのだ。彼が目を閉じるまで、待つことも許されないと分かっているから……。
金魚の水槽
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