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最後の蜜  M i r r o r o f ' f a k e f a c e '


 眠りが浅いときはちょっとした刺激でも目が覚めてしまうものだ。
 夜明け前。
 こんなに早く目が覚めたのは、いつもと違う空気のせいだろう。それが心地よく脳を覚醒させたからなのだろう。
 昨夜、彼が現れた。
 突然の出来事で、驚いたのとうれしかったのとで定まらない態度のまま「何の用ですか」などと気の利かないことをきいている自分がいた。それがまるで彼のようないいかたになっていることに気づいて内心苦笑した。その上彼も彼で「用がなければ来てはいけないのか」などとまるっきりオレのことば使いをしたりするから、堪えきれなくて笑った。それをみて彼が何事か理解できないような顔をするから、余計笑えて、彼の気分を害しかけたりした。
 いつでも、何処でも、オレはオレで、彼は彼のことをするだけだ。だから、特別かまったりはしないし、伝えたいことがあればことばにすればいいし、離れたければ消えればいいだけ。それでも関係が浅く感じないのは理解が深いからなのだろうが、彼がそんな態度をみせることはないし、オレも余計なお世話で押しつけになるようなことはしたくないから、やっぱりお互い、お互いのことは放っておくのだった。
 昨夜も用事という用事ができたのはたった一度だけで、それも「おなか空きませんか」程度のことで、彼が首を縦に振らなければなかったことになるようなものだった。そして、オレが台所でありあわせパスタをつくっている間も彼はオレの部屋にいたままだったし、オレがみてくれだけはうまくできた完成品をテーブルに並べて彼を呼ぶまでは、顔を合わせることはなかった。食事の間も文句をいわない代わりに何の感想も口にしない彼に「おいしい」のかを尋ねるまでは、特別ことばを交わさなかった。それに、オレの単純な問いに対して彼は「ああ」しかいわなかったのだから、ことばを交わしたことになるのかすら分からなかった。
 オレと彼の接触なんていつもそんなものだ。ささやかな晩餐の後片付けが終わって、オレが自分の部屋に戻って彼の存在をみとめるまでは、彼が訪ねて来ていることを気にかけもしない。そんな程度。
 それでも側にいないよりはいたほうが心地よいと感じるのだからおかしな病だ。
 朝のけだるい空気の中に彼のにおいがする。
 カーテンの向こうにいるはずの太陽はまだまどろみの中を漂っているのだろうか。部屋が薄暗くて、ベッドの上から見下ろす彼の寝顔がはっきりみえない。ライオンとか、オオカミとか、強暴といわれる生き物のほうがかわいい寝顔をみせたりするらしい。それが理由なのか、どうも彼から目が離せないでいる。
 彼は誰時。
 彼が寝返りをうつ。無防備に幼い吐息を漏らすものだから、目眩のように狂おしい。
 手を伸ばせば届くところにいる彼を感じながら、もう少し眠ることにする。
 目を閉じて、再び目を覚ましたとき彼はそこにいるのだろうかなどと考える。いるかもしれないし、いないかもしれない。多分後述が正解。その程度の関係だからそれが当たり前で、彼が消えていたとしても、抜け殻になった布団をみとめるまでは、昨夜彼がここに来たことも、ここに泊まったことも、忘れてしまっているのだろう。
 でも、万が一彼がいた場合、オレはきっと「おはよう」なんてありきたりなあいさつをして微笑むのだろう。
 そして彼は、ばつの悪そうな顔をして、やっぱりぶっきらぼうに「ああ」しかいわないのだろう。


金魚の水槽

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