Date
2 0 1 1 - 1 2 - 1 8
No.
0 0-
Natural Starting
思えば彼は、いちいち新鮮な質問をしてくる男だった。
「貴様はいつも同じ恰好をしているのだな。」
「それはあなたをみかけるのがいつもオレの帰宅途中だからですよ。」
「服装が決まっているのか。」
「ええ、オレの中ではね。」
「秘密結社なのか。」
「……違います。っていうか、いつも同じ恰好しているような分かり易いルールを『秘密』とはいいません。」
「じゃあただの結社か。」
「結社でもありません……。学校です。」
「がっこう?」
「そう。若いヒトたちを集めて読み書き計算を教える──」
「結社のようなものだろう。」
「……。まあ、確かに結社といえば結社なのでしょうが、ココでは学校と呼んでください。」
「ふうん。で、なぜだ?」
「はい?」
「……。」
「えー……。学校に通っていること?」
「その服装。」
「……。」
「動き辛くないのか。」
「まあ、お世辞にも動き易いとはいえないけど。……どうして?」
「貴様はこの辺り一帯を取り仕切っているのではないか。」
「ええ、成り行き上。」
「……。」
「……つまり、戦うには不便だ、と、いいたい?」
「ああ。」
「……あなたみたいに。妖怪と顔を合わせる度に敵対して戦っていたら。身体が幾つあっても足りないでしょう……?戦わずして上に立つ──オレは面倒なことがキライなんです。」
「怒っているのか。」
「呆れています。プラス、少しばかり残念です。」
「何がだ。」
「オレがこの辺り一帯を取り仕切っていると知っているあなたが、その縄張り内でいちいち問題を起こしてくれることです。今日だって、その腕の流血。どうするつもりだったんですか?」
「ああ、それで『両足を切断してでも連れて帰る。』といったのか。」
「ええ。」
「腕をやられているから足、か。……フフン、うまいこという。」
「……。」
@うまいこといってないから。
Aそういう意味じゃなくて。
B大体あなたは──といったあらゆる気持ちを包括し、
「……面倒臭いからそれでいいです。」
といっている間に家に着いた。
「入ってください。」
「なぜだ。」
「……。」
ここまで着いてきてその切り返しでは、こっちが「なぜだ。」だ。……といいたい気持ちを抑えて、オレは極力笑顔で「なぜだと思いますか?」ときいた。彼は間髪入れずに答えた。
「俺を手当てするためか。」
「分かっているなら黙って入りなさい。」
ぴしゃりと一球。流石の彼も、この一瞬だけは黙った。
ただオレは、もちろん彼を委縮させたい訳ではないし、確かに前問の幾つかはオレを苛つかせるものではあったけれど、そんなことのために人間界では出会うことすら難しい恐らく同じレベルの妖怪であろう彼との貴重な時間を棒に振るなんてナンセンス、且つ、自分の縄張りで怪我をしている妖怪を放っておくことは対外的にも絶対に無理、加えて、自宅の玄関先で入る、入らないの押し問答なんて、連れ込み宿の前でごね合っている男女じゃ〜あるまいし──ん?
「『連れ込み宿』って……。。。」←独りごと
「……。」
──でも。
と、オレは苦笑しがちに笑顔をみせて、ことばを継いだ。
「あなたは、オレのことを敵とみなしている訳ではないんですね。」
「……。」
「だってそうでしょう?突然目の前に現れた『妖怪』であるオレに、あなたは刃を向けなかった。」
厭な顔をされるが、予想通りなので傷つかない。そして、彼の弁明。
「手負いで勝てる相手ではないからな。そうやって油断していろよ。……その内、切り捨ててやる。」
「何を不穏なことを。ヒトを小数点以下みたいにいわないでください。それに、ご心配には及びません。油断している訳ではないからね?」
「……。」
「ああ、あと、憶えておくといいですよ。オレに、何度も同じことをいわせた奴は長生きできない。」
「ちっ。涼しい顔して、貴様のほうが不穏な野郎じゃないか。」
「あ、でもオレは切り上げのほうが好きかな〜、お得な感じがして。さあ、次が三度目ですよ。どうぞ入ってください。お茶くらい、ご馳走します。」
「茶……。」
彼が呟く。傷つき、身体を休めたいところに暖かいお茶。頭の中で想像してみると案外悪くない筈だ──と、ヒトが折角いい気分に浸っているのに、
「怪しい茶……。」
「ヒトの好意に変な枕詞つけないでください。」
部屋に上げて早々に、彼の衣服を脱がせる。傷の手当をするためだが、彼の上半身を自らの意思で剥き出しにしている行為をはたと考えると。
「……いよいよ『連れ込み宿』っぽいと思う。」←独りごと
「さっきから何をいっているんだ貴様は。。。」
驚いたことに、酷い流血と思っていた傷は既に大方塞がった後だった。自然治癒──この男の潜在的な妖力の高さを思わせる。油断。本当にしないほうがよさそうだな。自分の傷口を平然と眺めて、彼が「フン、こんなものか。」と呟く。……そう、オレのきかせるために。
「みての通りだ。多少痛むが、貴様の手当は無用だな。」
それが立ち去るための布石?──ふ、まだまだ甘い。
「……何だ、その顔は?」
と問う彼のことばを、オレはきいていなかった。それよりも何よりも。
「!!オイ貴様、何をするっ!!」
と焦る彼のことばももちろん無視して、多少手荒ではあったが、オレは彼の身体を引きずり(正確には引きずるようにして)、兎にも角にも風呂場に放り込んだ。そして、
「こっちが水。こっちがお湯。このレバーがシャワー。これが石鹸で、髪を洗いたかったらこの液体を使ってください。はいタオル。済んだらこれで身体を拭いて、着替えを置いておきますから、ちゃんとそれを着て出てくるように。」
我ながら、よくもまあ淀みなく次々と指図できるものだと感心する。最後に「何か質問は?」とつけ加えると、
「何のつもりだ。」
……まあ、当然そうきますよね。オレは彼を安心させるために、わざと素っ気なく答えた。
「何のつもりでもないよ。しばらく身体、洗ってないでしょう?帰るなら、ついでに少しさっぱりしていっても損はない。それに、お茶をご馳走する約束がまだです。」
「?約束などしたか?貴様が勝手に──」
「いいえ約束です。オレは約束を反故にするのは上から十番目くらいにキライなんです。」
「かなり下だな。」
「……切り上げ。」
「……。」
殺気を込めて呟き、黙らせてからドアを閉めた。
オレが用意したパジャマを大人しく着てくれるのか気がかりだったが、それこそ無用な心配だった。それはそうだ。他に着るものを置いてなければオレだってそれを着る。新品の白いパジャマ。だが、幸い彼は「パジャマ」が眠るために着るものだとは知らない。オレが、明日の朝まで彼を帰す気がないことも。
「何だこの緩い着物は……。」
慣れていないから着心地が悪いらしい。そんな彼を上から下まで眺めながら、オレはこんなことになるならもう少し面白──じゃなかった気の利いた衣装を用意しておくんだったと反省する。断っておくが、彼を家に泊めるのはもちろん、ただ純粋に「身体を休ませる」ためだ。そして、身体を休ませるためにもう一つ必要なこと。
「……茶、じゃなかったのか。」
「ええ。薬膳。味は悪くないよ。」
「怪しい薬膳……。」
「ほらまた枕詞がおかしい。。。とりあえず一口食べてみて、本当に怪しいと思ったら食べるのを止めればいい。そのくらいの判断は自分でできるでしょう?」
「おまえは──」
と、彼がいいかける。「貴様」が「おまえ」に格上げになったことを、そのときのオレはまだ気づいていない。
「何?」
「……いや、いい。」
オレが促した席に彼が座り、警戒していた割には器の中身を大して確かめもせずに食べ始める。
そして、食べている間は借りてきた猫みたいに大人しい。
「どう?身体が暖まったでしょう?」
「……。」
食後、「約束ですから。」とオレがいい、目の前にコトリと置いた湯飲み茶碗の中身も、彼は確認せずに口をつけた。
「あ。それ苦いですよ。」
「ぶ。。。」
薬草茶。などと書くと安っぽくきこえるかもしれないが、これは本当に相手のことを思っていなければ決して出さない高級品だ。多少苦いのはご愛嬌。
毒を盛ったとか、罵詈雑言を浴びることも覚悟していたが──茶碗の中をみつめる彼の目がこういっている。俺を殺すのに、そんなせこい手口は使わないのだろう、と。利口な男で助かる。
不図、彼が切り出す。
「一つ、ききたいことがある。」
「?……どうぞ?」
「おまえが『妖狐蔵馬』だというのは本当か。」
「……。」
思えば彼は、いちいち新鮮な質問をしてくる男だった。
但し、答えに窮する質問は、一割にも満たない。オレは笑って、
「あなたはどう思いますか?」
答えは状況がよく物語っている。名前。植物を操る能力。突如魔界から消えた時期。彼が少し怒った声で呟く。
「……分かっているならきくな、か。」
「そうじゃなくて。」
「……。」
「オレが『妖狐蔵馬』だと、何か変わる?」
「かわる……。」
「そうだな、例えば……。『殺したくなる』とか。」
「……。」
「あ──すみません、愚問でしたね。あなたは、それが例え名のある妖怪だとしても、本来の力を発揮できていない状態のそれを殺して満足するような考えの浅い男ではない。」
オレは半ば強引に断言して、それを答えとした。いい終えたところで少し笑い、彼をみつめる。
彼はしばらく黙った。その前に一度、「おまえはなぜ──」といいかけたが止めていた。オレには彼の「なぜ」の続きが想像できた。
「なぜ」人間界に潜伏しているのか。
「なぜ」本来の能力を失っているのか。
そして、それは恐らく、彼が逆の立場できかれても困るであろう質問だった。オレは内心嬉しいと思う。なぜなら、野生動物のように鋭い彼の感性の中に、意外な程に繊細な内面をみて取ったから。きっと、この事実はまだオレしか知らない。
「『飛影』。」
オレはその男の名を呼ぶ。続けて、
「いい名前ですね。」
それに対する彼の反応は──つい数分前に比べると驚く程の変化だ。
「いい名前かどうかは知らん。気がついたらそう呼ばれていた。……盗賊がつけたときいている。」
「……そう。」
「……。」
「オレは、自分の名前の由来は知らない。『南野秀一』って名前は、結構気に入ってるけど。」
「何だ、それは。」
「オレのこちら(人間界)での名前です。」
「源氏名か。」
「何でオレだけ水商売なんですか。。。違います。」
「それで、俺はおまえのことを『蔵馬』と呼べばいいのか。」
……。
息を飲む。でも、……なぜだろう?
反対に、彼のほうは厭味なくらいにけろっとした顔で、
「違うのか。」
「いえ……。そう呼んでもらえたほうが、オレとしてもこの先あなたと接し易くなりますけど。」
自然とそう答えていた自分のことばに、オレはようやくはっとした。
この先。
そうか。オレとこの男の関係はこの先も続いていく。ああいう風に答えてしまう心がその証。……少なくとも、オレはそれを望んでいる。
この出会いがいいことなのか悪いことなのか、正しいか誤りか、光へ向かうか闇へ向かうかなんて今は誰にも分からない。それでもきっと、近い未来に、オレたちはこんな風にいい合う日が来るのだ。大した腐れ縁、忌々しいまでの数奇な運命、だが、あのとき出会ったのがおまえでよかった──
そんな関係の、今まさにスタートラインに立っていることを、彼の最後の問いかけで知る。不思議な予感だ。でも、まだ彼には内緒にしておこう。今はまだ小さな炎だから。消えてしまわないように、先に気づいてしまったオレが大切に守っていかなければ。
決意と共に。
少しだけ微笑んで。
「その代わり、オレもあなたのことを名前で呼ぶ機会が増えると思いますが、構いませんよね?」
「ただの識別だろう、勝手にすればいい。」
「そう。よかった。では、早速ですが飛影。」
「何だ。」
「その薬草茶。全部飲んでくださいね。ご褒美に、昨日作っておいたカスタード・プリン、あなたに譲ります。」
「かすたーど、ぷりん??」
「ええ。気に入りますよ、きっと──」
金魚の水槽
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