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一夜のできごと
' O N E ' n i g h t
夢をみた。
どんな夢だったのか、もう憶えていない。たぶん昔の夢だ。厭な感覚が残っているから。
目を覚まして一番に目に入った見なれぬ天井。当たり前か、自分の部屋ではないのだから。
魔界。
黄泉の統括する国。
なにもない一室。黄泉に宛がわれた部屋だ、殺風景なほうが却って落ち着ける。
乱れた髪を掻きあげる。厭な汗、生ぬるい空気。このままでは眠れそうにないな。シャワーでも浴びようか。
そう思って身体を起こしたとき、静寂を破るように電子音が鳴り響いた。
電話機に赤い点滅。内線。
手を伸ばした受話器からの第一声。
「大丈夫か?」
黄泉だ。
「え?」
なんのことだ?
まだ頭が覚醒してくれない。
「ずいぶんうなされていたではないか。」
なんとなく状況がみえてきた。少し不快。
「……盗み聞きか、いい趣味だな。」
「そう悪く受け取るな。急激な環境の変化に晒されたおまえを心配して、様子を窺っていただけだ。」
「オレの世界ではそれを盗み聞きというんだ。」
時計はまだ深夜であることを示している。
「まだ起きていたのか?」
「ああ、こうみえても多忙なものでな。」
「仕事熱心とは、たいした変化だな。」
「そうでもないさ。」
会話が途切れる。
ため息ではないが、一度深く息を吐く。
「どうした?」
「……昔の夢をみた。」
反応を窺う。
「……悪い夢か。」
「昔にいい思い出などないさ。」
だから悪い夢なんだろう、きっと。
「それには、……俺は出てきたのか?」
そう来ると思った。
「たぶん、いたんだろう。」
「印象なし、か。」
その声があんまり淋しげにきこえたから、笑えた。
「『昔にいい思い出はない』といっただろう。おまえ、それでもオレの夢に出たい?」
ばかだな。そういうところは変わっていないのだから、かわいいやつだ。
「……俺は昔は昔でなかなか楽しかったぜ。」
「そうか。」
「おまえは変わってしまったが、昔のおまえは好きだった。」
「……そうか。」
「変わってしまったおまえは嫌いだがな。」
「奇遇だな。」
「ん?」
「オレもおまえが嫌いだ。」
「……。」
「ただ、昔のおまえはもっと嫌いだった。」
「蔵馬。」
「?」
「すまなかった。もう切る。」
「そんなに簡単に謝るなよ、国王。」
「朝まではまだ時間がある。ゆっくり休め。」
「おやすみ。」
受話器を置いて、そのまま横になる。
見なれぬ天井。
目を閉じて昔を思う。
再び電話機のランプが赤く点滅した。
「その汗では寝苦しいだろう。シャワーでも浴びたらどうだ。」
「……おまえ、もう寝ろ。」
金魚の水槽
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