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PERIOD


 独りの部屋。
(もう慣れた。)
 独りの時間。
(ずっと独りで生きてきた。)
 今までも。
 これからも。
 ……いや。これからは、か──

 独りになった。自分の意思で。
 だが、国を解散し、側に居た者たちが一人、また一人とオレの元を去っていく、その背中をみ送る度に、孤独が肩に重い。
 そして孤独が募る程、今度は背中にずしりと重く圧し掛かるものがある。
 その重みの正体を、オレは知っている。これまではそれを共に支えてくれる者があったことも。
 結局、オレが背負っていたものは、オレの運命だけではなかった。……今頃気づくなんて、傲慢もいいところだ。
 オレのひとことで、以下数万の民衆の運命が決まった。
 仕事を失くした者が居た。目標を失くした者や、生きる意味を失くした者も。
(あっさりしたものさ。)
 オレのことばを噛み締めながら、泣いているヤツが居た。「躯様はいつまでも私共の躯様です。」……そういって、泣いた。
 だからオレは、自分の決断が間違っていたのではないかと疑った。自分が弱い生き物だと、久しぶりに痛感した瞬間だった。
 強い者が──例えば雷禅が生きていたら。オレと同じ立場だったなら。
 あの男はきっと迷わない。
 心の中で、その「強さ」がいつも羨ましいと思っていた。だから奴の背中を追いかけて、奴の強さの真似をして……。
(ただの強がりのために。)
 オレと共に戦ってくれた戦士を、慕ってくれた民衆を、彼らの人生を、犠牲にした。
 立場を上にすればする程、ことばは刃よりも鋭い凶器となる。それを振りかざし、振り下ろした。すべて、自分の意思で。
 オレを気遣う者に冷淡なことばを浴びせてしまうのはそのせいだろう。
 誰かに恨まれたい──今はそのことしか、頭にない。

 この要塞を出て行く者は居たが、オレには行く宛てがなかった。出て行く理由もなかったし、要塞自体がオレの所有物なら、ここに留まるのが妥当なのだろう。部屋の片づけをしながら、ここ数ヶ月は戦争に没頭していたせいで、しばらく放っておいた間に随分と薄汚れてしまったものだと、まるで日頃の不精を反省する娘のようなことを考えている。
 扉は開け放していた。
 その向こうから、
「相変わらず殺風景な部屋だな。」
 と声をかけてきた男──奴の名は飛影。人間界に居たところをヘッドハンティングされ、魔界へ来てからは自らの実力で筆頭戦士にまで登り詰めたが、国家解散の大号令と共に呆気なく職を失った不運な男だ。
 ノックもせずに室内へ踏み込んでくる辺りは、礼を欠いた「相変わらず」はおまえのほうだと非難してやりたいところだが、そんな奴らしさに触れられるのもあと少しかと思うとそれなりに寂しくもある。
「まだ居たのか。」
 素っ気なくいい、落ちていた「何かの人形」を拾う。
「躯はただの妖怪になった。国を統べる者ではなくなったのだ。おまえがここに居る理由もない。」
「ああ。用が済んだら出て行く。」
 何の執着もなくそういい切った奴が、今どんな顔をしているのか知りたくて、オレは振り返った。だが同じタイミング、奴はオレがそうすることをみ透かしたように、ふいっと壁を向いてしまう。そこにある書棚に手を伸ばし、倒れていた数冊をぱた、ぱた、と立てていく。
 心を読むヒントは背中だけ。じっと探ったが、ことばらしきものは何も書かれていない。作業の手を休めることなく、奴がいう。
「おまえには世話になったな。こんなことは滅多にいわんが、感謝してるぜ。」
「別れの挨拶か。……義理堅いことだ。」
 自嘲ぎみに吐き捨てたことば。奴の手が一瞬止まる。だが、それだけだ。感情のコントロールを失っているオレに比べ、今日の奴は冷静だった。
「……。」
 ちらりと首だけを振り返らせ、一笑。視線を戻すと再び本を手に取り、一度ぱらぱらと繰ってから書棚に戻した。
「どうした。苛ついている。」
「……。」
 オレは答えない。
 奴が、また笑う。

 寝台にどっかと腰を下ろし、
「皆出て行った。」
 奴は最後の一冊をぽんと立て、ブックエンド代わりにその辺に落ちていた「何かの人形」をとんと置いた。
「だが残っている奴も居る。」
 オレは呟く。 
「……莫迦な連中だ。」
「……。」
 ことばを受けてゆっくりと振り返った奴は、明らかに不快な顔をしていた。
「本気でいっているのか?」
 ああそうだ……なんて、いえる訳がない。
 オレが何もいわない間、奴はオレの目をみつめ、じっと動かなかった。オレがはなし始めるのを待っているのか。この男が……。
 調子が狂う。これも最後だから──心に浮かんだ臆測を口に出すことができない。
「……昨日、部下の一人が訪ねてきた。」

 今夜の内に発つという。別れの挨拶かといったら、別れかと呟き、薄く笑った……。
 オレを仇でもみるような目で睨みつけ、威圧的な態度で決して側へ寄せつけない男だった。オレのことは「躯様」と呼んでいたが、腹の中ではとても「様」なんて呼んでいるようにはみえない。いつもそんな風だから、改めてそいつに決別を告げられても、さしたる感動はなかった。
「トーナメントに出るそうだ。」
「……。」
「オレと当たったらどうするときいたら、倒すと答えた。……笑えるだろう?今でさえ倍程の差がある。そいつにもそういったら、それでも戦うといった。だから、おまえは何のために戦うのかときいた。」

 足元が消えたからって、生きていくのに不自由はないだろう。それでも戦う、その理由は何だ。
 おまえは何が欲しい。国か。金か。名誉か──そいつは答えた。
「あなたのためだ、といった……。」
「……。」

 あなたをこの戦乱の世からお救いするために、私は戦う。私はあなたよりも強くなる。そして──

「オレに、結婚してほしいと……。」
「……。」
「狂っているのかときいたら、狂っていると答えた。……『前から狂っていた。』と。」
「……。」
「……莫迦な男だ。」
「……。」
「……。」
「……莫迦、か。」
 飛影が、大きくため息を吐く。

「それで。」
「……え?」
 奴は相変わらず大きな目でオレをみ据えていた。心にかかるものは何もない、という顔をしている。
「結婚してくれといわれたのだろう。何て答えた。」
 そうきかれ、オレは答えに窮した。なぜなら、
「ただの冗談だろう……?」
「男が冗談でいう台詞じゃない。」
「……。」
 何て答えた、と、奴が同じ台詞で答えを迫った。が、何度きかれようと、オレには奴を満足させるだけの答えはなかった。……いや、厳密にいえば、答えは──
 人生とは時に感情によってのみ左右されるものだ。時々自分が怖くなる。
 黙りこくるオレの表情から、大体の状況は読めたらしい。莫迦かおまえは、という顔をしているから、多分そうだ。
 そして、舌打ち。しばしの無言の後、奴はいささか怒った口調でこう呟いた。
「……予定が狂った。」
「……?」
「トーナメントには俺も出るつもりだ。おまえとは戦えればそれでいいと思っていたが……、悪いな。たった今、俺にはおまえに勝たなければならない理由ができてしまった。」
「飛影……。」
「勘違いするな。おまえのためじゃない。……結果としておまえの『約束』とやらが白紙に戻ったとしても、文句はいうなよ。」

 奴が踵を返す。最後に、「男は莫迦で上等。」といい捨てて。
 オレは去り行く背中を目で追うが、呼び止めたりはしない。待てといったところで、止まるような男じゃないことを知っているから。
 それに、こういう別れかたも、さっぱりしていて悪くない。この男らしくて、悪くない。
 と。
「?」
 不意に奴が足を止めた。そして、
「そうそう、用を済ますのを忘れていた。」
 やけに不自然ないいかただな、と思っていたら、奴はそのままくるっと引き返してきて、寝台のオレの隣にどっかと腰を下ろした。それから起こったこと──を書く前に。プライドに賭けて断っておく。奴が座ったのはオレの右隣だ。そうじゃなければ、このオレが、油断などする筈がないのだ。

 すぐ側で、奴のくちびるがにやりと笑う?

 見事な早業の後、奴は今度は耳元への甘い囁きで、
「adios.」
「(怒)」
 咄嗟にオレは、寝台の真ん中に転がっていた「何かの人形」を引っ掴んで殴りかかった。が、奴の身体は僅かな風も立てずに目の前から消え、不用意な攻撃をかわされたオレは、ドアの外を悠々と歩き去る後ろ姿をみ送る他なかった。
「……ち。」



「小さいくせに、なんてキザな野郎だ……。」


金魚の水槽

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