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密室  r o o m


 部屋を出たら入口の陰に凍矢が立っていた。壁に背を当て、腕組みをしている。俯き加減に目を閉じているから、無視して行こうとしたら呼び止められるでもなく声をかけられた。
「どちらへ?」
 問いかけに、オレは立ち止まり、
「ちょっとそこまで。」
 なんて軽口をたたき合うような間柄でもないから、
「散歩に。」
 普通に、極めて平静に、答える。
 すると、彼は初めて口を開いたときと同じ腕を組んだ姿勢のまま、僅かに顔を上げた。そして、
「こんな時間に?」
「……。」
 横目に、オレを映す。
 このフロアにはオレしか居住していない。彼がここに居るとしたら──この展開はあまり好きではないな。

「オレを監視しているのか?」
 少し振り返る。
「まさか。」
 と彼が笑う。
「オレは使命には固執するが、他人には固執しない。」
 彼はポーカーフェースなところがオレに似ていると思う、きっぱりいい切られる。
 しかし、
「ただ──」
 といいかけた彼は、躊躇うように一度ことばを切り、……既に忘れてしまった過去を思い起こさせるようなことをいった。
「昼間の一件。」
「……。」
「……余計なことかも知れないが、やはり気になって。何となく、動きそうだから待っていた。」
 オレは答えない。すごく自分に、不愉快な気分だ。

 オレは、ドアを挟んだ同じ壁面に背中をついた。
 顔をみられたくなかった。それを察してか、凍矢はオレをみるのを止めて、同じ正面を向いてくれた。
「よく、呼び出されているらしいな。」
「ただの噂ですよ。」
「……。」
「疑ってますか?」
 ただの噂といったこと。あなた以外の人はどう考えているのか。オレ自身のこと。あの男との関係。あらゆる意味を包括して、卑怯なききかたをしている。
 それを、彼はまるでどうでもいいことのように、
「いや。」
 のひとことで、けろっと否定してみせた。……少し、気持ちが軽くなった。
「大昔に色々あって、少し複雑なんです。」
「うん。知ってる。」
「変な関係ではないんですよ?」
「うん。誰もそんなこと思ってない。だから──」

「何を考えている?」
 黄泉の大きな胸板を背中に感じながら。
「おまえ以外の男のこと……。」
 腹の上に手のひらが乗る。とても無防備だ。頬の辺りでくちびるが囁く。
「シャワーを浴びたのか?用意がいいな。」
「やめろよ。いつもそんな気ないくせに。」
 流石にうっとうしくて、肘で距離を取ろうとするが、力のバランスがなってない。全く相手にされない。
「……怒っているな。」
「……。」
「頬の『それ』。」
 くちびるが更に近づく。
「謝るのを忘れていた。……すまない。」
 今更しおらしいことを。
 誰が信じる?
(どのおまえを信じればいい?)
 オレを確かめるように、首筋から頬へ、黄泉の呼吸が上下する。
「だが、なぜ治さない?傷を消去するのはおまえの得手だ。」
 半分身をよじらせ、
「そういうの、きらいだろう。」
 おまえのきらいなことはしない──この状況を、皮肉を込めていってみるが……。
「ほう。俺の嫌いなことはしない、か。」
「……。」
「優しいな、蔵馬は?」
「何がいいたい……?」
 後ろの男が含み笑いを漏らす。オレの心を乱すのが楽しいらしい、厭味な程冷静な声色を使い、
「よい仲間を持ったせいかな?」
 オレは視線を落とし、
「仲間じゃない。」
「昼間はそうはいわなかった。」
「……悪趣味な奴。全部きこえていたんだろう?じわじわ責めるようないいかた止したらどうだ?」
「ふふ。感情の起伏が激しくなったんじゃないか?」

 ──だから

「無理だけはするなよ。」
「え……?」
「そろそろ戻る。」
 と。彼はオレの疑問符を避けるように、背中を向けてしまった。
 だが立ち去り際、彼はオレの名を呼び、
「これも余計なことかもしれないが。」
 確かな意思を以って、こう切り出した。
「オレたちは黄泉という男をおまえが知る程には知らない。おまえたちの過去にも興味はない。ただ、悪くいえば、オレたちはおまえ程、黄泉という男を信用していない。」
「……きかれているぞ?」
「構うものか。」
「……。」
「オレは、おまえがオレたちをことばでいう程頼りにしていないことも知ってる。……それでも、正しいと信じるものが在るからここに居る。少なくとも、オレと陣は命をかける覚悟は──」

 ありがとう。でも、望んでないよ。
 それに、そんな覚悟──

(一人で十分だから。)
「なあ、黄泉……?」
 オレはその大きな胸板に寄りかかる。我ながら厭な声を出す。盛がついた雌猫でも、もう少しまともに鳴くだろう。オレの行為を受け入れ、黄泉の腕が抱きすくめる力を強くする。
 窓の外に魔界の重苦しい空がみえた。厚い雲が天を覆い、光が射さないのだ。
「暗い。」
 小さく呟き、それが黄泉に届く音量であることを確かめる。そこから先は頭の悪い賭けみたいなものだ。この夜を越えた後も、この男の側で生きていくための暗黙のけん制。懇願。悪足掻きにも似たささやかな抵抗。
「……交換条件か。」
 耳元に触れる低い声──優位から対等に引き摺り下ろされたことを知る。
 黄泉の声が苛立つ。
「それで対等になったつもりか?」
 オレはただ黙し、背中を預けた男の答えを待つ。


金魚の水槽

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