Date
2 0 0 4 - 1 1 - 2 8
No.
0 0-
夜食の男
S e c r e t M e e t i n g
「こんにちはー……。まだどなたかいらっしゃいますかー……。」
「……まーたあんたかぃ。」
「あ。いらっしゃいましたね。」
「いらっしゃるよ。こっちは明日の準備で手一杯だ。」
「毎日厨房の管理、ご苦労さまです。」
「ふん。感謝しに来ただけなら帰んな。」
「……。」
「あ?……何拝んでんだよ?」
「また、お願いできませんか?(^-^)」
「冗ー談じゃないよ。あたしゃあんたに厨房貸すために片づけてんじゃないんだ。飯の準備に皿洗い、それが毎日三セット続いて、最後の後片づけで鍋並べて、コンロも磨いてぴっかぴか、あーこれで今日の仕事もお終いだ、ようやくほっと一息できるよ、ってときにあんただ。こう何度も、厨房掻き回しに来られちゃ迷惑なんだよ。」
「だからいつも片隅だけ貸していただくようにしているでしょう?」
「片隅だけでも迷惑なんだ。」
「そこを何とか。」
「……。」
「……。」
「……しょーがないねえ。これっきりだけだよ。」
「あなたにはいつも感謝しています。」
「感謝されるだけじゃあねえ。腹も膨れねえ。……で、今日は何を作るんだぃ?」
「親子丼でも作ろうかなーと思って……。」
「何だい?その『オヤコドン』ってのは?」
「鳥肉と卵を使った一品料理です。人間界では比較的ポピュラーな料理ですよ。」
「ふうん。」
「人間界の料理に、興味がおありですか?」
「そりゃまあね。あたしも、腐っても料理人だからね。」
「ほう。」
「こうやってあんたの作るところみてると、人間界ってのはバラエティに富んだところなんだろうと思うねえ。」
「そうですか?」
「色んな材料つかって、結構細かいこともやってるじゃないか。」
「まあ、そうですね。でも。人間という生き物は、バラエティに富んでいる、というよりも……、単に気が短くて飽きっぽいヒトたちなんですよ、基本的に。……だから、文化の枝分かれが著しい。メニューの数も豊富。」
「料理も文化かい。」
「その通り。向こうの世界ではね。」
「へえ。いってみたいねえ、そういうこと。」
「おっしゃればいいじゃないですか、そういうこと。(よいしょっ。)」
「毎っ回思うけど、あんたほんとに手際いいねえ。軍事参謀なんかにしとくの、勿体無いよ……。」
「あはは。それはどうも。」
「で、今日も二人前かぃ?」
「ええ。」
「ふうん……。」
「何ですか、そのお顔は?」
「いや、お熱いモンだね、って思ってね。」
「またそういうことおっしゃって。『ヨミサマ』にきこえますよ?……あのヒト地獄耳なんだから。」
「あたしがいってんじゃないよ。もっぱらの噂ってヤツさね。あんただって知ってんだろ?」
「……はあ。オレが『コクオウのアイジン』とは、いただけませんね。」
「ため息なんかついちゃって。全部『フリ』なんだろ。な。オバチャンにほんとのこといってみな。」
「ホントも何も。……いちいち否定して歩く程ヒマじゃない、というはなしです。」
「夜食を作りに来るヒマはあるのにかぃ?」
「……。」
「……ん?」
「じゃあー……。ホントのこと、いいましょうか……?」
「ん、何だい?」
「ここだけのはなしですよ?」
「ああ。」
「オレが夜食を作って持っていくのは……。」
「?」
「すべて『ワイロ』なんです。」
「……。」
「……丼の下には、ヒミツが隠されているんですよ。」
「……ほんとかぃ。」
「ええ。ですから、オレがこうして『コクオウ』のために夜食を作って『サシアゲテイル』ことは、何分ご内密に。お願いしますよ?」
「賄賂とはいただけんなあ。」
「渋い顔するなよ……。」
といったオレは、結局黄泉の部屋に居た。
執務室ではなく、私室。地位が地位だから、さぞかし豪勢な暮らしをしているのだろうと思いきや、殺風景な蛍光灯の下で、同情したくなるくらいの寂しいシングル・ライフを満喫しているらしい。オレがいう。
「それとも何か?『そうです。私がコクオウのアイジンです。』とでもいっておけばよかったのか?」
「そうはいわんが……。」
テーブルの向かいに座る男が、また渋い顔をする。それを、
「オレをアイジンと称すなら……、アイジンのアイは悲哀のアイで。」
「……。」
「アイジンのジンは仁義のジン?」
なんて大喜利みたいなことをいって、ちょっと卑屈に笑ってみる。すると、
「それもいただけんな……。」
黄泉が益々渋い顔をするから、今度は本当に笑って、
「それは冗談ですけど。彼女に厨房借りるの、大変なんですよ。何せオレは部外者ですから。ただでさえ衛生管理に厳しいところに、管轄外の者が入り込んで、道具や器具にべたべた触れるのは、職務に忠実な彼女には許せないんでしょう。」
それだけいって、オレは手を伸ばした。箸の進みが悪いのも気になるし、向かいに座る男の丼を……。
「食いたくないなら食わなくていいよ。」
無理に奪おうとしたら、
「誰も食いたくないなんていってないだろうっ。」
そんな、必死に奪い返さなくても……。
夜食を作れといわれたのは、何も今日に始まったことじゃない。オレが奴の側に仕えるようになって、奴のオレに対する要望も増えていった。こうして夜食を作ることも、そんなささやかな要望のひとつ。
初めはもちろん驚いた。いやそれ以上に、冗談かと思った。オレをからかうための、冗談かと。……だから、仕事が終わり、自室へ引き上げようとするオレを呼び止めて、突然奴が「おまえの手料理が食いたい。」といい出したときは、「それ、プロポーズ?」なんて、無神経なジョークで笑い飛ばしてしまった。奴は真顔で「違うよ。」と否定したが……、本当は相当怒っていたに違いない。まさか本気とは思わなくて、奴には悪いことをしてしまったな────まあ、済んだことはよしとして。
そう、初めは奴の分だけ作っていたんだ。それがいつの間にか、自分の分も作るようになって、なぜか自分も同じテーブルにつくようになって……。
「……。」
オレは食べるのもそっちのけで、気づけば奴のことばかり眺めている。
うれしい、とか。そういうことばは使いたくないのだが。
この男は、一旦食い始めると、ツッコミどころがないくらい一生懸命に食ってくれる。……ううん、違うな。一生懸命に食ってくれる「ようになった。」。食っている合間を選んで、一度「うまい?」ときいてみたい気もするが、みているとそんな気も失せる。悪い意味ではなく、……多分、「うまい?」ときいたら、「うまい。」を三倍にして返してくれそうな気がする。昔は何を出してもうんともすんともいわなかったくせに。そのギャップがあるから、少し調子が狂う。
「黄泉。」
……気がついたら、向かいの男の名を呼んでいた。
「ん?」
応えて、向かいの男が箸を休める。
「……。」
オレは何もいわなかった。というより、なぜ今、奴の名前を呼んでしまったのか。その理由が自分でも説明できないのだから、これ以上続けていうべきことばはなかった。
「……?」
黄泉が変な顔をする。仕方なく、オレはいい訳をする。
「……御免。何でもない。」
「……。」
そういった後、オレは改めて箸を持ち、黄泉は黙った。丼の中のものを口に運びながら、オレはまた卑屈な気分になる……。
しばらく二人で、黙りこくったまま飯を掻き込んだ。ああ、厭な気分だ。この男と居ると、なぜこうなってしまうのだろう。本当に、調子が狂う。
思っていると、黄泉が不図箸を置いた。
「昔よく……。」
「……。」
その語り出しをきいた途端、オレは「またか。」と身を固くした。また昔の厭なこと(思い出)をいわれる。奴のオレを追い詰める、それが常套手段だ。
オレの冷たくなる心を知ってか知らずか、奴は淡々と次のことばを語り続けた。
「昔よく……、俺が莫迦な真似で朝帰りをすると、おまえが隠れ家で飯を作って待っていてくれたことがあったな。」
「……え。」
オレは思わず顔を上げた。何だろう、直球が、打つ手前で変化球に変わったような……。
「まだ早朝だというのに、俺が隠れ家へ戻ってしばらくすると、決まって誰かが食い物を持って現れるのだ。汁に浸かった蕎麦だったり、米に野菜を加えて煮込んだものだったり、大抵何か暖かいものが一椀と、時々は李(すもも)か林檎の果物がついた。そいつは俺に、持ってきたそれらの食い物を食えと勧めるのだが、俺が誰に命じられて来たのかときいても決して答えようとしない。ニヤニヤ笑いながら、皆示し合わせたように『夕げの残り物だ。』というんだ。しかしな……、よく考えてみれば、あの男ばかりの大所帯で、残り物が出る筈がないのだ。」
「……。」
おまえが作ってくれていたのだろう?────と、黄泉がいった。
「もちろん、当時のおまえがそれを認めた訳ではないし、そんな素振りをみせたこともなかったが、それでも俺は……。」
そこまでをいい、黄泉はなぜか声を立てて笑った。
「こんなことをいったらおまえは怒るかもしれないな。」
口元へ手を持っていき、懐かしそうに……。
「実は、俺はそれをとても楽しみにしていたのだ。」
「……。」
「おまえが、作ってくれていたのだろう?」
改めてそう問われ、オレはただ素っ気無く、
「……別に、おまえだけにそうしていた訳じゃないから。」
と答えるのだが、
「それでもうれしかったんだ。」
「……。」
「だから、おまえが側に居ると懐かしくなってしまう。……何せ、千年近く我慢していたんだ。夜食を作らせるくらい、些細な我侭だと思って許してくれないか?」
黄泉は改めて箸を持ち、オレはただそれを眺めた。その直前、「時効?」ときかれ、「多分。」と答えたオレに、「多分じゃ困るな……。」と奴は苦笑ぎみに笑った。だが、その空気は思いの外心地よく、
「ソレウマイ?」
いつしか自然に、そんなことばを口にしている自分が居た。黄泉はオレに意識を向け、穏やかに微笑んだ。
「最高だよ。」
だから少しだけ幸せな気分になる。オレは、普通の生き物ならきこえない程の小さな声で謝辞を述べ、微笑んだ。
それを受けてなのだろう、
「蔵馬。」
黄泉がオレの名を呼んだ。
「何?」
軽い気持ちで口を開きかけたオレを、
「……。」
黄泉の、真剣な顔。
そして、奴の声がそっと呟く。
「この戦いが終わったら、俺はおまえに……。」
「え……。」
そのことばに、オレは黄泉の中に何かを期待した。心は瞬時に過去へとさかのぼり、遠くから黄泉を「思っていた」頃の自分が再生する。何の苦悩も存在しなかった過去。どれだけ悔やんでも元には戻らない過去。……道を間違えてしまったこと。奴も、オレも、もう十分苦しんだのだ。そして同時に、許し合えるだけの年を重ねた。苦しみを乗り越え、共に生きていける可能性。この戦いが終われば。……オレが否定を止めれば。
実現できるのかもしれない。そうだ、このことばこそが黄泉からオレへの……!
「ひとつ店を持たせてやろう。(^-^)」
「おまえはいつからオレのパトロン……?(怒)」
金魚の水槽
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