Date
2 0 0 0 - 0 5 - 2 0
No.
0 0-
お役に立ちます
I a m u s e f u l
今日の舞台は成功をおさめた。
興奮冷めやらぬ俺達は火を囲み酒に酔いしれる。
「戦利品に。」
「戦利品に。」
そんな乾杯を何度したのか憶えていない。
俺達を成功に導いた立役者は宴の輪には加わらず、一人離れて書物を読みふける。何時ものことだ。奴にとっては金銀財宝より古ぼけた書物のほうが価値があるんだろう。なぜそんなものに興味を持つのか、未だに理解できない。
「何見てるんだ、黄泉。」
「高嶺の花。」
俺達の様子には全く頓着していないように見えるが、奴は仲間の、しかも酒に酔った俺達に対しても警戒を解くことはない。書物に目を落としながらもその神経は隙もなく周囲に張り巡らされている。なんとなくだが、奴の全身を覆うそんなオーラが俺には見えるのだ。
「疲れないのかな……。」
奴は満足に休むことはないのだろう。
今日は最近まで強い勢力を誇っていた山岳の城を襲った。どういう経路か知らないが、最近城の警備が極端に減ったという情報を蔵馬が仕入れてきたのだ。当然作戦は蔵馬が立て、何時もながらそれは完璧だった。俺達は自分に割り当てられた役割さえ確実にこなせば成功は間違いない。さながら蔵馬は舞台監督。脚本、演出、キャスティング、公開日程の取り決めまで、裏方仕事を一手に引き受ける。そして自分自身は滅多なことでは表舞台に立つことはない。役者は俺以下選りすぐりの仲間が数人。中でも副将の俺は主役に抜擢されることが多かった。だが俺は五割の確率で蔵馬の期待を裏切った。衝動的に行動したり、突然のハプニングにも対応する術を持たず、アドリブに弱く、その上肝心なところでミスをする。さながら俺は名前だけ一人歩きして実力が伴っていない大根役者といったところなのだろう。役者が失敗を犯せば監督はその影響を最小限に抑えるために奔走する。それでも収集がつかなければ舞台に出ていき観客に頭を下げさえする。
「おい、止めとけよ。」
俺は仲間の制止を無視し、自分の盃と空いている盃、それに一番中身が残っていそうな酒瓶を手に蔵馬に近づいた。奴の警戒色は何者も近づくことを許さない雰囲気を醸し出している。しかし逆に、警戒色を露わにしていてくれることで俺も安心して近づける。
「黄泉か。」
書物から顔を上げもしない。思わず苦笑する。素っ気無さも何時ものことだが、もう少し愛想がほしいところだ。
「呑まないか。」
俺が手付かずのほうの盃を差し出すと、胡座の右膝に読みかけの書物を伏せ盃を受け取った。蔵馬がすんなり誘いに乗ったことに内心一喜しつつ酒を注ぐ。盃が満たされるや蔵馬はさりげなく酒瓶を俺の手から奪う。酌をするので盃を持てと俺に促すのだ。手酌で済まそうと思って盃に手を伸ばしたところだったのだが、奴の気転と早業に再度苦笑する。
「舞台監督に。」
「戦利品に、だろ。」
蔵馬は僅かに笑み盃を掲げた。今日初めて笑ったのかもしれない。
俺もそれに習い酒を呑み干す。
しかし俺達がそれ以上酒を酌み交わすことはなかった。蔵馬は盃を置くと再び書物に目を落とし始める。どうやら今は俺よりも書物に興味があるようだ。
「幸せだろう、紙束の山に囲まれて。」
相手が書物でも少し妬けるので嫌味をいってみた。しかしそんな気持ちを察してか蔵馬は見向きもしない。
「なに読んでいるんだ。」
「おまえには分からない。」
今度は即答だ。嫌味を倍にして返された感があるが、どうやら邪魔にはしていないらしい。
「そうだよな。おまえと俺では出来が違うからな。」
これは本音だ。蔵馬もそれに気付いてかちらりとこちらに目を向けた。ほんの一瞬だったが。
「俺はおまえの役に立っているのか。」
「さあな。」
「おまえは俺に何時も重要な役回りを任せる。」
「副将だからな。」
「俺はおまえの演出通りに演じきれていない。」
「……。」
「俺がミスをする度に大将のおまえを表舞台に引っ張り出しては尻拭いをさせる。」
「分かっているじゃないか。」
返答は素っ気無いが少なくとも聞く耳は持っているようだ。その証拠に、相変わらず書物から顔を上げないが読んではいない。
「おまえ、そんなにオレの役に立ちたいか。」
蔵馬は顔を上げるとまっすぐ俺に視線を合わせた。
「……。」
躊躇したが自尊心が本心に負け、黙って頷いた。
「じゃあ、ここに座れ。」
蔵馬はそういうと自分のすぐ左の地面を指差した。奴のことだからなにか魂胆が隠されているのだろうと考えたが、俺には分かるはずがない。
俺は蔵馬のいう通り、奴の傍らに座った。
……やはり蔵馬の考えることは俺の想像を絶していた。
ぱんっと音を立てて書物を閉じると、いきなり俺の膝に頭を乗せて横になり、そのまま目を閉じて眠りにかかったのだ。
「蔵馬?」
「動くな、眠気が覚める。」
どうやら本当に眠る気らしかった。膝枕という体験はほとんどないので妙にむずがゆい。
俺はそれ以上なにもいわず、ただ黙って膝を貸すことにした。成り行きで動きを封じられたのと手持ち無沙汰から、先程蔵馬が読んでいた書物を手に取ってみる。どうやら呪い(まじない)や魔術の類を集めた専門書のようなものらしい。数枚頁をめくってみたが興味は湧かない。
「……?」
変化は突然起こった。
蔵馬の身体を包んでいた「警戒」が消えた。それも死んだのかと思うほどあっさりと。本当に寝やがった、それもかなり深い眠りに落ちたようだ。酒盛りをしている他の連中もそれに気付いたのだろう、こちらの様子をさりげなく覗い始める。ここには仲間しかいないとはいえ、中には不穏な考えを隠し持つ奴もいるはずだ。大将の蔵馬がこれだけおおっぴらに隙を見せること、すなわち下剋上の絶好の機会。
「おい、何本当に寝てるんだよ。」
折角眠ったところ申し訳ないが、俺は蔵馬を揺り起こそうとした。そして不図その寝顔が目に入った。
……。
息を飲んだ。共に生活している上で蔵馬の寝顔は何度となく目にしてきたが、それはどことなく緊張を帯びたものだった。傍から見ればただ目を瞑っているだけにしか見えない程の浅い眠り。哀しいかなこの世界では何時なにが起こるか分からないということを常に念頭に置かなければならないのだ。しかし今の寝顔はどうだ。まるで邪気がなく、無垢で無防備で、そう子供、それも血も殺戮も見たことのない赤ん坊みたいな寝顔。蔵馬が初めて見せる寝顔……。
起こす気は失せた。
そういえばこれ程蔵馬に接近したことがどれくらいあっただろうか。ましてやその身体に触れたことなどは滅多にないはずだ。野生の狐は警戒心が強く、不用意に近づくと噛み付かれる。俺は地面に無造作に散らばった銀糸のような髪をすくい上げてみた。その柔らかな感触を確かめながら、内心、今目を覚ましたら半殺しでは済まないだろうな、などと考えを巡らせていた。
……予期していたことが起こるというのは、時として気分がいい。しかしえてして「歓迎できない」出来事も起こるものだ。
「いちゃついているところ、悪いんだけどよお。」
「黄泉さん、ちょっくら退いてはくれねえか。」
辺りの空気が異様な殺気に包まれている。酒盛りをしていたはずの仲間が四人、何時の間にか武器を携え歩み寄っていたのだ。目的はいうまでもない。
「おまえらみたいな能無しが蔵馬を討っても誰も付いては来ないだろう。」
無駄なことだ。俺は侮蔑の意味を込めて忠告した。
「その通り。」
「『俺達』にはな。」
連中が不敵に笑った。
「だがあんたになら、どうだ。」
「……。」
「大将が消えたら、副将のあんたが繰り上がるのが当然の筋、だろ?」
正直、心が揺れた。俺にだって出世欲はある。「蔵馬を討てば」、そんなことを考えないわけではない。思い留まらせているのは、まともに戦っても勝てる相手ではないということ、一度でも刃向かえば俺に見切りを付けるだろうということ、そして見切りを付けた相手を蔵馬は決して生かしておかないということ。今、連中を返り討ちするのは簡単だ。四対一、悪い数字ではない。しかし俺が上に伸し上がるために、これ以上の機会があるだろうか。奴は無防備だ。今なら、必勝……。
俺は気付かれないように、何時も左傍らに常駐させている刀に手を伸ばそうとした。
「あ。」
刀はちょっとちょっかいを出すつもりで離れた宴の席に置きっ放しにしてきたことに気付いた。まずいな……。
「これのことかい。」
連中の一人が俺の刀を持ってきていた。得意気にちらつかせている。こいつら、本当に能無しだ。取りに行く手間が省けた。
「よこせ。」
「返り討ちにしようって魂胆か。」
「馬鹿か貴様。俺の刀で殺らないと後で辻褄が合わないだろう。」
俺はそういいながら、蔵馬の頭を起こさないようにそっと積み重ねた書物の上に置いて立ち上がった。刀を取りに一人に近づく。
「やっとその気になったかい。」
振り返ってみた。俺達のやり取りなど知りもせず、蔵馬は相変わらず無防備な肢体を横たえさせている。馬鹿だよな、おまえに盾突くなんて。多分おまえがいなくなったらこの組織は崩壊するだろう。おまえがいたから統制が取れていたようなものだからな。散々世話になっておきながら、恩を仇で返すことになってしまった。
本当に馬鹿だよ、こいつら。
刀を受け取ろうと伸ばした左手で相手の帯に差した刀の柄を掴み、鞘から抜きざまに少し離れたもう一人に投げ付ける。刀は見事にそののど元を貫き、火に照らされた大地を鮮血で汚した。今日はコントロールがいいようだ。
「油断対敵。」
残り三人。
「野郎!」
俺の刀を持った奴がそれを使って攻撃を仕掛けようとした。しかし、右利きは刀を右手に持ってはいけない。俺はそいつが持ち替えようとした刀を蹴り上げた。武器を持たない能無しに用はない。それにしても俺の刀は月光に映えるな。
残り二人。
予想外に高く天に舞いあがった刀の落下を待っていた時だった。
「あ!」
満月の中に影が踊り出た。長い髪をなびかせ、その口には空を泳いでいたはずの刀の柄をしっかりと咥えて……。
「……蔵馬?」
蔵馬は着地すると、柄を咥えたまま刀を鞘から抜き払った。そして重力に振り落とされそうになった刀を手にするや敵の懐に飛び込むと、何事が起こったのか理解できずに立ち竦んでいる三人の胴を次々と薙ぎ、辺り一面を血の海にする。
「安眠妨害。」
もはやここには俺と蔵馬の二人しかいない。……あっという間の出来事だった。
蔵馬は俺に脂肪と血のりで汚れた刀を投げてよこすと、転がる死体には見向きもしないで何事もなかったかのように元いた場所へ戻っていった。顔色ひとつ変えない。さすがの俺も仲間に手をかけたことに少しは心が咎めているというのに……。蔵馬の態度が妙に癇に障った。
「……起きていたんだな。」
「……。」
奴は答えない。なぜだか怒りが込み上げてくる。
「おまえは寝たふりをして警戒を解き、連中に嗾けたんだ。」
なにに対する憤りなのか自分でも理解できないまま押さえられない。
「そして試した。裏切り者を手っ取り早く探り出して消すために、そうだろう?」
「黄泉にしては読みが深いな。」
「今の、駄洒落だったら殺すぞ。」
「残念ながら外れだ。彼らが裏切ったのは偶然だ。そうなりそうな予感はしたが、……それでもいいと思った。」
「……!」
俺は蔵馬に歩み寄りその襟首を掴んで平手で殴った。その行動に奴がさして驚きもしなかったことにまた腹が立った。
「馬鹿かおまえ!死に急ぐなら一人でやれ、俺を巻き込むな!」
「誰が死に急いだ。」
「こ……のっ!」
「おまえが守ってくれるんだろう?」
「……。」
咄嗟に返す言葉が見付からなかった。蔵馬が反論の糸口を失った俺を見て楽しそうに笑う。瞬時に毒気が抜かれ、やり場のなくなった怒りは奴の笑顔に分断されて消えた。
どうすることもできず俺は踵を返したが、すぐに立ち止まった。
「なあ。」
頭に浮かんだ疑問は単純なものだったが、俺は口に出すを躊躇した。それはきっと俺にとって重いものになる、そんな気がした。
「……俺が裏切るとは思わなかったのか?」
俺の気持ちを知ってか知らずか、蔵馬の返答もまた単純だった。
「いや。」
「……そうか。」
「それに……。」
蔵馬の言葉を最後まできかないまま俺は歩き出した。だから多分その言葉がこうきこえたのは俺の気のせいなのだろう。
「多分、裏切るのはオレだろうな……。」
そしてこれは余談だが。
「どこに行くんだ?」
「酒を呑む。血を見たら酔いが醒めた、今から呑み直しだ。」
「……おまえ、なにか忘れていないか。」
背後から半ば怒ったような声がしたので振り返ってみると、蔵馬が書物の山の真ん中で胡座をかいて、傍らの地面を指し示していた。
「役に立ちたいんだろう。」
その顔は俺の目には妙に子供っぽく映って、思わず苦笑した。
金魚の水槽
HOME
MENU
Copyright (C) Kingyo. All rights reserved.