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No.
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箱男
がんばれ!ドリーム・ハンター
ふもとの町を行けば、小さな子等が、
「こんにちは、よみぞうさん。」
といって擦れ違う。
その声に、黄泉も一旦足を止め、
「おう、危ないところには行くなよ。」
……と返したときには既に子等は遥か遠くへ駆け去った後だったりするので背中を撫でる秋風が寒い。
そうしている内に、今度は脇から、着物の裾をつんつんと引っ張る者がいる。気づいてそちらを向けば、いつからいたものか、傍らに背丈の小さい女の童が立っている。
その童。なぜか小さな両手で白い紙製の小箱を差し出すものである。そして徐ろに、
「よみぞうさん、おかしらさんすきでしょ。」
「え……っ。」
呼応したように小箱の蓋が内側から持ち上がり、中から手のひらに乗る程の蔵馬が……。
「不束者だが宜しく頼む。手始めに腕立て二百回から始めようか。」
「う。」
箱の中から姿を現した男は、ミニチュアなくせに態度がでかい。
生意気に落ち着き払った口調で、「黄泉。」「黄泉。」と呼び捨てにするものだから、黄泉は少し腹が立ってきた。
だから、考える。
蔵馬が持ち上げた蓋は、今は童が持っていた。
それを何気なく取り上げ、しばらくの間、蓋と蔵馬をみ比べた。そして、
「……。」
そっと、箱の上に蓋をした。
「(黄泉ー。)」
そのまま、手のひらを乗せておく。
「(なんでー。)」
よい具合になったところで、黄泉は、今度は童をみた。
目で、「これは貰ってよいものか。」と尋ねる。
童はこっくりと頷いた。
実に愛らしい笑顔で……、しかし、口を開くと態度は一変。突然老い枯れた男の声になり、それはまるで仙人のように、
「ああくれてやるくれてやる。せいぜい大事にせい。さもなくば……。」
いいかけ、童が頭上高く跳ね上がったから黄泉は驚いた。
「!!」
童の天を突き抜ける高笑い。後ろ向きに一回転する間に煙となって消えた。
「……。」
腰を抜かさなかったのは幸いだ。
それにしても、と、黄泉は改めて箱をみる。
「くれてやる、か……。」
いざ手に入れてしまうと、あまりうれしいものではないな、と思う。己の力で手に入れた訳ではないからか。空しさを覚える。
蔵馬は蔵馬で、
「(開けてー。)」
「……。」
「(出してー。)」
「……。」
とんとん、こんこんと壁(箱の側面)を叩きながら、何だかやる気のない声で、開けろ出せよと訴えるものである。
黄泉は悩んだ。
そして、
「(ねー。)」
歩き出した。とりあえず巣窟に帰りたい。
道中、蔵馬は箱の中でとんとんこんこん騒々しい。
手を乗せておいてはいるが、蓋を持ち上げようとする力を感じる。無論、小さな身体でそれを行うには限界があるのだが。
黄泉は初め、無視するつもりでいた。ただ、放っておくとあんまりとんとんうるさいので、思いついて箱を両手で持って上下に不規則に揺らしてやったら、「う。きもちわる……。」と呟いたのを最後に、めっきり大人しくなった。
巣窟に帰ってきたが、まだ油断はできない。なぜなら、黄泉は嘘が吐けない男だった。例えば今、疑懼者の甲などに「蔵馬知らない?」ときかれたとして、澄まし顔で「知らない。」と白を切るだけの自信はない。
故に、誰かと顔を合わせるのは何が何でも避けたいところであるが……、巣窟内の妙に静かな様子。中を覗けば、人っ子一人居ない訳でもない。警備要員の配置具合から、これは「仕事」で仲間の多くが遠征組に駆り出されているものと思われる。蔵馬の手が空かない状況では、甲が単独で手下を率いることもあるから、今日もきっとそうなのだろう。最近の単独行動が響いて、「仕事」で蔑ろにされていることがこんな形で幸いするとは……。
兎に角、箱の運び入れは容易になった。誰に怪しまれることなく、広場を真っ直ぐに突っ切り己の寝床へ──巣窟奥の、幕で区切られた一角である。
麻の布切れを敷いた真ん中に胡坐を掻き、目の前の地面へ例の箱をそっと置く。
しばらく待っても、蓋が持ち上がる気配はない。恐らく、中の男はまだgroggyに死んだままなのだろう。可哀想に。回復したら甘い葡萄酒を与えよう。……匙一杯で足りるだろう。
ところで──黄泉は思案する。
箱の男を、どうしようか。
ことばが通じるのだから、ペットを飼うようにはいくまい。それに、逃げ出す技術は一級品。ここを面白くない場所と判断したなら、見切りをつけ、己の力で出て行くこと必至である。ならば──黄泉は更に思案する。
蔵馬が己の元を離れない方法。それは、己が蔵馬の気に入る男になること、これしかない。
そのためなら何だってする覚悟は元よりできている。持ち前の不器用と照れ性が祟って、これまで素直に伝える機会を逸してきたが、今回ばかりは決意は固い。
「……。」
毎日少しの酒を与えよう。少しでよいなら、己が普段飲む酒よりも高価な酒を。
そして食い物は好きなものを、欲しがるだけ与えよう。これも大した量にはならない筈だ。思う存分贅沢させてやる。
そうだ、好みの着物を着せてやるのもよい。この形が好きなのだと口ではいいながら、実は経済的な理由で同じ形の着物しか仕立てることができないことを、己は知っているではないか。色も、蔵馬にとって妖力が高まる白をたまたま選んでいるだけで、文字通り一寸妖狐となった今、闘う必要はどこにもない。
黄泉は上質の絹を藍や萌葱に染めたものをまとう蔵馬を想像する。白い肌に艶やかな絹地が滑り、それよりも艶やかな銀の髪が、肩から腕のラインへ緩やかに流れ落ちる。それは20caratの金剛石も50caratの紅玉石も価値を失う程美しく輝き、柔らかなvelvetを敷き詰めた宝石箱の寝台で青き生命の炎を灯し生きる、唯一のjewel。永遠とも思える時の流れを、俺と共に歩む哀れな囚人形。
そう、永遠に。
これは俺のものだ──期待に自然くちびるが歪む。黄泉は箱の蓋に両手をかけた。
中の男を怖がらせないよう、ゆっくりと持ち上げる。
ようやく決意し、箱の中身と再対面する晴れやかさからか、心なしか空までが明るくなった気がする。まるで外界と寝床とを遮るために引いていた幕をくるりと取り払われたように、流れ込む空気には森の爽やかな匂いが混じっている。流れ込む空気は、風……。
森の……?
ここへ来て、黄泉ははっと何かに気がついた。しかし、心に浮かんだ発想が恐怖に変わり、周囲をみ渡すどころか、顔を上げることすらできない。
だが、現実は容赦なく視界に入り込む。
先程まで尻の下に敷いていた麻布は影も形もなく、その下、地面だった場所は白く乾いた質感の何かに取って代わられている。その白と質感は……。
もう迷っている場合ではない。黄泉は鼻先を突っ込む勢いで、箱の中を覗き込もうと身を乗り出した。
そのとき、突然天に影が差した。と同時、遥か上空を雷鳴にも似た腹底を震わす巨大な声が、
「おかしらさん、よみぞうさんすきでしょ。」
「え……っ。」
それはきき憶えのある女の童の声。
黄泉は思わず天を仰いだ。そして、みてしまった。
箱を思わせる四角い空と、己を覗き込む白い男の、生意気な金色の瞳を──
「うああああ!ああ……!あ、ああ……。は……。ゆ、夢か……?ふっ…………くそ、変な夢みた……。」
「どんなゆめみた?」
「へ??……っておわああ!!」
ホントウノアクムハココカラ
「このくらいの箱に入った黄泉がみかん一個と同じ値段で売られている夢みたよ?」
「へえ、よかったね……。」←甲
金魚の水槽
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