Date
2 0 0 2 - 0 7 - 1 3
No.
0 0-
濡れ狐
D o y o u h a v e f u n ?
「暑いですね〜。」
「夏ですから。」
「夏といえば。」
「やっぱ冷酒でしょう。ささ、一杯。」
「麦酒も高いしね。おっとっと。」
「じゃ、乾杯といきますか?」
「何に?」
「それは『戦利品に。』に決まってるでしょう。」
「ほんじゃま、戦利品に。」
「戦利品に。」
甲と乙が杯を上げる。
なぜか川縁である。せせらぎの音涼しげに、蝉の声、風が揺らす木の葉のざわめきに鳥の声。そのすべてが夏を感じさせる。ついでに、
「しっかし、若いコたちは元気だね。」
「ま。夏ですから。」
組の下の連中が、川に入ってはしゃぐ声……。激しい戦闘まであった遠征の帰途だというのに、自棄くそのように騒いでいる。
川に入るのも一興、幹部ふたりは若い衆の活気ある様を遠巻きに眺めながら、
「いいんじゃないですか。」
「ま、暑いしね。あ、そろそろ焼けたかな。」
暑い暑いといいながらも、焚き火は欠かせないのが酒盛りのスタイル。本日のつまみは焼きとうもろこしか。
背後には、今回の遠征で収獲した宝が雑多と置かれる。食い物は、その宝の一部と交換して手に入れる。作物を盗むことはない。それ自体は安価、農業従事者も少なくないので手に入れるのは容易だ。無論、盗むほうが容易ではあるが、余計な敵をつくらないのが蔵馬のスタイル。ただ荒稼ぎするのではなく、的は絞り、稼いだ分は近隣で商う者に消費する。隠れ家が必要な稼業、頻繁に居所を告発されては逃げ回ってばかりいなければならない。それならば、近隣の住民を味方につけたほうがどんなにか利口といえる。
「それにしてもな。」
「ん?」
乙は焼きとうもろこしにかぶりつきながら、甲の視線の先に何気なく目を向けた。
蔵馬がいる。
川の中頃の岩に腰を掛け、履物を脱いだ素足を水の流れに浸す。両腕は後ろについて支えにし、空をみ上げるように視線は僅かに上を向く。微風が流れ寄る度に瞳を閉じ、それがサラリと髪の中を行き過ぎるのを楽しむ。時折、川のせせらぎを両足で掻き混ぜる無邪気さをみせる。まるでそこだけが別世界であるかのような、穏やかな空気の中に在る銀髪の妖狐の姿は、
「涼しいですね〜。」
「いやはや。夏ですから。」
甲は硝子の小瓶を手酌に傾け、
「しかし。あれは楽しんでいるのかね?」
ついでに乙の杯にも酒を注ぐ心遣いをみせる。乙は「あいはい、悪いね。」などといいながら甲の酌を受け、
「さあね。案外楽しんでるのかもよ。」
蔵馬は相変わらずの無表情、恐らく今は何かを考えているのだろうが、何を考えているのかまでは端からみても分かるまい。
甲はとうもろこしの焼き目をみては引っくり返し、
「あれで、楽しんではいるんだろうな……。」
「んー?……そうじゃねえの、帰りに『川辺で涼んでから帰ろう。』っていい出したの、蔵馬なんだから。」
若い衆は、飽きもせず水の飛沫をかけ合い、ガキのようにはしゃぐ。乙はそれを眺めながら酒を一口、
「まあ、助かるよね。少なくとも下の連中の暑さに対する愚痴は減る。」
「確かに。何つーか、蔵馬は、下のコたちが楽しそうに遊ぶ様をみるのが、楽しいのかもしれないな。」
「ん、そういう面はあるね。自分が楽しいっていうより、周りが楽しんでくれればそれで満足ー、みたいな。」
「ん……。」
甲は腕を組む。
乙には、甲の思うところが分かる、からかうようにへらっと人懐っこい笑みをみせ、
「それも、甲さんとしては心配の種ですか?」
「いや……、心配ってことはねえが。」
「ん?」
甲は、頭を掻きながらいい辛そうに、
「ん、何つーか。……あのコは、もう少し楽しんだほうがいいと思うんだがね。」
「ま、確かに。でも、あのコの場合は、楽しむのに『遊び相手』が必要だから。」
「『遊び相手』ね……。」
そこで、甲と乙は示し合わせたかのように、揃ってある一方に目を向けた。
黄泉がいる。
周囲の騒がしさから離れ、大木の木陰にひとり涼む。大きな葉を団扇代わりに、扇ぎながらキリリと冷えた酒で更なる涼を仰ぐ。胡坐の膝に、木の葉が舞い落ちる。それを摘まみ、風に透かしつつ酒を注ぐのも妙である。
「……たそがれてるね。」
「しかもそのたそがれがよう似合うわ。」
「つーか、あいつの場合、全体的にオッサン臭い。」
「いえてる。朝とか、普通にオヤジ臭するし。……ヒトのこといえんけど。」
「きっと俺らとは別の人種だな。ところで、あいつって年幾つなんだ?」
「あ?四十五くらいじゃねーの?」
「それじゃ若過ぎるよ、乙さん……。」
と、ふたりが黄泉という生物について語り合っていると、
「?」
蔵馬が不意に、髪の中に手を入れた。
と思った途端、ヒュヒュンッと風を切るのは薔薇の鞭。川の水をパシンッと叩き、飛び散る飛沫に弾き出された鮎の尾を見事片手でキャッチした。予断のない動きは流石の一点に尽きる。
蔵馬はくるっとふたりのほうを向いて、
「ぶい。」(←ちょっと自慢げ。)
その子供のような無邪気な表情に、甲と乙は拍手喝采で応えた。
蔵馬は裸足で岩を伝い、ふたりの側まで来た。正面にちゃっかり座ると、濡れた両手を火にかざす。鮎は、蔵馬の「これも焼いて。」のことばと共に、甲の手に渡った。
「塩ないから素焼きでいい?」
「うん。」
甲は鮎を捌く。乙は、何の気なしに「うまそうだね。」と呟いた。それがきこえたかどうかは分からないが、蔵馬はいつもの淡々とした口調で、
「それ、黄泉に遣るんだー。」
「……。」
甲と乙は、思わず顔をみ合わせた。次には、当然蔵馬の顔色を窺うが。当の蔵馬は、自分のいったことばに奇妙な点などみ当たらないという顔をして、火に向かい手のひらをひらひらさせている。どうやら、冗談のつもりでもないらしい。
まあいいか、甲は乙に肩を竦めてみせた。
川の中には、まだ水遊びに飽き足りない若い衆が騒ぐ。甲はその連中に向かって声高らかに、
「おおーい。この川の『上流には』鮎がいるぞー。てめえで食う分はてめえで稼げ、今晩の夕飯ー。」
「ノルマ一匹ねー。」
別に上流じゃなくてもよいのだが、甲がそういったお陰で、今まで散々はしゃいでいた連中が「おおー!」とか何とか叫びながら一斉に川の上流に移動していった。
「あーあ、ようやく静かになった……。」
「何だか静けさと一緒に、涼しさも増したような……。」
「いやあ、若いコの活気にはついていけませんな。」
「まったく同感。」
「……おまえたち、何かじじ臭いぞ。」(←蔵馬ツッコミ。)
「まま、一杯。」
乙は蔵馬に杯を渡し、酒を注ぐ。
「しかし、あいつらも随分と元気だな。こう騒がれると、みているこっちまで疲れるぜ。」
甲は如何にもうんざりな表情を作って、杯に残っていた酒を飲み干した。それをみて、蔵馬はくすくすと笑いながら、
「いいじゃないか、少しくらい騒いだって。最近入った奴らは、無駄な殺しが多くて困る。日頃に溜まった鬱憤は仕事で晴らされるより、こういう場を設けて楽しく発散して貰ったほうが、効率がいいし、オレはみていて愉快だぞ。」
「晴らせる奴はね。」
意味ありげに、甲はある方向にちらりと視線を泳がせた。
「ん?」
釣られて蔵馬も甲の視線の先に目をやる。
そこには黄泉がひとり、酒を飲んでいる。
「……。」
蔵馬は顎に手を当て、神妙な顔つきを作り、
「酒で晴らしているのかも……。」
「そうはみえねえぞ……。」
甲のことばは耳に入らぬか、蔵馬はしばし感慨深げに唸りながら考察していた。
そして結論。
「あの男は、弾けることがなくていけない。」
鮎の焼き目をみながら、酒に舌をつける。
甲は思わず、「それはおまえもな。」とツッコミを入れたくなったが堪えた。
鮎は香ばしい匂いに薫る。
「お待たせ〜。焼き鮎だよ。」
乙は「黄泉くんに遣るんでしょ?」といって、焼き上がった鮎の串を蔵馬に持たせた。ついでに「喜ぶぜ、あいつ。」と、にこにこ人懐っこい笑みをみせるが。
蔵馬は、串に刺さった鮎の白い目玉をじっとみつめて呟いた。
「そうかな?……オレ、あの男の喜んでいる顔と怒っている顔のみ分けがつかないから。」
黄泉は、自分に差した影の正体が蔵馬であると気づき、些か驚いたようだった。だが、持ち前の照れ屋と、不用意に間合いを詰められている現状況とが影響して、素直に視線を合わせることができないのがこの男らしい。
「何か用か?」
黄泉は不機嫌にことばを投げつけるが、蔵馬は構わずにその正面にしゃがんで、
「……。」
湯気の上がる鮎の串焼きを差し出した。
「……何だ?」
「鮎。」
「みれば分かる。」
「おまえに食って欲しいそうだ。」
「それは、おまえがか?」
「鮎が。」
「……。」
「……。」
「……酔っ払い狐。」
渋々、黄泉は鮎を受け取り、腹の辺りに噛みついた。それを興味深げにみつめて、蔵馬は、
「うまいか?」
尋ねた。黄泉は面倒臭いのでぶっきらぼうに、
「ああ。」
それでも、蔵馬は満足そうに頷くのだった。ただ、相変わらず無表情ではあるので、黄泉は照れ臭そうに舌打ちをして、避けるように斜に向いた。
そのまましばらく、蔵馬は黄泉の食う様子を観察していた。黄泉のうるさがる表情が、面白いらしい。
が、やがて。生態観察にも飽きたのか、
「?」
蔵馬はよいしょと立ち上がると、ひとり川に向かって歩いていった。甲と乙が、遠巻きながら興味深げに眺めている前で、何を思ったのか妖狐蔵馬……。
手には器のように丸めた蕗の葉、その内は川から汲んだ冷たい水で満たされている。
「あ。」
と思う間もなく、
「飴と鞭。」
蔵馬は、胡坐で鮎を食う黄泉の頭上から、ざばざばと水を注いだ────。
「ウチの頭はお利口さんですな〜。」
「例えば?」
「遊び相手は自分の力で確保するところとか。」
「う〜ん、微妙。」
川に入って、蔵馬と黄泉が手合わせを始めた。……というより、黄泉は無理矢理怒りを引き出され、蔵馬の暇潰しの相手をさせられている、といったほうが正しい。甲と乙には、いい酒の肴である。
黄泉の攻撃はことごとくかわされ、その度に蔵馬は笑った。
実に楽しそうな顔をした。
「でも楽しそうじゃない、蔵馬。」
乙が、ほらみてみろよとばかりに、甲の脇腹の辺りを肘で押した。甲も、満更ではなさそうだ、
「うんうん、いいことだ。」
頷きながら、酒を注ぐ。
「やっぱ若いコはこうでなくちゃね。」
と、突然。川のほうから「あ!」という声が上がった。
続いて「ビチャン。」。
どうやら、利口な頭は苔生した岩に足を滑らせて、川面に尻餅をついたようだ。蔵馬にしては珍しく随分と不注意な事象、当人も転ぶとは思っていないのだから一瞬面食らった顔をした。黄泉がそれみたことかと、笑っている。
「ざまーみろ。ヒトの頭に水なんかかけるから、バチが当たったんだぜ?」
「……。」
分かってはいるが、黄泉にいわれると面白くない。蔵馬は「む」の顔をしたまま、
「腰打った。立てない。」
「ガキか貴様。」
「立てない。」
「……おい。」
「立てない……。」
「……。ったく、しょうがねえなもう。」
黄泉は面倒臭そうにため息を吐いた。だが手は貸してやる優しさをみせる。蔵馬は黄泉に向かって腕を伸ばし、引き上げられるのを待つ。そして、黄泉がオレの手を掴んだぞ、これでもう離さないな?と踏んだところで、
「があっ!!」
黄泉の腕を思いっ切り引いた。自然黄泉は前のめりに体勢を崩し、そこに追い討ちをかけるかのような、蔵馬の前方からの足払い……。黄泉は「ベチャン。」と水面に倒れ伏し、ついでにそのまま五十センチばかり流された。
してやったりとはこのことだ。蔵馬はくすくすと愉快そうに笑った。先の腐れ顔はどこへやら、黄泉が顔を上げるのを待ってから、立てた人差し指を黄泉の鼻先に向け、
「おまえは詰めが甘いんだよ。ばん。」
だから。
「暑いですね〜。」
「夏ですから。」
「夏といえば。」
「狐も喜ぶ季節かな。」
なぜか川縁である。せせらぎの音涼しげに、蝉の声、風が揺らす木の葉のざわめきに鳥の声。そのすべてが夏を感じさせる。ついでに、
「……貴様ーっ!!」
「水をかけるな。濡れるだろう莫迦。」
「これだけ濡れてりゃ同じだろう、このっ!」
「あはは、止せって冷たい……!」
水の飛沫も眩しい季節である。
「あーあーもう、あんなに濡れ鼠になって……。風邪引くっつーの。」
「甲さん甲さん。それをいうなら『濡れ狐』じゃあ、ございませんか?」
「ああ……、そうともいうね。」
「涼しげで大変よろしい。っていうか。なあ、思えば毎年恒例じゃねえか?濡れ狐。」
「ああそういや、去年も一昨年もみているような……。」
「夏の風物詩とでもいいますか。」
「風物詩ねえ……。」
「……。」
「……ふう。」
「ま。いいんじゃねえの?」
「そうだな。蔵馬も黄泉も、まだ若いコなんだから、少しは弾けとかないと……。」
「お、甲さん、オトナだね〜。」
「いやいや。しっかし、あんまり熱いのも困りモノですがね〜。ささ、一杯。」
「はは。ま、若いですから。おっとっと。」
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