Date
2 0 0 5 - 0 7 - 1 6
No.
0 0-
ハードな男
s l e e p l e s s n i g h t
鍛冶は今宵も客用の寝台に眠る──と書けば何となく事足りてしまう便利な敷地(=site)である。
……寝つけない。
疲労とは時に心地よく、夜毎主の肉体を精神世界へと誘うものであった。しかし、現実問題、主は寝つけないのだから仕方ない。寝返りを打つ。
太い腕を頭の後ろに回し、仰向けに転がっていれば厭でも目に入ってくる光景。いわずと知れた己の寝台である。
いつもなら己が身を休めているであろう、あの棚作りの寝台は今──
「(すやすや。)」
「……。」
……すやすや眠っているところをみると、悩みなんてなさそうだ。ただのひとつもなさそうだ。うん、それはきっとよいことなのだ。鍛冶は無理矢理納得してみる。
が、所詮無駄な努力だった。
他人の家の、他人の寝台で。
これだけ堂々と眠ってみせるのだから、これを図太いと呼ばずして何と呼ぼう。ある意味才能だ。使い道の限られた才能だ。その限られた使い道の内に俺が居るのか?
鍛冶は思う。
「うーん、理不尽。」
「(すや。)」
眠る男はぴくりとも動かない。余程深い眠りに落ちているのか。厚手の掛け布に厳重に包まれて……。耳を澄ましても、実際は「すや」の「す」の字もきこえてこないのだ。鍛冶の目にはただの静止画としか映らない。
眺める目も無感動になる。
しかし直後。
「!!!」←鍛冶屋
鍛冶は思わずびくっとなった。
無感動に眺めていたその静止画が、突然むくっと身体を起こした。
「……。」
そのまま一分ばかり動かない……。
「……。。。」
ややして、それは「カタツムリといえばカタツムリに失礼」なくらいの低速で、……みていれば梯子を欲しているらしい、寝台を下りる方角の空中へ、伸ばした片足をぴくぴくと泳がせている。
鍛冶は尋ねた。
「どしたの……?」
心臓の鼓動はまだバクバクと早い。
声をかけられた男は、持ち前のマイペースを遺憾なく発揮した。
「……ねてた。」
答える。それはそれは、随分と魂の抜けた……。
きいているこちらまで気が抜ける。鍛冶は欠伸をする。
蔵馬は梯子を下りている。
一生懸命下りてくる。
灯りの遥か昔に落ちた暗い中を、右、左と確かめながら下りてくるのだから何とも危なっかしい。鍛冶は内心気が気でない。
「大丈夫か……?」
一応尋ねる。
「ん……?」
気合の欠片もない返事──の直後。
がたん!
「!!!」←鍛冶屋
鍛冶は再びびくっとなった。蔵馬が、あわや足を踏み外しかけた。
蔵馬はいった。
「うん……。」
どうやら先程の返事の続きらしい。但し、落ちないように必死に梯子にへばりついているその影をみる限り、今更「うん。」といわれても、どこをどうやって信用すればよいかこちらが教えてほしいくらいだ。鍛冶はまだ心拍数が下がらない。
昼間は「それは狐のような身のこなし」で、「くるりんぱ」と前転しながら音も立てずに着地するような男が、床に両足をつけたのはそれから数分後。ぺたん、ぺたんと履物を鳴らす音がする。鍛冶はようやくほっとする。
ぺたん、ぺたんはしばらく続く。
不思議なリズムでぺたぺた続く。
行き先なんかどうでもよい。鍛冶は含み欠伸をひとつ、背中を向けてごろんと転がった。目を閉じ、寝にかかる。
「……。」
「……。」
ぺたん、ぺたん。
「……。」
「……。」
ぺた……。
「……。」
「……。」
……。
「……。」
……。
「……。。。」
……背中に、イヤ〜な気配がする。
ちょっと、振り返るには勇気がいる気配だ。しかし、黙っていても埒が明かない。ここはひとつ勇気を振り絞ってみようか──鍛冶は決断する。
思い切って、くるっと仰向けに寝返ってみた!
己をみ下ろす白い男と目が合った!
「……。」
蔵馬は、鍛冶の顔を覗き込む俯き加減で、両肩から流した銀髪が柳の幽霊のようだ。
きっとこの幽霊は何かを伝えたいのだろう。成仏できずに、だから夢枕に立って……というのは冗談として、しかし鍛冶には思い当たるところがひとつあった。
試しにそっと、掛け布の端を持ち上げてみる。すると蔵馬は、
「……さむい。」
のろのろとやる気のない動きで、鍛冶の寝る寝台に潜り込んできた。
「……。」
納得する気はない。だが、これ以上議論を尽くそうと努力したところで、相手のやる気のなさをみれば双方向性はないに等しい。……男は年を取ると、空しい行為はしないのだ。寝る。
身体を横に向け、蔵馬を無視する体勢を取ると、蔵馬は図に乗っているか、はたまたこの男にとってはそれが自然な行為なのか、身を寄せ、背中にぴたりと張りついてくる。
「(……ぴと。)」
「って、あのね?」
鍛冶は、これも試しにきいてみた。
「ど〜お考えてもオカシイでしょ?この状況?」
蔵馬のやる気のない声が返事する。
「……うん。」
「……。」
……うん、という。「うん。」というからには、鍛冶の訴えには一定の理解を示しているようだ。理解はないよりあるほうがいい。いや、いいに決まっている。だから、これもきっとよいことなのだ?
「……泣くぞ。」
「ん?」
鍛冶の憤りに、蔵馬は頓着しない。我侭な主張で、
「だって、さむいもん。」
という。そして、寝床に潜り込んだことについては、
「甲はいいよっていってくれるよ……。」
という。
「……は?」
唐突に。
そんなことをいわれても、ならばおまえは、夜な夜な甲の寝床に潜り込んでは、いいよといわれながらぬくぬく眠りについているというのか。
「……へえ。」
としかいえない。というか、他に何と答えればよいのだ。甲も甲だ。男の寝床に男が潜り込むなど(女の場合も然りだが)、世の中の道理に反するよくないことなんだよ?とひとこと教えてやればよいものを。鍛冶は眉毛の間で憤る。
だが直後、先の主張はほんの前置きに過ぎなかったのだと知る──
「他の奴だって、オレが寝床に入っても、文句いわないよ……。」
「……。」
……やはり、この男は。。。(※補足:鍛冶は、蔵馬とその取り巻きの関係図を、蔵馬の美貌と白い肌、或いは若くて健康(いいようによっては不健康)な肉体に、誑し込まれた男共の集合体だと、未だに信じて疑わない。)
鍛冶にはいいたいことが山程あった。ただ、今それを指摘したところで、当の蔵馬にはただ不びんな気持ちにさせるだけだろうと思うからいわない。即ちこれが鍛冶なりの優しさであったが、蔵馬にも蔵馬の取り巻きの連中にも、もちろんそのような如何わしい性癖はない。
蔵馬には鍛冶の沈黙の理由が分からない。だから、「しゃべってもいいということなのかな?」と都合よく解釈する。続けて、
「黄泉は怒るけど……。」
という。
「……は。」
その段、鍛冶はようやく「返答のしよう」を得た気がした。
「怒るんかい。あの黄泉くんが。」
という。
蔵馬は、
「怒った顔がまるでおまえのようだ。」
「一緒にされたくないけどね。」
「黄泉は……。」
と、今度は深刻そうな声がいう。
「……あの男は、オレが寝床に忍んでいくと、厳しい顔をして追い払うのだ。」
「……はあ。」
黄泉にしては、一般常識を心得ていると思う……。鍛冶は心の中で感心する。が、
「オレには分からん。」
蔵馬は突然独りごつ。
「オレが寝床に潜り込むのがそんなに厭なのか。」
更にいう。
「オレが寝床に潜り込み、奴の帯を解くのがそんなに厭なのか。」
「ちょっと待て?」
鍛冶が横槍を入れる。
念のため確認する。
「帯。」
「うん。」
「っていった?」
「うん。」
「誰の?」
「黄泉の。」
も少しいう。
「オレが寝床に潜り込み、奴の帯を解いて腹に手を差し入れ、あの美しい腹筋のひとつひとつを丁寧に指でなぞるのがそんなに厭なのか?」
厭である。
鍛冶はいった。
「……はーどだね。」
「(そう?)」
ほとんどセクハラである。
だが、蔵馬はこれにも頓着しない。声はうれしそうに、
「あいつ、いい身体してるんだー。」
「(こわ。)」
鍛冶は寝台の蔵馬との間にみえない境界線を引きながら、
「ここから入ってこないでね。」
「(えー、何で?)」
金魚の水槽
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