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インターミッション(+2)  i n t e r m i s s i o n + +


 深夜を過ぎ、ようやく今日の営業時間が終わった。
 本来ならほっと一息、酒を片手にゆっくりと煙草を燻らせたいところだが、そうもいかない迷惑な理由がまだいた。火の始末をし終え、鍛冶は両手を腰に当てた格好で自分の寝台をみ上げた。
「本っ当によう寝るコだな……。」
「……ん……何……?」
 上から寝呆けた声が答える。
「はあ……、今日も一日真面目に働いたから疲れたな。」
 肩を揉み解しながら、ため息混じりに呟く。もう声が返ることはなかったが、鍛冶にとって既に返事云々は意味のないことだった。
 一度、煙草を手に取る。しかし気が変わったのか、それを作業台に置いて、その足で自分の寝台……に眠っている厄介な客の元に向かった。梯子を使い寝台に顔を出すと、妖狐は掛け布がはだけたまま、寝相も悪く寝台の真ん中で丸くなっていた。まるで子供である。当初は幼い光景に苦笑する余裕もあったがこの態度、今はただ厚かましいことこの上ない。
「おい、こら。」
 鍛冶は右手で梯子を掴んだまま、空いている左手に拳を作って蔵馬の肩を小突いた。すぐに反応はなかったが、しばらく揺り動かしているとようやく再び目覚めさせることができた。
「……朝……?」
 もはや答えてやる気も起きない。先程も鍛冶が自分で口にしたが、この鍛冶は態度に似合わず真面目な男で、頼まれた仕事は納期を守って精度よく仕上げる几帳面なところがあった。だから実際のはなし、一日が終わる頃には相当疲れている。
「どけ。どけよ……。」
 妖狐が口をきける状態になると、鍛冶は『今日こそは俺の寝台からどいて、客用の寝台に移れよ。』という気持ちを込めて更に拳で小突いた。ちょっとした振動なら無視して眠るところだが、さすがにきき分けねばならぬときがきたようだ。妖狐が迷惑そうに身体を動かす。
 ……鍛冶には予想外なことだった。まあ、蔵馬の手下連中なら驚きもしないだろうが。
 蔵馬は確かにどいた。但し、同じ寝台の『真ん中』から、『壁よりの奥』に移動した。……確かにどいてるよな、鍛冶は思った。そして、おいおい同じ寝台に寝ろってかい、とも思った。
「くそガキめ……。」
 鍛冶は半ば渋々、蔵馬の眠る寝台の手前に空けられたスペースに身体を横たえた。左腕を曲げて頭を乗せ、寝台に身体を落ち着かせると、息がかかる程の距離にいる蔵馬の寝顔が近い。
 忌々しく思いながらも、鍛冶はその顔をじっと眺めた。低い呼吸で目を閉じているが、この状況で無防備に眠ってみせる程無用心ではないらしい。恐らく鍛冶が完全に寝つくまで浅い眠りで待つつもりなのか。
 ……何もしねえよ馬鹿。鍛冶は思い、目を閉じる。
 鍛冶にとって蔵馬は単なる邪魔者に過ぎない。今までの鍛冶なら刀を抜く強行をしてでも排除してきた存在だ。しかし蔵馬に対したとき、鍛冶は徹底的に邪険に扱うことはできても、暴挙に出ることができなかった。どうしても制御がかかってしまう、哀しいかなその理由も鍛冶には分かっていた……。
 くそガキめ。鍛冶は口の中で呟く。蔵馬に背を向けるように寝返るが、
「なあ……。」
 その鍛冶に蔵馬が呼びかける。
「ん……、どうした?」
「……。」
 背を向けたままでは返事をしない。仕方なく鍛冶は再び身体を蔵馬に向けた。
 顔をつき合わせると、蔵馬は眠たそうな目を薄く開き鍛冶をみた。
「おまえはなぜオレを嫌うんだ……?」
 何をいい出すのだ唐突に、などという野暮な会話は避けたかった。
「邪魔だからだ。」
 鍛冶は蔵馬の目を冷たくみ据え、端的に告げた。それは的確ではあったが、とても蔵馬が納得できる答えではない。
「どう邪魔なんだ?」
 更にそう問われたとき、……不覚にも鍛冶は次に続けることばに迷いをみせた。しかし悔やむ間など与えられない。蔵馬は調子を崩さず、結論から告げた。
「オレを厭がる別の理由があるのではないか?」
「……。」
 さらりと否定してしまえばいいものを、そうすることができない鍛冶は蔵馬にとって都合のいい正直者だった。蔵馬は自身の理論で淡々と続ける。
「まず単純に邪魔だというなら、最近は作業中にはなしかけないようにしている。オレも仕事の際に余計な邪魔が入ったら厭だと思うし、何よりおまえの怒鳴り声は一際うるさい。営業妨害については論外。オレはおまえの顧客の中でも大口に当たるはず。発注をしないわけではないから、多少客が減っても稼ぎが減るだけで生活できない程ではない。」
「おまえな、自分が食わせてやってるんだぞみたいないいかたを……。」
「大口発注。」
「し……。」
 確かにその通りだった。蔵馬の組は鍛冶の仕事を正当評価し、必ずといっていい程見積もり額よりも多く支払った。何をしているのかは知らないが、受注も多い。そのため、客足は減っても稼ぎが減ったと感じることはまずなかった。
 蔵馬は横たえていた身体を伏せ、眠たそうな顔のまま頬づえをついた。鍛冶の目を不思議そうにみつめる。
「なあ、鍛冶屋。」
「ん……。」
「オレを毛嫌いする他の理由があるなら、知りたい。」
「……。」
 ……理由はある。
 それには既に蔵馬も感づいている。鍛冶も答えられるような理由なら答えてやるのだろう。しかし、鍛冶の中にあるそれはそう簡単に洩らすことができない類のものだった。
「それは、いえない。」
 嘘を吐けない鍛冶はそういうだけで、他に説明できることばを持たなかった。それは蔵馬の興味を悪戯に引いただけ、そして蔵馬はいわないといったことは必ずいわせる強行な性格だ……。
「なぜいえない……?」
「うるせえな、いえないものはいえないんだよ。」
「そういわれると益々ききたくなる。」
「寝なさいよ。眠たいんだろう?」
「絶対に口を割らせる……。」
 鍛冶の不器用な対応を他所に、蔵馬はただ真っ直ぐに鍛冶をみ据えた。いつになく冷たい色をした目、この男が仕事中にしかみせないだろう氷の目。本業は盗賊だ。恐らく、状況は異なれど、同じような場面を何度も経験しているに違いない。寒い程に感情の欠如した眼差しに晒されて、免疫のない者が黙り通せるはずがない。
 ただ、目を合わせている、それだけのことで鍛冶の心は防御を失った。舌打ちし、吐息よりも小さくことばを吐く。
「……てるんだよ。」
「……何?」
 蔵馬は怪訝にきき返す。既に普段みせるような我侭で子供じみた気配に戻っていたのだが、観念した鍛冶はきき返されるのももどかしそうに目を伏せて怒鳴った。
「だから、似てるんだよおまえっ!……俺のカミサンに。」
 最後は消え入るような声になっていたが、蔵馬の耳に届くには充分だった。
「……は?」
 その蔵馬は目を丸くするだけで、笑うことも怒ることもできない。
 蔵馬の反応がいい加減鈍いので、鍛冶は苛立った。
「は?じゃねえよ、きこえただろう?」
「ああ。……実におもしろい答えだ。」
 恐らく、蔵馬はどういう態度を取るべきか分からないのだろう。邪険にされ続けていた自分が、その男に、その男の愛妻に似ているなどと面と向かっていわれている。顔には表れないが動揺しないわけがない。しかし鍛冶にしてみれば、散々いい渋るのを無理にいわせたくせに、興味があるのかないのか分からないような反応を示されるのだから腹立たしい。きかれないことまでいいたくなる。
「初めは気の迷いかとも思ったが、何かよく分からないけど似てるんだよ。性格は最悪に悪いくせに。」
 鍛冶はよく自身の愛妻をこう例えていた。髪が長く線が細い、切れ長の目をしたくちびるの薄いこざっぱりした容姿。そして、かなりの美人だと。なるほど今思えば、美人かどうかは別として自分に当てはまらない部分はない、その点だけは少々蔵馬にも納得がいった。
「さっき来てたおまえのところのにいちゃん、おまえのことを美人だといっていたな。ああ、確かにおまえは美人だよ、盗賊連中が誑し込まれたとしてもおかしくはない。」
「誑し込んでないぞ。」
「でもやっぱりおまえはその辺の女よりもいい匂いがするだけのただの野郎だ。」
 鍛冶のことば尻がいちいち引っかかる。それにわけの分からない前条件ばかりを挙げて結論を先送りにすることが、蔵馬には気に食わない。
「何がいいたいんだ貴様は……。」
 蔵馬は低く問い、不機嫌に鍛冶を睨む。しかし次に鍛冶が発したひとことには、ただ愕然とするしかなかった。
「……こういう風にな、一日が無事に終わってようやくほっと一息つけるっていうときに、おまえが俺の寝台で無防備に寝てるんだぜ。そんな光景みせられたら、欲情のひとつもしたくなるだろうが。」
「……。」
 ……鍛冶は不図気づく。
 蔵馬が徐々に後退りしている……?
「何もしねえよ馬鹿っ!」
「当たり前だ、されてたまるか……!」
 夜が更ける。


金魚の水槽

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