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No.
0 0-
インターヴァル
i n t e r v a l
ここ数日で冷え込みはめっきりと進み、否が応でも早起きを強いられる。
早朝の作業小屋は、室内とはいえ吐く息が白い。一枚壁の簡素な作りなのだから、こればかりは諦めるしかない。鍛冶は、起き抜けの身体を厚手の布にくるみ、入り口脇の小窓から外の様子を覗きみる。火を点けるつもりのない煙草を咥え、小さく「参ったな。」と呟く理由は、しんしんと降り落ちる淡雪が薄化粧を施した初冬らしい風景に対してか。
商売上がったりだ。
……思ってみるが、その表情は然程沈んでもいない。雪は好きではないが、嫌いでもない。ただ唯一、冬になれば雪が落ちる──当たり前の営みの中に生きることに、ある種の安心感が湧く。
鍛冶は、夜通し働かせて火の弱まった火鉢に新たな炭をくべ、作業用の炉にも火を入れた。だが、営業準備をするのはまだ後でもよいと思う。この天気では、余程の急用がない限り、わざわざやってくる客などいないだろう。炉の前にしゃがみ、生まれ立ての火をみ守りながら、燻らせない煙草の煙の代わりに白い息を吐いた。
しばらくすると、火の周りの空気だけが和み始める。鍛冶は、火照った顔からひとつ息を吐き、立ち上がる。そろそろ作業にかかろうか……。客が来なくとも、鍛冶を拘束するだけの仕事は在る。
材を取りに、鍛冶が物置代わりの流し場に向かおうとしたときだった。
作業小屋の戸がそれらしい音を立てて開いた。鍛冶は僅かに振り返り、「いらっしゃい。」といおうと思ったが止めた。まだ早朝。開店時間には間があり、今誰かが訪れても客ではないと踏んでいた。そして案の定、それは客人ではなかった。鍛冶は訪問者の正体を一瞥すると、そのまま材を取りに作業場を離れた。訪問者は、流し場へ消える鍛冶の背中を思うこともなくみていた。鍛冶と同じく、やはり何もいわなかった。
鍛冶が、材を小脇に抱えて作業場に戻ると、その男は戸を開けたときのまま、その場にぽつりと佇んでいた。無論戸が開いているのだから、折角温まった室内の空気が外界へ逃げ、それと交換で外からツンと冷えた風が、小雪と共に舞い込んでいる。鍛冶は材を作業台に置き、
「寒いからそこ閉めろ。」
ことばはかけるが、気にはかけない。そんな態度がみて取れた。だから男は、鍛冶のいう通り、戸を閉めた。
「?」
数分後。
鍛冶は、突っ掛けた草履を煩わしそうに引き摺り、入り口に向かった。深くため息を吐く。そして、がつんと戸を開け……。
「阿呆なコかおまえは。」
若い妖狐は雪の積もった頭で、ソロソロと鍛冶をみ上げた。
「だって、閉めろって……。」
「だからっておまえが外に出たまま戸ぉ閉めてどーすんだよ!……っとにもう!!雪降ってんだからさっさと入れ。」
いい捨て、鍛冶は戸を開け放したまま小屋の内に戻った。
若い妖狐はしばしきょとんと、そんな背中を目で追っていたが。
「ホラ、頭に雪積もってるだろ。ちゃんと払ってから入れよ。」
「……ん。」
いわれて、外に向かって上体を折り、ふるふると長い銀髪を揺らしている。
「手ぇ使えよ手。……ホント、手間のかかるコだな。」
「……ん。」
金魚の水槽
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