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あそ坊  P l a y C a r d s


 忙しい男が居れば、閑そうな男も居るというはなしである。
 みての通り、鍛冶はとても忙しい。昨日も忙しければ今日も忙しいのだから、精神疲労を踏まえて明日を考えるのは止めておこうと思う。
 この土地に根を下ろしてから──
 鍛冶は度々思うのだが、殊にふもとの町の住人などは、このある程度熟年のいった鍛造職人を、まるで閑にさせておくのが勿体無いとでも思っているようだ。或いは、鍛冶屋に閑を与えると災いが起きるとでも思っているのか……。
 この土地の者──重ねていうが、殊にふもとの町の住人などは。
 鍛冶が配達の用などで山を下り、町の往来を宛てもなさそうに(実際はそれなりに宛てがあって歩くのだが、本質がみためにそぐわないことは往々にしてあるものだ)あっちへふらふら、こっちへふらふらと歩いているのをみかけると、商人風情などが必ずといっていい程目に留めて、「閑なのかい。」、「閑なのかい。」と声をかける。それを、鍛冶も商売人なものだから、例え己が多忙を極めていようとも、
「おお閑だよ。鍛冶屋の用事かい。」
 と、いちいち足を止めてしまう。
 ……要は自業自得というはなしであった。
 しかしこのご時世、仕事があることは幸せだと思わなければならない。
 さて、冒頭に示した通り、忙しい男が居れば、閑そうな男も居る。
 先に説明しておくが、「閑」なのではない。「閑そう」なのだ。……だから鍛冶には腹が立つ。
 妖狐蔵馬はいつも閑そうである。
 妖狐蔵馬の取り巻きの、例えば孝行者の甲などにきけば、巣窟に戻れば色々と役割が決まっていて、実は閑でもないらしい。しかし、鍛冶の小屋に居るときは、不思議と不思議と、閑そうなのである。これは「閑になりに来ている」とでもいえばよいのか──これを「逃げ知恵」とは、極悪非道の盗賊妖怪の前ではとてもじゃないが嗚呼いえない。
 寝たり起きたり、寝たり起きたりを繰り返し、時々食い物を持って例の棚作りの寝台に上り、食い残した果物の「へた」などを作業に勤しむ真面目な職人に向かって投げては気を引こうとする。鍛冶も迷惑で、何より己の子に限らず行儀作法には厳しい男だから、蔵馬が悪いことをする度に「悪い子なんだよ!」と怒鳴るのだが、蔵馬にとっては怒鳴られることもまた余興のひとつらしい。済まなそうに首をちぢこませ、耳を倒してぺこりを謝るのはただの一瞬、三歩歩けば忘れてしまう便利な頭脳を持つ。
 何度も続けば、流石の鍛冶も堪忍袋の緒が切れるというもの。ある時期から、鍛冶は心に決めた。
 妖狐蔵馬を、これ以上相手にしないと。
 声をかけられても無視する──この土地に根を下ろしてから、妖狐蔵馬に触れると損をするのだと、痛く学習してきた。
 故に相手にしない。
 相手にしな……。
「あそぼー。」←?
 相手にしないと決めたのダ!
「なあ。」
 鍛冶は鉄を打つ(キンキン)。
「なあー。」
 鍛冶は鉄を。
「なあってばー。」
 打つ(キンキン)。
 妖狐蔵馬は、
「あそぼーよー……。」
 眠ることにすら飽きたようだ。しかし、男にとってそれよりも深刻な問題は──
 鍛冶が真面目に仕事をこなせばこなす程、己の存在が蔑ろにされている気が蔵馬にはするのだった。無論、鍛冶の心理を土台に物事を捉えれば、そのようなことは決してない。
 そう、蔑ろにしているのではなく、これは「後回し」にしているのだ。
 何せ目の前には、放っておけばひたすらに山積みになっていくだけの仕事が、今か今かと己の出番を待っている。仕事とは、一時の感情に左右されて、それこそ蔑ろにされてよいものではない。
 鍛冶は鉄を打つ。
「なあー。」
 鍛冶は鉄を打つ。
 鍛冶は鉄を打つ。
「なあー。」
 時々煙草を吸う(あーしんど)。
「あそんでー。」
 鉄を打つ。鉄を打つ。鉄を打…………
「けちー。」←!
「うるさい子だねおまえは!!みてて分かんないのっ!オジサン今とっても忙し……!?」
「……。」
「……。」
「……。」
「……。」
 ……不本意ながら、鍛冶は後が続けられなくなった。なぜなら。
 作業場の土間から、振り返りみ上げた妖狐蔵馬は、正座を崩した形で寝台にお座りし、それはそれは切ない顔をして、じっと鍛冶をみ下ろしていた──
「……。」
 熱くみつめる。
「……。」
 寂しそうにみつめる。
「……。」
 思わせ振りにみつめる。
「……。」
 ちょっと控えめにみつめる。
「……。」
 時々尻尾を振る(パタパタ)。
「……。」
 みつめる。みつめる。嗚呼みつめる……。

「……。」
「……な。」

 結局蔵馬の「あそぼうの視線」に屈した鍛冶は、
「……何して遊びたいの?(T_T)」
「オレ、新しい札遊び(カードゲーム)考えたんだー(パタパタ)。」

「(ばいばーい。)」
 と手を振りながら、妖狐蔵馬は帰っていった。
 とても満足そうであった。……それはそうだ。己の欲望のままに、たっぷり三時間遊んで貰ったのだから、これを満足と表現しなければたっぷり三時間遊んでやった男の立場がない。
 故に鍛冶はとても忙しい。昨日も忙しければ今日も忙しいのだから、精神疲労を踏まえて明日を考えるのは止めておこうと思う──


金魚の水槽

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