Date
2 0 0 6 - 0 9 - 1 8
No.
0 0-
雪のバトる?
a S n o w b a l l f i g h t !
昨夜の吹雪が嘘のように、よく晴れ渡った朝である。
敵地を望む丘に立ち、妖狐蔵馬は腕を組む。顎に手を当てるのはいつものポーズ。正面を注視したまま、背後に向かい、「弾薬係。」と呼ぶ。味方の陣内には数十人の兵士が居た。一見して若者が多い。それらが隊長たる蔵馬の命により数人ずつが組に分かれ、今は先に待つ戦闘へ向けて、各々の役割を遂行している。呼ばれた弾薬係もそのひとつ。小隊長クラスが飛んで来る。蔵馬の斜め後ろに直立姿勢で敬礼した。蔵馬がいう。
「戦闘の準備は滞りないか?」
小隊長は敬礼の腕をそのままに、ハキハキと元気のよい声で返答する。
「は!弾薬、量、質、共に不足ありません!」
「そうか。」
と、蔵馬は答えるが、続けて「戦闘にはよい日和よ。」と発したことばは独りごとである。
小隊長は、次にいわれることばを待つ間に、
「あの……。」
「ん?」
蔵馬が応じると、小隊長は元気のよい声を遠慮がちに変えてこういった。
「将軍。」
「……。」
「……と、呼んでもよいでしょうか?」
背後にちらりと目をやる。己の兵士全員が、己に注目している。
皆の顔を巡ぐりに眺めやり、最後に直立の小隊長に視線を止める。涼しい目にみつめられ、小隊長の頬が赤くなる。
「将軍か。」
ぽつり呟き、蔵馬は正面に向き直る。敵地にうごめく敵軍に目を細め、にやりとくちびるの端を上げた。
「悪くない。」
合戦である。
但し、頭に「雪」がつく。
チーム分けは仲良く「花一匁」で決めた。途中、甲軍の将が「黄泉くんがほしい。」といったとき、蔵馬軍の将が思わず呟いたひとことが黄泉の精神に甚だしいダメージを与え、それが勝敗へ影響しないか心配される。
「『いらないからあげる。』っていっただけじゃないか。」
教育的指導である。
当初こそ拗ねて行方を晦ましていた黄泉も、今は大人しく甲軍に吸収されていた。ただ、合戦に参加する気はないらしく、陣の奥まった狭い場所で、雪面に尻をつき、膝を抱え、雪を削った壁面に向かって何やらぶつくさと呟いている。
「フ、どうせ俺はいらない男さ……。フ、どうせ俺は……。」
「そこのオジサン、壊れてる閑あったら雪玉作ってよ。」
そして、誰かが戯れに投げた一個の雪玉をきっかけに、後に数百年は語り継がれることになる魔界史に残る名勝負、「山の雪合戦」の幕は切って落とされた。
天を突き抜ける雄叫び。
乱れ飛ぶ雪玉──
「フン。名勝負の割に戦闘描写が単純ではないか。」
「将軍、誰に向かってしゃべってるんですか!?」
被弾した兵士は悶絶し、負傷者は味方の兵士に抱えられ、或いは引きずられ、元の陣内へと連れ戻される。
「大丈夫か!?」
「うう、足をやられた……!」
戦闘が進むにつれ、救護係の動きは慌しくなる。あれやこれやと陣内を巡っては、負傷した兵士の被弾した箇所へ赤い帯(リボン)を結んで歩くのである。……雪玉を当てられたくらいで怪我などしない。しかし、雪玉を当てられてもなお戦いに参加しているのでは埒が明かない。それ故、被弾した箇所へは血に似せたリボンを巻き、特定の箇所(例えば頭、首、胸など)を被弾した兵士は戦闘不能とみなした。
両軍の将がこれと決めたルールである。そしてすべては自己申告。にも関わらず、両軍の兵士は馬鹿正直にルールを守った。一重に両軍の将の普段の信望の厚さを物語る──といえなくはないが、
「ぞんびー。ぞんびー。」
例えば首をやられた兵士が普通に歩くだけで「己の軍の将」に冷ややかな目で野次られるので、自然、皆迫真の演技を以って負傷、或いは殉死してみせるのである。結局、総じて皆「良い子」。
ちなみに、どんなに卑怯な手段でやられても、雪玉を用いた戦闘である以上殴り合いは御法度。これを犯した者は即ち、
「この世で一番恥ずかしい刑に処する。」
と、蔵馬軍の将が美しい顔に意味ありげな笑みを湛えて公言した。果たしてどのような刑なのかはご想像にお任せしたい。
「うあああ!」
今、一人の兵士が胸に被弾し、天を仰いで身をよじった。蔵馬軍の、あの元気のよい弾薬係の小隊長である。激しく戦闘が続く中、味方陣地へと連れ戻された若い小隊長は、救護係の男に「最期に一目将軍に会いたい。」といった。
それを伝えきいた蔵馬が急いで側へ向かう。むしろを敷いただけの冷たい雪面に倒れている男を抱き起こした。
その光景を目の当たりにし、敵軍を含め一同は思った。
「何と卑怯な手を使う奴だ。」
今は真に死なずとも後で八つ裂きにされないことを平に願うがそれはさて置き──蔵馬は若い小隊長の顔に自らの美しい顔を近づけこういった。
「しっかりするのだ。気を確かに持て。」
「うう、俺はもう駄目です……。最後に……。」
「……ん?」
小隊長は己が身を抱く蔵馬の白くしなやかな手に、自らの冷たく凍りついた手を重ねた。強く握り、こういう。
「最後に、最後に一度だけ……、あなたと一緒に、風呂に入りたかった〜……。がくっ。」
「小隊長!小隊長ー……!」
「迫真の演技だねえ。」
「甲さん、前線がお留守になってるよ。」
弔いに、蔵馬はぼそりと呟いた。
「そのくらいのことならいつでもいってくれればいいのに。」
「え、そうなんですか!?」
「ぞんびー。」
若い小隊長の胸に赤い帯(リボン)がはためいた。
と同時刻。
「甲将軍、準備ができました!」
「……俺のことは将軍って呼ばなくていいって。」
蔵馬軍の将の手腕は確かに優れていた。しかし、軍を構成する兵士の年齢層は、甲軍に比べれば遥かに若い。若者を揃えた分、確かに機動力は甲軍を凌駕してはいたが、実戦における経験の浅さは否めない。その差は敵に相対したときに顕著に表れた。それに甲は元々大将(リーダー)の器。戦術にも長け、殊雪合戦に関しては、鞭を主要な武器とする蔵馬よりも、矢を主要な武器とする甲のほうが分があることもまた否めなかった。
「さあて、そろそろ決着をつけますかい。」
敵陣の丘に立つ白い男をにやり眺め、甲がくちびるを舐める。後方へ向かって凛と命令を下す。
「大砲用意。」
「大砲とな……?」
敵将の声を捉え、蔵馬がほほうと笑みを浮かべる。
「あの男はやはり面白い。」
「用意したぜ〜。」
と、緊張感のない声で答えたのは乙。
甲は振り返り、
「おおご苦労さん。」
といいかけたところでことばに詰まった。なぜなら──
「……でかくない?」
雪だるまの頭程ある。
乙は「そお?」と答えるが……。
「雪だるまの『胴体』みたいじゃない。」
まあ、感じかたは人それぞれか。
「クックックッ。」
敵軍の将が遠慮無縁に笑っている。
甲はきく。
「とぶの?」
「とぶよ〜。とんでとんで、まわってまわっちゃうかも♪」
「……。」
遠く敵陣から、蔵馬の声が無邪気に問う。
「なあー。それ、とぶのかー?」
「笑ってろよ。」
独りごち、
「乙。」
と呼ぶ。そして、
「最後の命令だ。」
「なあに?」
甲は正面を向き直り、次に乙を振り返ったときにはこの男が仕事のときにしかみせない背筋が凍る程の殺気を湛えた視線で相手の男を刺した。
「届かせろ。」
「いや〜ん、甲チャン目がこわ〜い。(泣)」
※ ※ ※
──その瞬間、蔵馬は、
「あ。」
といった。
黄泉は、
「どうせ俺は……。」
と呟いた。
結論からいうと、乙という男は全く優秀だった。これは、仲間にさえ真の能力を明かし切らない未知数の──そう、魔術師のような男だった。
だから、甲軍の将が「投雪」の命を下し、それを受けて乙が何やら呪文のような文句を唱えた刹那に、風が轟音を立て、まるで命ある物のように森の木々を縫って舞い現れたときには、誰もが驚いて立ち尽くした。蔵馬でさえ、「ふうむ。」といった切り、興味深げに顎に手を当てるばかりであった。
果たして雪だるまの頭は空を飛んだ。風の浮力を借りるにしても、これは凄まじい力である。
ただ、この未知数の男にも揺るぎなき欠点はあった。
集中力が続かないのだ。
「あ。やばいかもっ♪」
といったときには既に風は姿を隠した後。大砲こと雪だるまの頭はスローモーションのように青空に美しい放物線を描き、蔵馬軍の将が、
「あ。」
っという間に蔵馬軍の陣を飛び越し、甲軍の将が、
「ら。」
っという間に近隣の家屋の屋根を突き破って落下した。
近隣の家屋である。
山の中にある、近隣の家屋である──
静寂は一時間とも二時間とも思われた。
しかし、実際は五分か十分程度だったかもしれない。(そうしても短いとはいえない時間だが。)
やがて、近隣の家屋の入り口の扉が、壊れかけた魔女の館のような奇妙な音を立てて開き、中から怒りに顔を真っ赤にした中年男が姿を現した。
「お。」
と、男は震えた。
「俺んチの周りで……。」
「(びくっ。)」
「俺んチの周りで……ゆきがっせんすなーっ!!!」
昨夜の吹雪が嘘のように、よく晴れ渡った朝であった。
「ゴメンナサーイ。」←渋々
「何で渋々なのっ!?怒られてんだよっ!!(怒)」
「(しぶしぶ〜。)」
金魚の水槽
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