Date
2 0 0 1 - 0 8 - 1 8
No.
0 0-
a commonplace
ま、フツーのはなし
三時限目が終わった休み時間、珍しい奴が話しかけてきた。
「どうした。」
「ちょっと小用で。」
自らの意思とは無関係に学校中の注目を集めてしまうような奴に、かけられる声は悪い気はしないが、それが滅多なことでは自ら他人に関わろうとしない奴ならば、理由もなく構える心理が働いてしまう。
「で、何?」
「次の古文の解釈、みせてもらおうと思って。」
「何だよ南野、やってきてないのか?」
「まさか。一応手はつけてきたけど、あなたのほうがおもしろそうだから読みにきた。」
「……読みにきたって、断言するということは、俺が断るとは思ってませんね。」
「もちろん。」
悪びれもせずにけろっといってのけるが、どことなく憎めない。他の奴にいわれれば気に障るようなことも、すんなりかわしてしまえる空気を持っているらしい。
「勝てませんね、『南野くん』には。」
「どうも。」
ノートを手渡すと、早速ぱらぱらと繰り出している。
「でもさ。」
目的の頁をみつけて文字を目で追っているのを、俺は意地悪く突つく。
「古文だったらおまえのほうが得意なんじゃないのか?」
「何で……?」
意図していることは分かっているのだろうが、気のなさそうな返事で取り繕う。いや、本当は次に俺が口にすることばを楽しみにしている、そんな含みが感じられるのは気のせいだろうか。もちろんここでは誰にきかれるとも知れないので明示などできるはずがないのだから、きき返されて余計な気を遣うのは俺になる。まるで、おかしなことはきくなよと念を押される展開にされたように。
「『昔のことば』に接する機会も多かっただろうし、その辺の知識は俺よりも長けているだろう。」
現役の頃は歴史書や古文書の類を読みあさっていたらしいことはきいていた。結局それを適当にほのめかす形になってしまったのだが、意地の悪さは奴のほうが上だった。
「オレ、盗賊だったから。」
ノートを目を落としたまま声をひそめようともせずにさらりというのだから、こっちの心臓が止まりそうになる。
「おい。」
「学者さんじゃなかったし……。それに古文書に文学は求められないでしょう。」
あまりに淡々とした口上に俺が目を丸くしているのを、さも今気づいたかのように悪戯っぽく微笑んでみせる。参ったかといわんばかりに。
「……なんだかね。」
「なんでしょう。」
最近は周囲の気配が気にならないようだ。何かにふっきれたように頓着しない。それは厭な傾向ではないが、事情を知っている人間にすれば冷や冷やさせられることもあり気が気ではない。
「しかし、マユツバものだよな。」
「ん?」
「『古事記』。」
「どうして?海藤が好きそうなはなしじゃないか。神話としてはよくできている。」
「まあ、ロマンチシズムは溢れているな。」
「いいんじゃない、文学性に富んでいて。」
「その分歴史書としての伝承の如何わしさは拭えない。」
「へえ、辛辣ですね。」
「……と。」
「?」
「思っていたんだけどさ。……天地創造とか、神話とか、聖書紛いのはなしだと思っていたけど。おまえとか他のいろんなヒトたちと関わったりしてみると、案外本当にあったことなのかな、なんて思えてくる。」
「……。」
ここ一年あまり、短い半生ながら地道に築いてきた価値観を呆気なく逆転させられてしまうような出来事が数多くあり過ぎたからだろう。
「なあ、本当にあったことだと思うか?」
「『天照大神と須佐之男命』?」
「そう。」
奴は少し考えてから、真顔でいった。
「知らない。会ったことないから。」
「……ああ、そうですか。」
隣の席の女のコたちがきき耳を立てているらしい。くすくすと笑う声がきこえる……。
「ありがとう。なかなかおもしろかったよ。」
既に奴の手の中で用済みになっていたノートが返却された。
「感想はそれだけですか?」
「あと……?字が汚いですね。」
おお、辛辣。
「それはどうも。ところで南野氏、八俣の大蛇って本当にいるのか?」
「さあ。オレの知り合いにはいないけど。」
「やだあ、南野くんったら。」
はなしをきいていた女のコたちが笑っている。
「南野くんって、冗談とかいうんだ。」
「なんか意外。」
「……おまえ笑われてるぞ。」
「おかしいな、本当のことしかいってないのに。」
怪訝そうに、でも満更でもなさそうに笑う。
何があったのかは分からないが、奴がごく自然でいられる様子に、この世界が少なくとも平和にはなっているのだろうと感じるのは、やはり何となく事情を知っている俺だけなのだろう。
「……何?」
「いや、何でもない。」
「何だよ、気持ち悪いな。」
「南野。」
「ん?」
「友達になろう。」
「……あれ、今まで友達じゃなかったんですか?」
「あれ?」
「うっわー。海藤くん、辛辣ぅ……。」
そして四時限目を知らせるチャイムが鳴った。
金魚の水槽
海藤くん程の文才はないながら、ヒトに差し上げたストーリーの中ではダントツ気に入っている品です。
最後のやり取りが、如何にも同年代らしくていいですね。
※日付は、テキストファイルでの最終更新日です。
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