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No.
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最愛の日々
D e a r m y D a y s
『窓から侵入』なんて誰かさんのような真似をして、ずぶ濡れのオレは待ち構えていた彼にふわりと包まれている。頭からすっぽりと毛布を被せられ、オレは土足のままなのに、パジャマ姿の彼は何もいわずにオレを抱きしめる。彼の右手が背後の窓を閉める音。途端に遠くなる雨の音。反対に、ずっと近くなる彼の呼吸……。
「御免。」と呟くと、彼は優しくオレの背中を叩いた。
彼は優しい────。
オレは、きつく目を閉じる。
優しさ。いつもは肌に暖かく感じられるそれを、この身体は嫌悪に捉える。だから、獣のような鋭い目に、彼を映すのが怖い。
気配を殺すのは容易だが、妖気となるとなかなか難しいものらしい。
逆に、彼は霊感が強いから、オレの接近を察知するのが容易になる。
本当は、彼と顔を合わせる気はなかった。少しだけ匂いを感じて、後はどこかの雑木林でこの身体が落ち着くのを待つ。そのつもりだった。なのに……。
「……どうした?」
不意に、彼が問う。と同時に彼の手が肩に触れた。オレは熱いものでも押しつけられたかのように、反射的に彼の胸を押し返した。その極端な反応に、彼が怪訝な顔をする。……珍しいことではない。いつもオレがおかしなことを口にする度に、彼がよくみせる表情。だが、オレは急に不安になる。瞳の奥がじんと熱くなり、足が、自然と後退る。これで彼にため息でも吐かれたら、気が狂っていたに違いない。幸い、彼は彼らしい素っ気なさでオレの身体を解放し、困った顔もせずに頭を掻いた。
「ったくもう、何外でウロウロしてんだよ。さっさと入ればいいだろう?雨降ってんだし、こん夜中に行く場所なんてあんのか?」
一見乱暴なことば。だがこれも彼の優しさ。よく分かっている筈なのに、オレは彼の心を酌むこともせずに、表情もなく呟く。
「……行く場所があったら迎え入れない?」
「……。」
今度は、彼もため息を吐くしかなかったようだ。
「あのさあ……。」
彼の声が不機嫌になる。自分がそうさせているのに、思わずびくっと肩を竦める。
「オレってそんなに狭い男にみえる?」
オレは俯き、毛布と濡れた銀髪に隠れるようにして、首を横に振る。すると、彼は再びため息を吐く。だが今度のそれには暖かな温もりと諦めが全面に現れて、
「だったらゆーな。ほら、そんなとこに突っ立ってないで。」
そんなことばと共に、彼の手が差し伸べられる。
視覚が確認した行為に、心の中で激しい拒否感が動き、オレはまた一歩退く。もう退く場所がないことに気づくと、手の力が抜け、身体を覆っていた毛布が床に落ちる。瞳に映る、彼の姿がぼやけ、首を横に振りながら……。
三度目のため息をきく。彼に躊躇いはなく、差し伸べた腕でオレの頭を抱いた。空いている反対の手が、さっとカーテンを引く。彼は、やはり素っ気なくいった。
「帰りたいなら帰っていいけど、もう少し休んでからにしろ。」
「……。」
いつもなら迷いもなく承諾する好意。だが、今のオレには少し考える時間が必要で、
「……ん。」
やや間を置いて頷いたオレを確認して、彼はそっとオレの頬に触れた。
そして闇の中、抱き寄せる腕に力が込められていく。ゆっくりと、とても慎重に。野生の獣にこれ以上の不安と困惑を与えないように。
だがオレは、それすらも拒絶した。
彼の接近を避けたくて、咄嗟に顔を背ける。
「……御免なさい。」
「蔵馬……。」
彼の手が、オレの頭をぽんと撫でた。
「今、何か暖かいモン持ってきちゃるからな。」
彼がいなくなった途端に、心が落ち着き始める。
部屋の中を改めてみ渡す。
夜気に大分薄められたが、彼の匂いが残る空気。
「御免ね……。」
そう呟く部屋に、彼はいない。
また、迷惑をかけてしまうね。……思いながら、オレは断りもなく彼のベッドに潜り込んだ。ついさっきまで彼が眠っていたベッド、彼の温もりを探して、身体を落ち着かせる。
ヒトはひとりでは生きていけない。
誰かの助けがなければ生きていけないという意味らしい。
でもそれには限度があって、生きるという行為自体に、他人に対する多大な迷惑を道連れにしなければならないオレは、どういう立場になるのだろう?
すべての事情を知る彼は、オレの避難所になることを承諾してくれた。
そうしなければこの世界で生きていけないオレに、「おめえも大変だなあ。」なんて軽く笑って、同情してくれた。まだ制御の効かないオレの身体は、そんな彼の前で何度も自己主張を繰り返す。眠っている間に突然現れて、身に憶えのない言動を残して消えるらしい。もちろん「それ」は自分なのだから、記憶に残ることのほうがずっと多い。ただ、その他にほんの少しでも「自分の理解の及ばない空白の時間」が在ることを知っているから、怖い。
奇妙なことに、「それ」、つまり昔のオレは、優しくされることが苦手だった。優しくされればされる程、疑心暗鬼が深くなる。だから……。
何が怖い?────それは、知らない内に彼を殺してしまうのではないか。
「それ」にとって、彼はまだ信じてはいけないヒトだから。
オレ、また変なこといったりした?……彼は笑って答えてくれる。「ああ。でもおめえのすることなんて、たかが知れてるでしょ。」。彼があんまり寛大なものだから、あるときオレは冗談のようにこんなことをいってみた。「桑原くん猫が好きだから、三角の耳にも抵抗がないんだよ。」。だから一緒に居るんでしょう?だが、そのことばに彼は笑わなかった。そして、小さくため息を吐いた。それが何を意味しているのかが分からなくて、オレは初めて彼が怖くなった。
身体を丸めて、布団の中に隠れる。
ドアが開き、彼がホットミルクの入ったカップを手に、戻ってくる。
「おおい、寝たのかー?」
ベッドの中に丸まって動かないオレにことばを投げ、テーブルにカップを置く音がきこえる。
彼はベッドの端に腰を下ろし、布団の上からオレの頭をぽんぽんと叩いた。
「こーら。出ておいで。」
どんな顔をして?
彼の側にいると、自分がどうにも子供じみた生き物に思えてくる。優しくおいでといわれると、逆にどんどん布団の中に潜り込んでしまいたくなる。
「はあ。」
彼のため息。
発作的に身を竦める。
彼の手は、少し荒っぽく布団をはぐった。そして、
「……厭だよ。」
「いいから。」
「あ。」
この身体で彼とくちづけを交わすのは初めてだ。
胸が締めつけられるように痛い。
だが不思議と、優しくくちびるに噛みつかれている内に、次第に心が安らいでいくのを感じる……。
「キスしても戻るんだな。」
くちびるを離して一番に、彼はいった。オレは、
「……カエルの王子様みたいだった?」
何て自虐的ないいかただろう。
彼はこういう表現がキライだから、怒らせるため?
……いや、違うな。本当は分かっているんだ、すごく、矛盾してる心。
「莫迦。泣きながら戻られるよりはいいってゆーはなしだよ。」
「桑原くん……。」
そうやって笑ってくれるけど、本当はオレの我侭にはもううんざりなんでしょう?
「ホットミルク持ってきたから、冷めない内に飲め。んな?」
「あなたに迷惑をかけるのはもう……。」
「オレのこと信じろ。」
「……。」
「何もいわなくていいし、何も考えなくていいから。もっとオレのことみてくれよ。」
「……。」
「信じろよ、なあ。頼むから……。頼むから……。」
彼は、み守り続けることに疲れた男の顔をする。優しいことばは変わらないけれど、時々とても辛そうだね。
「ホットミルク、飲みな。も、いいから。」
「……ん。」
大好きだよ、優しいヒト。
オレの求めているモノを無条件に与えてくれる、最後のヒト。
だからこそ、これで最後にしようと思うのは、オレの身勝手?
「桑原くん。」
「ん……?」
────いいっていって。
「……え?何?」
最後に泣くのはオレだけでいいよね。
だから今、キミのことコロしてもいいっていって────
金魚の水槽
ダークサイド、一番「弱い」ときの蔵馬くんです。桑原くん、優しいな。でも、とても重そうです…。
※日付は、弊サイトでの初回掲載日です。(一部改作しております。)
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