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i n s c r i p t i o n
こんな夢をみた────。
暖かい洋間。
一体どこなのだろう?暖炉があって、薪が燃えている。
毛足の長い絨毯。
皮の張られた大きなソファ。
ここに居るのは、オレひとり……?
いや。広い空間では、沢山のヒトが、談笑している。みんな、オレの知っているヒトだ。ただひとつ、多分、この表現は当たっている……。
ここには、オレの知っている『人間』だけが、居るのだ。
だから、桑原くんは居るけど、幽助や飛影の姿がない。かあさんと、とうさんと、秀一と、あと学校の知り合いも何人か居る。親戚のヒト、あまりよく知らないけど、多分昔お世話になったヒトだ。ほら、かあさんが入院したときに、来てくれたヒトも……。
不意に、みていたそのヒトが席を立つ。
きっとこれはパーティだ。だからもう帰るのだろう……。
ひとり、またひとり。ドアの向こうに消えていく。オレに軽く会釈をしたり、手を振ったりしながら。
そして、秀一がオレの側まで来て、
『もう行かなきゃ。』
「え?」
何処へ?秀一は持っていたコーヒーカップをソーサーごとオレに渡して、小走りに駆けていく。そこには、かあさんととうさんが寄り添う。
三人は、手を振る。笑顔で……。
何処へ行くの?
それだけじゃない、みんな何処へ行ってしまったのだろう?
とうさんの手でドアが開けられる。オレはその向こうに在るモノを確認しようと目を凝らす。だが、
「え、何も……。」
暗闇。どす黒い、闇の世界が待っている。電気が消された廊下なんかではない、本当の無の世界。
「駄目だよ、行くな。そっちは……。」
すると不意に、
『蔵馬。』
桑原くん。
彼の手が肩にかけられている。それから、彼もひらひらと手を振りながら歩き出す。そのドアへ向かって……。
ねえ、厭だよ。キミも行ってしまうなんて。
キミがいなくなったら、オレはここにひとり。たったひとりで、この広い世界に残る?
だが無情にも、ドアは閉められた。最後に閉まるときのドアの音は、重苦しく、自然と錠が下りる仕掛けがあるかのように強固で、断固とした音。オレは気づく。……恐らくこのドアは、二度と開かない。
残されたオレは、泣いている。
部屋は明るく、暖炉には火が燃えている。暖かいここは何も変わらないのに、ヒトビトが居なくなるだけで、こんなに寂しい……。
……涙の冷たさで起きるなんて、子供の頃以来じゃないかな。
軽く息を吐いて、手で涙を拭ってみる。カーテンの向こう、まだ光が透けてみえない。今、何時なのだろう?時計を確認しようとして、不図、ヒトの気配に気づく。……なんて、当たり前か。ここは彼の部屋なんだから。
今日は彼の部屋に泊めて貰ったのだ。ベッドまで譲らせて、悪いなと思ったけど、お陰で寝つきよく眠ることができた。彼は布団の上で、ちょっと斜めった感じで、いびきをかいている。寝相、悪いな……。でもその光景が、妙に安心を誘う。
ただ……。
「桑原くん……。」
一度心に住まった寂しさは、そんなに簡単に立ち去ろうとしない。
オレは彼に向かって手を伸ばす。息、してるよね。なんて莫迦なことを考えて、その口元に手をかざしてみる。
「すこー……。」
いびきするくらいだから、息をしているのは当然。分かっているのに。手にかかる呼吸の暖かさ。
生きている証。
「生きている……、か。」
オレは身体を寝返らせ、暗い天井をみ上げる。
多分、あの夢は暗示だ。
暗示するモノは、未来。オレの周囲の人間は寿命と同じく死に、妖体のオレはただひとり、不自然に生き長らえる……。
数年前までよく考えていたことだ。人間の中で生きている自分は、いつか完全な妖体を得ることになるだろう。そうなったとき、自分は人間たちとは道を分かつ。例え、愛するヒトが現れて、共に人生を歩む生きかたを選択しても、最後に待つ未来は同じ。自分と世界は緩やかな流れに任せて進むが、その流れに沿う激流がヒトビトを攫う。それをどうすることもできずにみているだけ現実を思う度に、泣いていたことがあった。小学生くらいのときだろう……、漠然と、『愛情』を感じ、それを嫌悪と思わない感情が生まれた頃だ。
しかし、あるときを境に、それを考える頻度が減った。飛影────。結局一時の出会いでは終わらずに交流が続いた。彼に関しては、未だにこの関係をどういうことばで表すのか分からずにいる。不思議なヒトだ。もし彼が人間だったら、オレの症状はもっと深刻になって、孤独に苛まれる日々が現在まで続いていたことだろう。強くて若い妖怪の彼は、世界が引っくり返りでもしない限り、オレよりも長生きしそうな、初めてのヒトだった。……そういえば、彼にはこのはなしを漏らしたことがあったかな。ただ、そのときは「おかしなことを考えるんだな。」という彼の冷めたひとことによって、あっさりと結論をつけられてしまったが。
随分と忘れていた。日々の忙しさが忘れさせていただけなのかもしれない。ここ数年に色々な出来事があったから。幽助と会ってからは、命をかけた闘いの日々。妖狐の頃なら、邪魔なコマは指で軽く弾き飛ばして開いていける道、そんな程度の事柄を、仲間のコマと連携を組んで、対策を練って、ひとつひとつ確実に突破していく。じれったいけど、沢山笑ったし、同じくらいあった辛いことを乗り越えたし、多分、昔に経験したどの時代よりも充実した時間だったと思う。
忘れていた筈の未来予想。
そろそろ思い返すときなのではないかと、心理の深みで眠っていた孤独思想家がいっている。
そのときが『今』だということ。……そこにある根拠を、オレは知っている。
「すこー……。」
「……。」
安定した生活に戻ったから。……そんな軽いはなしなら、答えをひねり出すのも容易なのだろうな。
気持ちよさそうに熟睡しているところを悪いけど、
「桑原くん……。」
オレは、彼の肩に手をかけた。
「ねえ桑原くん、桑原くん。」
揺り動かしてみる。しばらく続けていると、
「……ん……へ、何……??」
起きた。のはいいけど、
「……んだよもお、今何時?」
どうしよう。ちょっとヤバイ感じに機嫌が悪い……。
それもその筈。今ようやく確認に至った時刻は、
「よ。四時。」
「ああもう、便所くらいひとりで行け……。」
「御免……。」
彼は再び夢の中へ、呼び戻す手段はなさそうだ。
それでも、オレは彼から視線を逸らせない。身体を伏せて、軽く頬杖をしたまま、彼の寝顔をじっとみ下ろして。やはり気になるので、手を伸ばしてしまう。温もりを感じていないと、何だか不安になる。
すると、
「?」
布団の隙間から、彼の手が?
オレの手首を掴んで……。
「わっ!!」
ぐいっと引っ張られて、オレは掛け布団ごとベッドから落された……。
目を開くと、真正面に彼の顔が。眠たそうな目を細くして、
「こっち、入れよ……。」
手で布団の端を軽く持ち上げてくれるけど、声は相変わらず不機嫌一色。これでは遠慮してベッドに戻ることは躊躇われる。
「早くしろ、寒いんだから。」
……まあ、理由云々は抜きにして、折角のご招待ですから。
オレが身体を移動すると、彼は少し後ろに下がってオレの寝るだけの空間を作ってくれる。でも、態度はあくまで面倒臭そうに、ため息まで吐いてみせて、
「……ったく、何手えひらひらさせてんだよ。気になって寝れねえっつーの。」
「御免。」
布団の上に、温もりが残っている。確かめるように身体を沈めると、彼の腕が頭の上のところにどっしり置かれて、
「ほれ。」
「……。」
彼はしゃべり出しにもう一度ため息を吐いた。
「どうせまた変な夢でもみたんだろ?」
オレは頷く代わりに、
「暖かいな……。」
腕枕から頭をずらして、脇の下に潜り込むように沈む。彼の手が、息ができるように首のところまで布団をめくってくれる。感じられる気配が優しいせいで、いつになく感傷的な気持ちになるから、
「ずっとこうしていられたらいいのにね……。」
オレが呟くと、
「は?何いってんの?」
あっさりと冷たく放たれることば。でも、今更寂しくはないんだ。
「……そうだね。何いってるんだろう?……莫迦なこと、いってるよね。」
「……あ。」
「キミとオレは違う世界の住人だから、ずっとなんて無理だ。キミは人間で、人間としての幸せがあって……。」
「おいおい、ちょっと待て。」
「オレは人間じゃないから、オレの意思だけでここにいてはいけない存在だから、本当はキミと知り合ってこうしていること自体が間違って……。」
「ストップ!」
「……。」
「なあ、それ以上いったらマジで怒るぞ。」
「でも本当のことだよ。」
「蔵馬……。」
「ずっと同じ世界では、生きていけない……。」
「だから今一緒にいるんだろ?」
「……。」
彼は、いいきかせるように強く、同じことばを使った。
「だから、今、一緒にいるんだろ?」
「……。」
顔を上げられない。彼は指先で、オレの頬にかかる髪を除けながら、
「なあ。自分でいっちまうのも何だけど、オレ、結構頑張ってるほうだと思うぞ。時間が空いたらなるべく会えるようにとか、おめえが会いたけりゃ少しでも時間作るようにとか。してるだろ?」
「うん……。」
「おまえさ、オレが何も考えてないと思ってるだろ?……ちゃんと分かってんだぜ?ただ、そういうのっていっても意味ねえと思うから……。」
最後のほうは、すごく困ったような声になっていた。そして、彼は頭をぽりぽり描きながら、
「……こうゆーいいかたするの、すげえ厭だけど。『今楽しけりゃいい』んじゃねえの?」
「……。」
「今は、それでいいんじゃねえの?」
彼は、「オレ頭ワリいから、説得力ねえよな。」といって唸っていたが、オレは彼のことばによって心の重みが消えていく気がした。彼が、今のオレをすべて認めてくれたような気がして、ここに確かに存在する大きな安らぎに触れながら、……オレはきっと、彼がスキだ。
「御免ね。」
思わず口をつくことばに、
「謝るなよお……。」
「ううん、違うんだ。」
「?」
「オレ、キミのこと、スキになったのかもしれない。」
オレの莫迦げた告白をきいて、彼はけろっと笑ってこういった。
「知ってる。」
「あ……。」
「よし!もういいから、寝るべ!」
「……。」
「な。」
彼は優しく肩を抱き直してくれた。ここで一緒に寝てもいいという合図のように。いいのかなこういう関係でも?遠慮がちに思いながら、でも折角のご招待ですから。
────『今が楽しければいい』、イコール『今を大切にしなければならない』。そして、今の自分を……。もう少し愛せるようになったら、何かが変わる。彼が側にいるなら、自信を持って、今を生きよう。
「暖かいな……。」
「ん……?」
「ずっとこうしていられたらいいのにね……。」
「……。」
「……。」
「そうだな……。」
金魚の水槽
多分桑原くんは、一生蔵馬くんの支えになるヒトなのだろうな、と思います。最後の台詞に、彼の覚悟がみえるのは…。
※日付は、テキストファイルでの最終更新日です。(一部改作しております。)
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