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イントロダクション  I n t r o d u c t i o n o f ' N o n s e n s e '


 午後四時。図書館の片隅。
 どこか遠くで鐘の音が鳴っている。
 その音に操られるように時計をみて、一日おつき合い頂いたロシア文学はもう終盤。
 ……もう、来ることはないのだろう。
 心の中でそう唱えて、軽くため息を吐く。安堵のような、寂しさのような、不思議な心持を感じながら……。

「やあ、待たせたかい?」

 はっとして顔を上げると、いつの間にいたのだろう、正面の席に男が座っている。優しげな微笑をオレに向け、
「相変わらず、本が好きなの?」
 まるで恋人でも扱うような、甘い声色。
「暇を潰すには丁度いい。」
 素っ気なくいい、頁に視線を移して読み続ける振りをする。それをみて、奴は何もかも知っている目をして笑う。
「でも、待っていてくれたんだろう?」
「……。」
 きこえない。
「きみ、『南野秀一』くんっていうんだ。」
 何事かと驚いて再び顔を上げると、奴の手に机に置きっ放しになっていたオレのノートがあった。
「キレイな字だね。」
「触るなよ。」
「怒るなよ。きみが素直に名前を教えてくれるコだったらこんなことしないんだから。」
 左手を差し出して、目で遣せと告げる。奴は思いの外素直に手にしていたノートを返したが……。
 オレはあることに気づいた。
「こんなところで現を抜かしていてもいいのか?」
 思わせぶりに問う。
「ん?」
 それは、ノートを手渡すときにみえた。奴の左手薬指に光る、
「ああこれは、ファッションだよ。」
 奴はどうってことないフェイクを気取って笑う。
「ファッションで左手の薬指に指輪をはめると、婚期が遅れるそうだよ。ドクター・ア・デイドリーム?」
「そうか。じゃあ、これはこうしよう。」
 そういって、何を思ったか奴は、
「あ……。」
 オレの左手を取ると、その薬指に外した自分の指輪をはめた。
「……。」
 有無をいわせぬ行動と、
「こうすればきみを予約しておける。」
 軽薄なナンパ師の微笑。

 ……
「出よう。ここでは迷惑になる。」


金魚の水槽

「与太」の冒頭(イントロダクション)は、既に正体の知れた相手(白昼夢サン)との再会シーンからでした。
このヒトは、本当に「裏」側のヒトだなあ。表に出したことを後悔する程だ…。
※日付は、更新後記より。(常駐用に改作しております。)

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