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幸福への手紙
S y m b o l o f H a p p i n e s s
お元気ですか。お変わりありませんか。
こんな手紙を書いても読んで貰えるとは思ってないけど、この嘘を死ぬまで吐き通す覚悟は変わらないけど──それでもペンを執るのは、オレ自身があなたたちの存在を忘れていない証を残したいと思ったから。
オレにとって、あなたたちは幸福の象徴なのですよ。
側に居る程みえなくて、離れる程に愛しくて──何だか謎かけ問答みたいですが、それが家族なのだと、最近強く思うようになりました。
今日、オレの戦いは終わりました。
この結果に、本当は謝らなければならないのでしょう。
でも、そうするのはすべての結末をみ届けてからでも遅くないと思います。
それに、きっとそうはならないから──ただの予感ですが、誰が勝っても悪い方向へは転ばない、そんな気がするのです。
もしかしたら、あなたたちの世界に影響を及ぼす者が頂点に立つかもしれない。でも、悪い方向へは転ばない。なぜなら、それを覆せるだけのパワーを持ったヒトが、ここには居るから。
あなたたちは、神様は居ないと思いますか?
オレは、神なんてものはただのおとぎばなしの登場人物、実際には存在し得ないものだと、ずっと思っていました。そして、その考えは間違いではありませんでした。
そう、確かにオレの世界に、神様は居なかったのです。
彼はもっと遠い世界に現れました。一人の若者の姿を借りて。
彼は、あなたたちの世界に居たのですよ。誇らしいはなしだと思いませんか?
彼は今東奔西走しています。慣れないことばかりで愚痴は尽きないながら、それはそれで楽しそうでもあります。
世界を正しい方向へ導くために汗を流して走り回っていることに、彼自身は気づいてないかもしれません。でも、それでいいのだと思います。
神様とは、神話よりももっと泥臭い存在なのでしょう──彼をみていると、そう思えるから。
戦いが終わり、オレは考えました。
何を、って?──それは、どこへ帰るべきか。
オレの存在が、あなたたちの世界で受け入れられる日は来るでしょう。
でも、それは今ではない。数年後でも、数十年後でも、きっとない──
知らなかった秘密を一方的に明かされるのは、意外と抵抗があるものです。
こちらの世界では、あなたたちの世界が認知され始めて数百年が経ちますが、それでもまだ、人間界はオバケの住処だと信じているヒトが大勢いるのですよ。
笑いばなしのようですが、世界を変えるには気が遠くなる程の長い年月が必要なのだと、ここに来て痛感しています。
少し──
少し前までは、オレはここに残ろうと思っていました。そうするべきだと、思っていました。
今回の一件で、あなたたちには何も知らせないまま酷い仕打ちをしてしまいました。償っても償いきれない罪です。
ただ、それにはオレなりの理由がありました。
この世界で、オレは懐かしい人物に再会しました。
彼はオレにとって志を同じにした仲間であり、大切な友人であり、もしかしたら人生のパートナーになっていたかもしれない──少なくともオレはそう願っていた人物でした。
でも、オレはそんな彼に対しても罪を犯しました。
オレは、オレがあなたたちにしようとしたことよりも、もっと残酷な方法を選び、彼を裏切ったのです。最も近しかった仲間に「心のつながりがある」とまでいわしめた男を、その人生を、オレはこの手で壊したのです。
当然彼はオレを憎んでいる、そして復讐を果たすためにオレをここへ招いたのだろう、と。初めはそう思い、心にそれなりの覚悟は決めていました。
しかし──対面した彼は、オレを責めませんでした。
「恨んではいない」といいました。
「手を貸してほしいだけだ」といいました。
疑い深いオレは、彼のことばに偽りを探そうと必死に彼をみつめましたが、悲しいことに、彼の表情には疑いを挟み込む余地はありませんでした。
だから、オレは決めました。彼の右腕となり、生きていこう、と。
そのためなら、残りの人生すべてを犠牲にしてもいい──どんな形であれ、彼と共に生きていくことがオレの願いであったことに、オレは気づいていたのかもしれません。
それがオレの身勝手な理由。
オレは、あなたたちを裏切り、慈悲を与えないことで、自分の帰る場所をなくそうとしたのです。
この先何があっても、あなたたちやあなたたちの世界を頼ることは叶わないのだと、自分にいいきかせようとしたのです。
意味のない愚行と知りながら──
そう、結局ただの愚行に終わりました。
どう足掻いても、オレのあなたたちへの思いは募るばかり。それを当の彼にもみ透かされていたのですから笑い種です。
彼は何もいいませんが、オレの選択を丸ごと受け止め、理解してくれているようです。
それに、彼にもまた、彼の人生ができたみたいだから。
守るべきものができた彼は、とても幸せそうです。オレなんかと居るときよりも幸せそうな顔をするから、時々足を踏んづけてやりたくなりますよ。
そうやって、ヒトは変わっていくのですね。彼の背中は、父さん、あなたに少し似ている気がするのですよ。
人間界を捨てようと思い悩むきっかけを作った同じ男が、人間界へ帰ることを決断させた──巡り合いとは不思議なものです。
オレの決断を知り、あるヒトはオレを莫迦だといいました。
例え戻っても、いずれは去る日が訪れる。そうなれば、おまえは必ず後悔する、と。
オレはただ笑いました。オレに対するとき、彼に悪意がないことを知っていたから。
多分、彼の主張は正しいのでしょう。でも、認めるのは半分だけです。
オレは優柔不断だから、どちらを選んでも、後悔しないということはないのです。
あなたたちの元へ帰ったとして、幸せな日々が永遠に続くなんて思ってない。だからこそ、それまではあなたたちの側に居たいと思う──
我侭だと思いますか?
でも、これが一番素直な気持ち。母さん、あなたなら笑って許してくれますよね?あなたの知っているオレも、いつもそんな感じだったから。オレの我侭にはもう慣れてしまったでしょう?なんて、息子の勝手な思い込みでしょうか。
この一幕を無事に演じ切り、オレの役目もここまでです。
本当なら今すぐにでも帰りたいところですが、そうもいかないこの身が少しもどかしい──
ああ、早く会いたい。目を閉じれば、心は今にもあなたたちの元へと飛んでいきそうです。
いつか、会えます。
オレが、そうなることを願っているから。
思えば昔のオレは、どこか思い詰めたような暗い顔をしていたことが多かったけど、今度は晴れやかな顔で帰れそうな気がするのです。
そして、それをあなたたちは喜んで迎えてくれる──その姿が、オレにはみえるのです。
長くなってしまいました。いつもながら理屈っぽくて御免なさい。
これ以上書くとぼろが出そうです。あまり感傷的なのは柄じゃないから、そろそろペンを置くことにします。
──追伸
最後に、ひとつだけ約束させてください。
いつか離れる日が来ても、オレは永遠にあなたたちを思い続けると。
だから、どうか忘れないでほしい。
その記憶からオレの存在が失われても、あなたたちを思い続ける誰かが、きっと存在することを。
金魚の水槽
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