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愛人気質  l o v e r t e m p e r


「また何もいわずに出て行くんですね。」
 窓枠にかけられた、彼の足が止まる。
 オレはベッドに腰かけていて、寝乱れたパジャマ姿のまま、朝もやの世界へ去り行く男の背中をみつめている。
 静かに瞳だけを振り返らせる彼は、
「起こして悪かったな。」
「そんな謝罪は要らない。」
 窓枠に手をかけ、彼の主張は相変わらずだ。
「ここで今、おまえにいうことばはない。」
「そうかな?」
 そのことばに、彼が黙る。
 非難したい訳ではない。オレは少し笑顔を作り、極力穏やかに、彼を説き伏せる。
「ことばひとつで、お互い気持ちよく別れられる、というはなしですよ。」
 五文字のことば──とオレはいった。
「雨の降りしきる真夜中に、突然訪れた男を理由もきかずに迎え入れて、一杯の暖かいコーヒーと一夜の宿を提供した心優しい人間界の住人に、別れる間際にかけることばもないなんて、不義理だと思いませんか?」
 ヒント。『あ』から始まる五文字のことば。
 オレはテレパシーを送っているのに……。
 彼はいう。
 薄情な流し目にオレを映して、それは確かに、五文字のことば。
「またくるぜ。」



 そしてまた、オレは独り、部屋の窓を閉める。
 非難したい訳ではない。
 悪いのは、許してしまうオレだから。
 最低な男のために、閉めた窓にいつも鍵をかけない──


金魚の水槽

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