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真夏の攻防
t r i c k ... !
(暑いな……。)
ベッドにうつ伏せるオレは、夏の倦怠感に任せてあまりいい格好とはいえない。
まったくもって怠惰そのもの。こんな姿をみられても平気なんだから、慣れって怖い。
午後の日差しは容赦なく部屋に注がれているらしい。……まぶし過ぎて、もう枕から顔を上げる気がしない。
だらしなく汗ばむ身体を投げ出している側で、氷とグラスが音を立てている。
少しだけ涼しい空気。
(涼しい……?)
もっと悪い、寒いくらいの空気。そこに在る、夏とも、熱情とも、無縁の空気。
「醜態だな。」
彼の空気は、なぜこうも肌に冷たいのだろう。ここにいるときはまるっきりただの空気みたいにしているくせに、存在感だけはあり過ぎるくらいあって。だからといってことばをかけても無感動で、望んでいるような反応を何ひとつ示さない。
ほら今だって、蔑むような視線でオレをみている。
そんな目をされたら心が凍えてしまう。この温度差で風邪を引いたら彼が責任を取ってくれるのだろうか。
オレは独りごとで、
「暑くて融けそう……。」
彼が麦茶のグラスを傾ける。
「そうか。」
まったくもって無味乾燥。
関心がないのは分かるけど、感情が欠如してると散々いわれていた昔のオレですらもう少しかわいげがあったと思う。
それでも、しばらくぶりに引き出した彼の声がもっと欲しいから、肘で力の入らない身体を持ち上げ、彼をみる。
「あなたはどうして平気なんですか……?」
この狂った暑さ。
会話を成り立たせようとする意識がないのか、彼は答えるより先に厭味をいう。
「生ぬるい環境に慣れるから夏の報復に遭うんだろう。」
……本当に彼はかわいくない。
それに、こんなに冷たくあしらわれているというのに、気温は一度たりとも下がってくれるわけじゃないのだから現実はリアル過ぎる。折角彼が側にいるのに、
「焼きが回ったな、【妖狐蔵馬】。そのうち背中から討たれるぞ。」
何だか損をしている気がする。
(喧嘩売ってる?)
……そうだとしたら残念でした。
「【妖狐蔵馬】?誰それ?」
オレはあなたの意地悪な態度にも厭味な言動にも翻弄されない。
もう慣れた。あなたの砂漠みたいな空気に触れているうちに、そういう身体になってしまった。そう、オレのすべてがあなたの影響(せい)。でもオレはあなたを責めたりしないでしょう?
「飛影。」
だからせめて、あなたの罪だと自覚して。
「お願いがあるんですけど。」
オレは再び枕に突っ伏す。我侭な頼みごとの気配を察知したのか、彼は大袈裟に息を吐く。
「またか……?」
「まだ何もいってない。」
素早い返答に冷たい反応……。体力を使うからあまり感情的にさせないで欲しい。
「飛影……。」
「どうせ、『身体がだるいから腰を揉め。』とでもいうんだろう?」
「……。」
本当に彼は……。
自分だけマイペースを保って優位に立つのはずるいと思う。だからオレはきこえないふり、久々の劣勢が悔しい。
しばらくして、彼が先程よりも軽いため息を吐いてグラスを置いた。立ち上がるのが気配で分かる。
「背後を取られるのは厭なんじゃなかったのか?」
彼が腰をかけたのだろう、ベッドが揺れる。
彼の口の悪さはよく知っている。しかし、ことばとは裏腹に、不器用ながらオレの望みに沿うように努力してくれる優しさがあることも、よく知っている。
彼の手はぎこちなく動く。
まあそれなり。力の入れかたは優しいとはいえないけど、今はまだましになったほうだと思う。
初めは本当に酷かった。加減を知らない彼は、オレの骨を折りたいんじゃないかと思わせるくらいに力を入れた。オレが手本を示せばよかったのかもしれない、なんていっても後の祭り。自分の身体に置き換えて考えてくれれば分かることだと思って何もいわなかったけど、あの痛さは一生忘れないだろう。相手が彼じゃなければとっくに恨み募って殺している。
均等に加えてくれない圧力。油断していると突然の刺激に、
「ん。」
予期せず声が漏れる。
ああ、まずいな。彼は些細なことを気にして機嫌を損ねたりするから。
案の定、彼が手を止めてしまう。即座にオレは、彼の雑言が心に刺さらないように構えている。身についてしまったとはいえ、我ながら厭な癖だ。
……などと思いを巡らせていると、
「痛いか?」
探るような、それでいて少し困ったような声が、優しく問う。
それは、彼が時折覗かせる不器用で臆病な優しさ。オレの前だけでみせる彼のリアル。
オレは安心する。やっといつもの彼らしい表情がみえてきた。
(これなら形勢逆転も可能かな。)
「ううん、気持ちいい。」
色もなく答える。本当は痛かったからだけど、わざと平静を装って。
「……。」
彼はオレの動向を怪しんでいるようだ。オレの身体に触れるか触れないかのところを彼の手が泳いでいる。
退く……?と思わせる間が過ぎ。
彼の手が再び動き出す。心持ち先程よりも力を弱めてくれている。痛かったことはいわなくても伝わっていたらしい。
「ん。」
声が出る。でも今度は故意。彼がどういう反応を示すのか、興味がある。意地悪なオレは頭の中で彼を陥れようと画策している。
一瞬だけ、彼の手がぴくりと身体から離れる。でも今度は無言で、オレの様子を窺がっているらしい。警戒に警戒を重ねて時を置き、恐る恐る動き出す。ゆっくりと、慎重に。……何だか狩りで獲物に近づく捕食者に似ている。
「ん。」
(でも獲物になるのは御免だから。)
「ん。」
「……。」
力を抜いて身を委ねていると、僅かな接触でも彼の鼓動がきこえるようだ。今まで気づかなかったが、オレの部屋は会話がなくなると驚く程静かになる。いいなこういうの、久しぶりに心地いい。もしかしたら、厭がられながら続ける会話よりも余程自然な触れ合いかたかもしれない。そして、これが彼との合意の上で成り立っている行為だとしたら、猶更……。
……なんてのん気に構えていると、
「おい。」
怒気を含んだ声と共に、突然ぴたりと彼の手が止まる。
「……これ以上おかしな声出したら永眠させるぞ。」
斜に彼を振り返ると、彼は愛想を尽かす寸前の顔をしてオレをみ下している。
「おかしな声……?」
「とぼけるな。試されるのは好かん。」
もうバレてしまったか。彼にしては気づくのが早かったな。
でもオレは簡単に謝ったりしない。飄々といい訳にもならないことをいったりする。
「そんなに怒らないで。遊びの延長ですよ。」
「遊びは嫌いだ。」
(じゃあ、遊びじゃなければいいんですか?)
そういいそうになって、危ういところで口をつぐむ。
彼の目はいつになく冷たくオレを蔑んでいる。本当に怒ったときの顔をしている……。
「……ごめん、もういわない。」
「ふん。」
そのまましばらく、オレは放っておかれる。当たり前だ、虫の居所が悪くなるとなかなか元通り回復してくれないヒトだから。いつもなら機嫌も悪く立ち去るのが常、ここにいてくれることはまだ幸い。
彼が小さく舌打ちする。そのうち、面倒臭そうに彼の手が動き出す。
が。
(え……?)
「ちょっと……。飛影?」
まったくもって油断大敵。何事が起こっているのか分からず狼狽えながら、しかし、彼を振り返ることができない。突発的な緊張に身体がいうことをきいてくれない。
それは今までで一番に優しい手つき。
嘘みたいに、まるで厭味なくらいに。
(……どうしよう、本当に気持ちいい……。)
「ん……。」
目を閉じて、深みに落ちてしまいそうな心地よさに呑まれる。
抗っているのに、多分、このまま落ちていく……。
そんなオレの心をみ透かしたように彼が背後から問いかける。
「どうした、【妖狐蔵馬】?」
なんて落ち着き払った声。
鼻で笑うような語尾。
彼は勝ち誇ったような顔をしているに違いない。
本当に彼は憎たらしい。憎たらしいけど。
「気持ちいい……。」
完全なる敗北。今日ばかりはこの先、どんなに攻撃を仕掛けても彼からの逆転勝利は不可能だ。恨みごとをいいたい。実際は何もいえないけど、多分口を開けば恨みごとしか出てこないはずだ。
でも、オレは彼を本当に恨むことなんてできない。そういう身体になってしまった。それに、彼に初めて会ったときから、いずれこうなることは分かっていた。コントロールされているのは自分で、彼は掴み所のないヒトだ。なぜオレはこんな得体の知れないヒトにばかり惚れてしまうのだろう。こういうのを悲しい運命って呼ぶのだろうか。
「気持ちいい。眠ってしまいそう……。」
「構わんぞ。後のことは知らんがな。」
「後?……どうするんですか?」
彼が低く笑う。
「めちゃくちゃに壊してやる。」
「……怖いな。」
オレもただの遊びに興じているふりをして笑う。
でも……。
(いいよ、あなたになら何だって許す。)
そしてこの夏も溺れるのだろう、あなたに────。
金魚の水槽
蔵馬くんの勝率は八割弱だそうで。「長続きするコツ…?時々負けてやることですよ。」と、蔵馬くんはおっしゃっていました。
それにしても、ウチ(弊サイト)の「蔵馬」は血圧が低そうだ…。
※日付は、テキストファイルでの最終更新日です。
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