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花さん  W e L o v e M o m


 殊に男(お)の子などというものは、ある年頃を境に、親父(おやちち)に対して一定の感情を抱くものである。男としての自我が芽生え、最も身近にいる男の存在を、共感できるような、反発したくなるような、近づきたいような、決して目標にはしたくないような、だがいつまで経っても遠い存在のような、やはりどこまでも憧れの存在でいてほしいような。複雑な感情を交錯させながら、色々に父を考察するようになる。
 今日も縁側で、そんな考察に花を咲かせる兄弟が二人。
「オレたちってさあ。」
 と弟がいった。
「大人になったら、トーチャンみたいになるのかな。」
 と、不意に、遠くの部屋から父の独特のくさめが、
「ぶえっくしょい、こんちくしょい。」
「……。」
「……。」
 兄弟は互いに顔をみ合わせた。どうにも微妙な顔をする。兄が答えた。
「なるんじゃないのかな。血縁だし。ってゆーか。」
 なりたい、と兄がいった。語尾が問いかけに上がる。弟が答えた。
「なりたくないかも。」
「……ま、微妙ですよね。」
 兄弟は一旦黙った。
 次に、
「でもさあ。」
 と口火を切ったのは兄だった。
「トーチャンみたいになったら、カーサマみたいな美人と結婚できるかもしれないぜ。」
 すると、
「カーサマってさあ。」
 と弟がいった。
「何でトーチャンと結婚したんだろうな。」
 兄の即答である。
「だってカーサマ、変わってるもん。」
 母に対してこれはないだろう、……と作者などは思ってしまうのだが、原因はそれなりにあるらしい。
 洗濯物を取り込んできた母が、隣の部屋へと入っていく。部屋を仕切るふすまは少しだけ開いたまま。兄弟たちが振り返れば、母の着物を畳む優雅な動作を眺めることができる。
 ここで少しばかり余談だが。この頃の魔界には、洗濯洗剤なる代物が存在しなかったと思われる。某の木の汁やら、灰汁やら、酢などで、ひとつひとつ丁寧に手洗いをしていたと思われるが、皮脂汚れなどは何とか落とせても、染みついた体臭までは、きれいさっぱりとはいかなかったようである。
 兄弟のみ守る前で、母は徐ろに、父の着物を手に取った。畳むのだろう、と兄弟は思った。しかし次の瞬間、
「くん。」
「……。」
「くん。」
「……。」
 母は、父の着物の襟を両手に掴まえて、鼻を押しつけて匂いを嗅いだ。そして、独りごつには、
「父様の匂い。父様の匂い。」
 歌うようにいう。何ともうれしそうな顔をして……。
 だが、突然「はっ。」と顔を上げる。兄弟たちも「びくっ。」となった。母と、目が合った。
 真剣な顔をして、母はいった。
「嗅いでないわよ。」
「はい……。」
「本当よ。」
「はい、分かっています……。」
 そして、ふすまは少しの隙間も残さず、きっちりと閉じられた。が、それでもふすまの向こうから、僅かにきこえる母の声。
「あの人の匂い。あの人の匂い。」
 今にも踊り出さんばかりにいう。
「……。」
 しばしの絶句の後、
「トーチャンってさあ。」
 と弟がいった。
「何でカーサマと結婚したんだろうな。」
「ぶえっくしょい、こんちくしょい。」
 遠くの部屋から、父のくさめがきこえる。
「あらあら、風邪かしら。あなたー……。」
 ふすまの向こうの母が、すりすりと足音をさせて、父の部屋へと飛んでいく。
 鳥が鳴く。

 弟の問いに、兄が答えた。……が、その答えでこの閑談を締め括るのは、作者としていかがなものか、と、思えなくもないのだが……。
「やっぱ愛の力っしょ。」
 鳥が鳴く。


金魚の水槽

愛が在れば体臭なんて?
※日付は、弊サイトでの初回掲載日です。

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