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2 0 0 5 - 0 4 - 0 2
No.
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春が来る
S p r i n g h a s c o m e ...
「今日は何の日でしょーか?」
と彼がいった。
オレは「部屋に招いて早々クイズ?」と思いながら、カレンダーを確認するまでもない、
「ホワイトデーですね。」
と答える。ついでをいうなら、
「バレンタインデーにギフトを受け取った男性が、その価格の一割から二割増しのギフトを女性へ返すという、貰った人間には経済的に、貰わなかった人間には精神的に、甚だしい打撃を与える年間行事のひとつのこと?」
「……相変わらずしびあだねオメーは。。。」
なんて、彼の拙いツッコミはさらりとかわし、
「それで、ホワイトデーがどうかしたんですか?」
とオレはいった。正直、彼の発言は唐突過ぎて意味が分からないし、今オレがここに存在することとの関連性も、み出すにはもう少しヒントがほしいところ。それに、盆暮正月も気にしないような彼が、切り出してくる「それ」は妙といえば妙だった。そして興味──
いつものように彼の許可を得ずにベッドに腰を下ろし、いつものように机の椅子を選んで逆向きに跨った彼の目を覗く。少し笑って首を傾げると、
「ドーシタンデスカ……、って……。」
彼が、ちょっと失望しがちな顔をする。
「?」
なぜだろう?オレ、何か悪いこといったかな?
時折みせる彼の「分からなそうな顔」が心に響く。たったそれしきの不安から、頭の中で三歩も四歩も、五歩も先のことまで考えてしまうオレの心理を、彼も慣れたもので、「またかよ?」な目をして苦笑しがちに眺め、
「憶えてますか。一月前のこと。」
という。
「ひとつきまえ?」
一月前といえば、バレンタインデーだ。その日は、確かに彼と会っている。場所はここ(彼の部屋)。
『時間があるならちょっと会えねえか?』──いつもと変わらぬ呼び出しコールに、時間があったから遠慮なく呼ばれていった。
丁度、今日みたいな感じだ。
「そのとき、何か会話、しませんでしたか。」
「会話……。」
会話は──しないことはないだろう。一つ部屋の中で、野郎二人で黙り込んでいても居心地が悪い。しかし、何をはなしたかというと……。
そうだ、彼が用意していた──
「ショコラ・ゲートのガトーショコラ。」
「ぴんぽん。」
正解らしい。
でも、……だから何?少し掘り下げて記憶を辿る──
今日は何の日でしょーか?
今日は十四だから……、バレンタインデー?
正解。
で、チョコレートケーキ……?
そ。うまそーだろ?
まあね。でも……。
ん?
妙ですね。……何か企んでる?
まーたそーゆーことゆー。好意デショ、こーい。
好意ね……。
変な顔すんなよ。甘いモン、嫌いじゃねえだろ?
まあ、そうですけど。
女同士でチョコ遣りあうのだってあるだろー。時期モンだし、ま、オレも一人で買って食うのも何だし?
ああ、キミが食いたいってこと??
って。。。
オレは落ち込みぎみにこういった。
「……もしかしてあれ、オレへのバレンタイン・ギフトだったんですか?」
彼は少し怒った顔をした。
「ああそうだよ。」
「……。」
「……。」
「……ああ。」
こういうとき、いうべきことばがなくなるって本当だ。彼には頭を掻きながら「オメーは肝心なところが鈍感なんだよなー。」なんていわれて……。
確かにその通りだ。バレンタインデー。チョコレート。これ程はっきりした単語(キーワード)が出ているにも関わらず、これでは完全に彼の好意を無視しているようだ。
「御免。」
両手をぽんと合わせて頭を下げる。
「例の如く、何も用意してない。」
「ああ、いいっていいって♪」
「?」
機嫌を損ねられるくらいは覚悟していたが、桑原くん。何だかとても、機嫌がいい。手のひらでひらひらと、空気中に漂うオレの「御免。」を追い払いながら、
「別に何か欲しいとか、そーゆーことじゃねえからさ。ほら、何つーか。オレって『モノより思い出』なタイプでしょ?」
いや、知らないけど。。。
彼はいった。にこにこ顔そのままに、
「だから、とりあえず『答え』きかしてくんない?」
「……。」
「……。」
「……はい?」
答え。って。
オレに、何を答えろというのだ。
「……。」
困った顔をしてしまう。
「困った顔すんなよお……。」
無理いうなよ……。
仮にだ。
仮に、彼の「好意」が「そういう意味」だったとして。
「……キミに一つ確認しておきたいことがある。」
「?」
一呼吸置き、意を決する。……本当はこういうこと、自虐的であまりいいたくないけど。
「オレ、妖怪ですよ?」
彼は真顔でこう切り返した。
「そういうのって何か関係あんの?」
「……。」
しばしみつめ合う。
「……ないけど。」
負けてるし。
「でも!」
とオレはいった。
「年、離れてるし。」
「だからそういうの何か関係あんのかよ?」
「……。」
「……。」
「……ないけど。。。」
何やってるんだろう……。
「ねえ桑原くん?」
「和真って呼べっつってんだろーよ?」
「……はい。」
怒られてるし。
どうしたのだろう今日は。珍しいくらい形勢が不利だ。
自分のことばの説得力のなさに、我ながら呆れてしまう。でも、説得力が「出せない」理由。本当は分かっているんだ。
本当は、説得したくない──そう、思っているから。
オレが彼を失うのが怖いと思っているように、彼がオレを手の届く範囲に望んでくれていることがうれしいから。
彼のことは、かわいいと思っている。たまに生意気で抜けてるところもあるけど、オレには懐いてくれて、「妖狐」が戻りつつあるオレの、本性ともいうべき気まぐれな言動に、臨機応変に、オレが次を返し易いように、受け取り易い角度から気持ちよくことばを返してくれる。
妖怪だから、生きている年数が違うから──不毛な議論より大切なことがある。お互いを理解し、認め合い、納得した中からみつけ出した建設的な結論だ。それなのに。
莫迦だな、オレも。これでは心にもないことだといわれても仕方な……。
「ったく心にもねえこといってんなよ。」
……って、読まれてるし。
「……。」
「……怒るなって。」
彼の身体が椅子を離れ、オレから少し離れた位置を選んでベッドに腰を下ろす。
「別に今すぐどうこうしてえだなんて、いってねーだろ?」
「……。」
「こっちは待つ覚悟、できてんだからよ。」
「桑原くん……。」
「だから和真って呼べってーの。」
金魚の水槽
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