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春が来る  S p r i n g h a s c o m e ...


「今日は何の日でしょーか?」
 と彼がいった。

 オレは「部屋に招いて早々クイズ?」と思いながら、カレンダーを確認するまでもない、
「ホワイトデーですね。」
 と答える。ついでをいうなら、
「バレンタインデーにギフトを受け取った男性が、その価格の一割から二割増しのギフトを女性へ返すという、貰った人間には経済的に、貰わなかった人間には精神的に、甚だしい打撃を与える年間行事のひとつのこと?」
「……相変わらずしびあだねオメーは。。。」
 なんて、彼の拙いツッコミはさらりとかわし、
「それで、ホワイトデーがどうかしたんですか?」
 とオレはいった。正直、彼の発言は唐突過ぎて意味が分からないし、今オレがここに存在することとの関連性も、み出すにはもう少しヒントがほしいところ。それに、盆暮正月も気にしないような彼が、切り出してくる「それ」は妙といえば妙だった。そして興味──
 いつものように彼の許可を得ずにベッドに腰を下ろし、いつものように机の椅子を選んで逆向きに跨った彼の目を覗く。少し笑って首を傾げると、
「ドーシタンデスカ……、って……。」
 彼が、ちょっと失望しがちな顔をする。
「?」
 なぜだろう?オレ、何か悪いこといったかな?
 時折みせる彼の「分からなそうな顔」が心に響く。たったそれしきの不安から、頭の中で三歩も四歩も、五歩も先のことまで考えてしまうオレの心理を、彼も慣れたもので、「またかよ?」な目をして苦笑しがちに眺め、
「憶えてますか。一月前のこと。」
 という。
「ひとつきまえ?」
 一月前といえば、バレンタインデーだ。その日は、確かに彼と会っている。場所はここ(彼の部屋)。
 『時間があるならちょっと会えねえか?』──いつもと変わらぬ呼び出しコールに、時間があったから遠慮なく呼ばれていった。
 丁度、今日みたいな感じだ。
「そのとき、何か会話、しませんでしたか。」
「会話……。」
 会話は──しないことはないだろう。一つ部屋の中で、野郎二人で黙り込んでいても居心地が悪い。しかし、何をはなしたかというと……。
 そうだ、彼が用意していた──
「ショコラ・ゲートのガトーショコラ。」
「ぴんぽん。」
 正解らしい。
 でも、……だから何?少し掘り下げて記憶を辿る──

 今日は何の日でしょーか?
 今日は十四だから……、バレンタインデー?
 正解。
 で、チョコレートケーキ……?
 そ。うまそーだろ?
 まあね。でも……。
 ん?
 妙ですね。……何か企んでる?
 まーたそーゆーことゆー。好意デショ、こーい。
 好意ね……。
 変な顔すんなよ。甘いモン、嫌いじゃねえだろ?
 まあ、そうですけど。
 女同士でチョコ遣りあうのだってあるだろー。時期モンだし、ま、オレも一人で買って食うのも何だし?
 ああ、キミが食いたいってこと??

 って。。。

 オレは落ち込みぎみにこういった。
「……もしかしてあれ、オレへのバレンタイン・ギフトだったんですか?」
 彼は少し怒った顔をした。
「ああそうだよ。」
「……。」
「……。」
「……ああ。」
 こういうとき、いうべきことばがなくなるって本当だ。彼には頭を掻きながら「オメーは肝心なところが鈍感なんだよなー。」なんていわれて……。
 確かにその通りだ。バレンタインデー。チョコレート。これ程はっきりした単語(キーワード)が出ているにも関わらず、これでは完全に彼の好意を無視しているようだ。
「御免。」
 両手をぽんと合わせて頭を下げる。
「例の如く、何も用意してない。」
「ああ、いいっていいって♪」
「?」
 機嫌を損ねられるくらいは覚悟していたが、桑原くん。何だかとても、機嫌がいい。手のひらでひらひらと、空気中に漂うオレの「御免。」を追い払いながら、
「別に何か欲しいとか、そーゆーことじゃねえからさ。ほら、何つーか。オレって『モノより思い出』なタイプでしょ?」
 いや、知らないけど。。。
 彼はいった。にこにこ顔そのままに、
「だから、とりあえず『答え』きかしてくんない?」
「……。」
「……。」
「……はい?」
 答え。って。
 オレに、何を答えろというのだ。
「……。」
 困った顔をしてしまう。
「困った顔すんなよお……。」
 無理いうなよ……。
 仮にだ。
 仮に、彼の「好意」が「そういう意味」だったとして。
「……キミに一つ確認しておきたいことがある。」
「?」
 一呼吸置き、意を決する。……本当はこういうこと、自虐的であまりいいたくないけど。
「オレ、妖怪ですよ?」
 彼は真顔でこう切り返した。
「そういうのって何か関係あんの?」
「……。」
 しばしみつめ合う。
「……ないけど。」
 負けてるし。
「でも!」
 とオレはいった。
「年、離れてるし。」
「だからそういうの何か関係あんのかよ?」
「……。」
「……。」
「……ないけど。。。」
 何やってるんだろう……。
「ねえ桑原くん?」
「和真って呼べっつってんだろーよ?」
「……はい。」
 怒られてるし。
 どうしたのだろう今日は。珍しいくらい形勢が不利だ。
 自分のことばの説得力のなさに、我ながら呆れてしまう。でも、説得力が「出せない」理由。本当は分かっているんだ。
 本当は、説得したくない──そう、思っているから。
 オレが彼を失うのが怖いと思っているように、彼がオレを手の届く範囲に望んでくれていることがうれしいから。
 彼のことは、かわいいと思っている。たまに生意気で抜けてるところもあるけど、オレには懐いてくれて、「妖狐」が戻りつつあるオレの、本性ともいうべき気まぐれな言動に、臨機応変に、オレが次を返し易いように、受け取り易い角度から気持ちよくことばを返してくれる。
 妖怪だから、生きている年数が違うから──不毛な議論より大切なことがある。お互いを理解し、認め合い、納得した中からみつけ出した建設的な結論だ。それなのに。
 莫迦だな、オレも。これでは心にもないことだといわれても仕方な……。
「ったく心にもねえこといってんなよ。」
 ……って、読まれてるし。
「……。」
「……怒るなって。」
 彼の身体が椅子を離れ、オレから少し離れた位置を選んでベッドに腰を下ろす。
「別に今すぐどうこうしてえだなんて、いってねーだろ?」
「……。」
「こっちは待つ覚悟、できてんだからよ。」





「桑原くん……。」
「だから和真って呼べってーの。」


金魚の水槽

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