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No.
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バカンスの断片
a p i e c e o f v a c a t i o n
昼時をとっくに過ぎた大衆食堂に客はまばらだ。この店にも行きつけになりかけている俺たちは、いつもの窓際の席で何時間もかけてだらだらと飯を食う。店側にすればいい迷惑に違いないが、いいことなのか悪いことなのかもう注意されなくなっている。
「なあ。」
蔵馬が食卓に頬杖をつく行儀悪い格好で大皿の中をみている。
「その海老、食べていい?」
俺は奴得意の環境と状況に起因した答えで、
「だめ。」
「食べたい。」
「だめ。」
「食べたい。」
「だめ。」
「食べたいな……。」
「だめだって最後の海老なんだから。」
「食べたい。」
「だめ。」
「じゃあ食べないほうがいい?」
「だめ。……あ。」
「ありがとう、優しいなおまえ。」
蔵馬が箸をつける。……ふっ、野菜も食えよ成長期。
俺たちのこんなやりとりをいつもみている店のじじいがけらけら笑っていった。
「旦那ぁ、本当にカミサンには弱いねぇ。」
「だからカミサンじゃねえってっ!何度いったら分かるんだよこのボケじじい。」
「箸でヒトを指すな、行儀悪いぞ。」
「おまえがいうな、雑食狐っ!!!」
おまえが否定しないから誤解されまくりなんだろうが。
蔵馬はまずいものをまずそうに食うことがなかった。何が出てきても文句ひとついわない。一緒に飯を食うにはいい相手のように、一見みえるがだからといってうまいものをうまそうに食うかといえばそんなこともなかった。単に表情に乏しいだけか。ほら、口の端にソースがついてる……。
「うまい?」
そうきいても黙って頷くだけか?
安心だ、これならどうみても『妖狐蔵馬』にはみえない。
入り口から客ではないふたり連れが入ってきた。親子、おやじのほうはこぎれいな作業服、年端もいかないガキは同じような格好をしてはいるが助手にしては頼りない感じだ。
「おおやっと来たかぃ。」
店のじじいが出迎える。そして小さくこういっているのがきこえる。
「このレジスターの鍵なんだがね、どうも……。」
状況を察するに鍵の修理屋か。
おやじが作業に入ると手持ち無沙汰になったガキがぷらっと店内を歩き出す。何気なくみているとガキと目が合った。そのままじっとみてやるとガキは目を伏せるどころか好奇心の塊の目で人懐っこく笑った。
ガキが俺たちのいるほうへとことこと歩いてくる。そして俺の傍らまで来るとちゃっかり俺の隣の席についた。
「おじさんたち、旅の人?」
ガキがきく。蔵馬は……、食っている最中なので、
「ん?ああ、まあな。」
俺が答える。
「じゃあ鍵の入り用なんてないか。」
「何だボウズ、営業マンごっこか?残念だったな、俺たちは『鍵は壊して入る』ヒトたちなんだ。」
「ふうん、そっちのおにいさんも?」
?
「ちょっと待てガキ。」
「何?」
「なんで俺はおじさんでこいつはおにいさんなんだよ。」
そこで蔵馬が初めて口を開いた。
「子供のいうことだろう、気にするな。」
「そういいながら何だ、その含み笑いは。」
しかし、これは絶妙なタイミング、ガキが今度は蔵馬をみて、
「ごめん、もしかしておねえさん……?」
「……っぷ。」
そんなことを真剣そのものでいったから、俺はげらげら笑ってやった。
「こいつは傑作だ。」
あんまり腹を抱えて笑うものだから、蔵馬は一度は俺に鋭い睨みを向けたが。
すぐに元のポーカーフェースに戻り、いつになく涼やかな声でいった。
「なあボウズ。」
「何?」
「生首になりたい?」
「ままままま、子供のいうことだから、おにいさんっ!なっ!」
金魚の水槽
本当はいいヒトなのですよ。ただ、冗談をいっても顔に表れないだけで…。
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