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No.
0 0-
コーヒータイム
c o f f e e t i m e
「ここは盗品回収所じゃないんですけど。」
ふたり分のコーヒーを持って部屋に戻ってきた途端にいう。
もちろんそれは俺が持ち込んだ包みをテーブルの上に広げているのをみとめたからに他ならない。
「拾得物だ。」
「へえ、どこで拾ったんですか?」
「さあな、忘れた。俺の手の届くところに『あった』んだろう。」
奴はいつものコーヒーカップを俺に手渡し自分の分はテーブルに置いて座ると、包みの中にしまわれていたものをまじまじと眺め出す。
「すごいですね。宝石類がいっぱい。アンティークなものが多いけど……。」
「古いだけの粗悪品だ。価値があるのかなど分かるものか。」
コーヒーをひとくち飲んで、吐き捨てるようにいっておく。
「で、なぜこんなものを持ち歩いていたんですか?」
「持ち歩いているわけがないだろう。」
コーヒーに砂糖を入れて、
「ただ、今夜出歩いているところを目ざといおまえに発見されて、しつこく茶などに誘われなかったら『ここ』に来ることはなかったということだけはいっておく。」
「あ、しつこかったですか?」
「少しな。」
コーヒーをひとくち飲む。
「はいはい、そうですね。オレがあなたをみつけて、あ、寒そうな捨て猫がいる、ちょっと暖めてあげようかなぁ……なんて同情心という名のおせっかいで自分の部屋に誘い込んで、否応なしにあなたの時間を削ったりしたのが悪いんですよね。」
様子見なのか、機嫌を損ねてみせられる。その証拠に、
「別に悪いとはいっていないだろう。」
そういってやると「やっぱりそうでしょう」という表情を隠しもしないのだからおかしな奴だ。
「でもこれ、古いものが多いけど、粗悪品なんていえないようなものもありますよ。」
広げた包みの上、曇って光を受けつけない一見すると汚らしい一組の指輪を示していう。
「これ。昔同じようなものをみたことがある。磨いたらよくなりますよ。細工がきれいだし。」
「ほしいならやる。」
特別に執着があるわけではない。だから目に留めるならくれてやる程度のつもりでいったのだが、それを奴は含んだように笑う。しかもうれしそうにもみえる様子、きっと面倒なことを考えているのだろうと思えて、理由をきくのも気が重い。
「『誓いの指輪』。」
「?」
「昔、人間社会と同じような婚姻儀式を行っていた民族がいて、その際に互いに取り交わした指輪によく似ているんですよ。いわゆる結婚指輪っていうやつかな。」
「結婚指輪?なんだ、それは?」
「ああ、結婚指輪っていうのは……。生涯つがいとなることを決めた男女が左手の薬指にはめる指輪のことです。」
「なぜだ?」
「?」
短くききすぎたので、きき返された。
「婚姻の際に指輪を取り交わすこと?それとも薬指にはめること?」
「両方だ。」
「……。」
考えている。一度でうまく説明しようとでも思っているのだろう。
「人間社会では『心臓に一番近い場所だから』といわれていますけど、実際の由来は知りません。でも、その」
古ぼけた指輪を差す。
「民族が婚姻の誓いに指輪を使用していた理由ならきいたことがありますよ。」
「……。」
「まずなぜ指輪なのか。これは、指輪が『服従』の象徴であったから。そして、なぜ薬指か、なんですが……。」
奴がぱんっと合掌してみせる。
「こうやってみてください。」
「?」
わけも分からず、とりあえずいわれた通りにしてみる。
「それから、中指だけを、こう、抱き合わせてみて。」
そのまま中指を組む。
「では、薬指を離してみてください。」
結果は、やれば分かる。
そしてどうやらそれが答えだといいたいらしい。
「だから、指輪を取り交わして互いにつき従うことを誓い、それを薬指にはめることで生涯離れないことを固く約束したのでしょう。」
「滑稽だな。」
「そうかもしれませんね。でも、あなたがこれを『一緒に』はめてくれるんだったら、オレは『もらってあげても』いいですよ。」
……。
なるほど、そういうことか。
「つまり、俺がその指輪をやるといった段階で、おまえの脳みそは『生涯連れ添って服従』まではなしを膨らませたのだな。」
「はい。結果、現実味がなさすぎて笑っちゃいましたけど。」
「で、今のはなしをきいて俺が同意すると思うか?」
飽きれてそうきくのが精一杯でいるのを、
「いいえ。」
けろっと否定してようやくコーヒーカップを手に持つ。ひとくち飲んで、そのままくちびるを離さずに気のなさそうな声でいった。
「あなたは誰にも服従しない。あなたは誰かに服従されることが嫌い。」
「……。」
「オレは服従させるのは好きだけど、あなたとそんな関係になるのは御免だから。」
「……。」
「……でしょう?」
斜に視線が合って、それでも気まずさを感じさせない。馬鹿げたことだが満更でもないと思えてしまうのだ。
まったく、この距離感は一度はまると抜け出せなくなる厄介な罠だ。
「……まあな。」
冷めかけたコーヒーを飲み干す。
「もう一杯飲みます?」
「もう充分だ。」
長居する理由はない。
「帰るんですか?」
「ああ。」
「お風呂沸かしてますけど。」
「……。」
……。
この男は。
「至れり尽せりだな、貴様は。」
ありったけの厭味を込めていってみるが、恐らく効果はないだろう。
「お嫁さんにしたいでしょう?」
「……ああ、殺したいくらいな。」
追記
金魚の水槽
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