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白昼夢  a d a y d r e a m


 ……いったい誰なのだろう。
 誰を待っているのだろう。
 空がまぶしいな。快晴。遠くに積乱雲、灰色。……夕立、ありそうだな。

 滅多に来ることがない繁華街。小さな噴水とからくり時計塔があるゲームセンターの前。待ち合わせスポット。当然人通りが多く、うるさいくらいのにぎやかさだ。
 わけもなく腕時計を見る。十一時四十分。
 空を見上げる。太陽が高い。
 オレは待ち合わせをしている。確かに約束をしたのだ。しかし、その相手が誰なのかがわからない。近しいヒトをひとりずつピックアップしてみたが、いくら考えても思い当たらない。だからたぶん身近な人物ではないのだろうが、ここ数ヶ月、新しく知り合ったヒトはいない。もちろん会う約束などをした憶えはない。
 明確な待ち合わせ場所さえわからない。ただなんとなく、そう、深層心理が記憶しているという感覚、それだけでここへ来た。こんなことは初めてだ。
 しかし確かなこともある。そのヒトは「一年で一番暑いとき」に会おうといった。ことばはそのままではないにしろ、そんな意味のことをいっていた。今日は夏至。そしてもうすぐ太陽が一番高くなる。
 時計塔、十一時四十五分。
「ねえ、きみ。」
「はい?」
 派手なスーツの若いオンナだ。ロングヘアー、十センチはありそうなピンヒール、黒いミニスカート。逆光で表情はわからないが、おそらく仕事用のつくり笑いをしている。
「待ち合わせ、してるの?」
「ええ、まあ。」
「……彼女、待ってるの?」
「いえ……。」
「少しおねえさんとおはなししない?」
「……」
 困惑。
「五分でいいから、ね?」
 迷惑。
 この手の人間に声をかけられるのは初めてではない。このオンナ、もちろん逆ナンパなどではない。
「要件はなんですか。」
「ああ、おねえさんこういうものなんだけどお。」
 フェンディの名刺入れから出てきたのは、イリュージョンプロダクションの名刺。モデル事務所だ。
「オレ、興味ありませんから。」
 名刺は一瞥して受け取らない。
「ええ、どおして?……ああ、こういうの結構あるんでしょ?きみかわいいもんね。」
「すみません。」
 オンナを見る気にもならない。
「でもさあ、はなしをきくくらいならいいでしょ。おねえさん、これでもねえ……」
 面倒だ。オンナの目をまっすぐに見る。容赦のない背筋が凍るほど冷たいまなざし。弱い者を殺すときの見下したような視線。そしてひとこと。
「すみません。」
 オンナは凍った、……ように見えた。そして去って行った。ちょっと大人げなかったかな。しかし反省はしない。
 腕時計。十一時五十二分。
 急に不安になる。それは「来ないのではないか」とか「誰が来るのだろうか」とか、そういった類ではない。あまりにあいまいで、漠然としていて、つかみどころがない。明確にならないことに対する恐怖、それに近い。……でも、わかっているんだろう?
 絶対に、ここへ、来る。
「きみひとり?」
 声のほうを見る。今度は三十歳前後のラフな格好の男だ。レノマのジャケット、スラックス、オレの顔の高さで壁に左手をつく、時計はオメガ、靴はリーガル。オレよりも長身。
「人待ちかな?」
「ええ、そうですけど。」
「……タバコ、いいかな?」
「どうぞ。」
 男はオレと同じように壁を背にする。内ポケットから封の空いたマルボロとジャケットの左ポケットからジッポを取り出す。
「でもここ、灰皿ないですよ。」
「おおそうなのか。それじゃあ吸えんな。」
 マナーを重視しているわけではなさそうだ。今のところは一般的な会話のやりとりのつもりらしい。タバコのほうは内ポケットにしまったが、ジッポは左手の中で遊ばせている。
 声をかけてきた真意はわからない。先手に出るか。相手は敵ではない、ましてや人間だ。詮索やまわりくどい誘導尋問をする必要はない。
「なにかご用ですか?」
「きみ、モデルにならないかい?」
「ウソでしょう。」
 これはまちがいない。この男には業界人独特の雰囲気が漂っていないし、「仕事中」というより「休日」という感じを受ける。男は少々驚いたようだ。
「なんていうのは冗談で、日の丸新聞の勧誘のものなんですが。」
「それもウソですね。」
「じゃあ、福助生命でいいや。生保に興味は?」
 思わずふきだしそうになった。真意もなにも、単なるナンパ男だ。
「懲りないんですね。」
「当然。簡単にあきらめていたら、かわいいコとお食事もできない。」
「残念でした。」
「おなか、空いてないの?」
「そうじゃなくて、オレ、男ですよ。」
 これで帰るだろうと思った。しかし男は動じる様子もなくこういってのけた。
「でも、かわいいコだ。」
「……。」
 変質者か?
「きみは誰を待っているんだい。」
「え?」
 なにげなくきかれた質問にことばがつまった。
「……べつに。」
 あいまいに済ませようとしたわけではなく、返すことばが出てこなかった。
「彼女かお友達?」
「いえ。」
「ご家族のかた?」
「……いえ。」
「親戚のお迎えとかかな?」
「……。」
 オレはうつむいていた。地面を見つめて考える。……オレは誰を待っているのだろう。
 男は少し申し訳なさそうな表情を見せたようだ。たぶんオレが待ち人が来ないことに落ち込んでいるようにでも見えたのだろう。
「場所、ここで合っているのかな?」
「……たぶん。」
 考えることから抜け出せないままの気のない、独り言に近い返答。
「何時に待ち合わせしたの?」
「時間は……」
 突然、周囲にオルゴールの大きな音が鳴り響いた。からくり時計塔だ。見上げた時計塔が示していた時間は……
「正午……」
 オルゴールに合わせて塔から出てきた人形が踊る。馬、犬、猫、鶏。ブレーメンの音楽隊とかいう童話を演じている。
 ……幕が、上がる。

「じゃあそのヒト、来なかったんだね。」
 人形が塔へ帰っていく。オルゴールが止み、辺りに平常の喧騒が戻る。時計塔、十二時一分。
「そう、みたいです。」
 考えてもいないのに、そんなことばが口をついて出た。
 男が少しだけ淋しそうな顔をしたように感じた。それはほんの一瞬。
「質問攻めにしてごめんね。……質問攻めついでに、最後にひとつだけきいていいかな?」
「……。」
「そのヒトは『タイセツ』なヒトなの?」
 なぜか、それだけは明確に答えられた。
「はい。とても……。」

続く ...

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