Date
2 0 0 0 - 0 5 - 0 6
No.
0 6-
白昼夢
a d a y d r e a m
「チェックメイトだ。」
奴に歩みより見下して発したその声は今まで知り得なかったほどに冷酷だった。
「……みごとだぜ。こういうのも『裏をかかれた』っていうんだろうな……。」
「わざわざ攻撃を避けて体勢を崩すくらいなら、体勢を維持しつつ自ら攻撃を仕掛けたほうが得。たまたま鞭が届く場所にいたからな。」
「稚拙なことをしてくれるじゃないか……。」
「『正面突破』。貴様にはそんなことは教わらなかったな。」
「そんなことば、俺の辞書にはないからな。」
そういったあと奴は突然笑い出だした。
「なにがおかしい。」
「『寝首を掻く』か……。本当になったな、殺さなくて正解だったぜ。」
奴は笑い続ける。
「耳障りだ。止めろ。」
先程までの動揺がおさまったわけではない。そのはずなのに、自分を第三者として眺めているかのように冷静に見つめている自分がいる。
「……最期にいい残すことはあるか。」
「そんなものねえよ。」
オレはローズウィップを振り上げた。奴の息の根を止めるために……。
「俺とひとつだけ約束しろ。」
「……。」
「また、会おうぜ。」
「……?」
「……そうだな、千二百年後くらいがちょうどがいい。真夏のいちばん暑いときだ、俺はあんまり寒いの好きじゃねえしな……。場所はどこでもいいが、なるべくにぎやかなところがいい。どこにいたっていいぜ。おまえがどんな姿になっていようと俺が絶対に見つけ出すから……。」
「なにをいっている。」
「……おまえの妖気は独特だからな、探すのは簡単だ。運命的な再会ってやつにしようぜ。それから人生の報告会をかねてデートだ……。」
「いいたいことはそれだけか。」
「……そして、日が沈む前に……、今度は俺が寝首を掻いてやるぜ。」
それが奴の最期のことばになった。
……オレは、おまえを殺した。
そうそう。手の施しようのねえ状態のやつにさらにとどめを刺すんだから、おまえは冷たいやつだぜ。
(あのとき、オレは奴が最期のセリフをいい終えるやいなやローズウィップを振り下ろした。動くことすらできない奴のからだは次の瞬間にはただの肉塊にまで分断されていた。)
なのになぜ……。
(なぜここにいるんだ?)
怨念だろ、俺って意外と執念深いからな。
……おまえのことだから、隙をみせる気はないんだろう。
そんなセリフを吐くっていうことは、逃げるつもりはなさそうだな。
(そんなことをしても無駄なんだろう?)
最期にいっておきたいことはあるか。
「オレは……。よく、殺せ、殺せといっていた。」
「ああ。せがむんだったら添い寝くらいに抑えてくれたほうが、まだかわいげがあったんだが。」
「おまえは決して殺意を見せなかった。」
はじめのうちは本当に殺してくれればいいと思っていた。しかし、そのたびに奴は受け流すか、茶化すかするだけで、結局正面から受け止めることはなかった。
「いつしか、おまえがオレを殺さないということが当たり前に思いはじめた。」
『殺せ』。それはやがて本心ではなく、奴がオレを『殺さない』ということを確認するための手段に変わっていた。
「だから、おまえの殺意の対象がオレになったとき……。」
殺せといっては、それを相手にされないことに安心する。そんな幼稚な接触の中で、奴は他の妖怪とはちがう存在だと認識するようになった。
そう、奴はオレがはじめて全面的に信頼をよせた妖怪。
だからこそ……。
「こわかった。」
殺されることがこわかったのではない。信じていたものに裏切られたこと、それを認めてしまうことがこわかったのだ。裏切るなどといっても、もちろんそれはオレの一方的な気持ちでしかない。勝手に思っていたことに対して裏切るだなんだといわれても、奴にしてみれば筋違いも甚だしいだろう。
「認めたくなかった。」
それは、心を切り裂かれることだから。とても、痛いことだから……。
だから奴の存在を忌まわしい記憶として深層心理に封印したのだ。決して思い出せないほど深い場所に……。
太陽が沈んでいく。
「さようなら、白昼夢。」
突然、周囲にオルゴールの大きな音が鳴り響いた。からくり時計塔だ。見上げた時計塔が示していた時間は……
完
← P R E V I O U S
金魚の水槽
HOME
MENU
Copyright (C) Kingyo. All rights reserved.