Date
2 0 0 0 - 0 5 - 0 6
No.
0 5-
白昼夢
a d a y d r e a m
オレはこの世界ではそこそこ名の知れた妖怪になっていた。強くなるにしたがいオレのまわりには取り巻きができ、次第に仲間なんてものも増えた。ひとりのときには手を出せなかった大きなヤマにも、ち密な計画と綿密な作戦をたてて臨み、その度に成果を上げてきた。単なる取り巻きにすぎなかった連中はいつしか巨大な縄張りをもつ『盗賊集団』となり、オレはその頭になっていた。
それなりに有名になるとおのずと敵も増えた。しかしそのほとんどがオレの足元にも及ばなかった。中にはつわものもいたと思うのだが、オレがここに生きている事実から考えると、やはり力及ばずだったようだ。おのれの力量も知らずに、ばかなやつらだ。はじめのうちは殺すのは忍びないと情けをかけてはいたが、見逃してやっても相手は必ずといっていいほど再びオレの目の前にあらわれ、命をよこせとわめいた。そのうち同じ敵を二度三度と相手するのが面倒になって、自然、刃をむける者は容赦なく始末するようになっていった。いつからか『極悪盗賊妖怪』という言葉がオレの代名詞になったが、反論する気も起きなかった。
外部犯ばかりではない。仲間づらをして共に行動してきた者が、突如本性を現したかのように命を狙ってくることも度々だった。ある者は名声のためだといい、ある者は名誉のためだといった。そんなことのために殺される身になってみてほしいものだ。だいたい夜襲をかけてきてなにが名声だ、くだらない。
ほんの数日前、やはり仲間が三人徒党を組んで襲ってきたことがあった。理由を問うと、金のためだという。それははじめてきく答えだった。おかしなことをいう、オレは内心笑った。しかし、それからだった。内外を問わず顔を合わす者のすべてがオレに明らかな殺意をもつようになり出したのは。その日以来、昼夜の別なく襲撃を受け、眠ることもままならない状態が続いた。
オレは仲間から離れてひとりで行動するようになった。ようするに逃げ回る日々だ。仕掛けてくるのは雑魚ばかりだが、いちいち相手をしていたら身がもたない。疲れた分だけ注意力も集中力も削がれる。それは致命的な弱点だ。今できる最善の策は周囲の気配から適度な距離を保つこと、決して囲まれないこと。そして、休息。
うっそうとした森の中、背丈のある笹やぶを抜けると少し開けた場所がある。ここは古のむかしに栄えていた文明の遺跡。赤土のレンガでできた建造物の残骸が散乱している。今では雑草にうずもれてはいるが、よくみると高度な技術で造られた石畳が広場全体を覆っているのがわかる。処刑場だ。むかし奴につれられてここに来たときにそう教えられた。これだけの文明の中でも処刑というものが存在していた。処刑なんてものは正義の名を借りた殺人にすぎない。公式殺人。ヒトがヒトを裁くことなんてできないのにな。それがいつの時代にもはびこってるんだからおかしなものさ。奴はそういって嘲笑していた。そこにいくとこの世界は正直でいい。正義もくそもなく、本能のままに殺ったり殺られたりだからな。続けてそういう奴の横顔がやけに楽しそうで、オレは奴の本性を見た気がした。心の底から不快だった。
ここで一服することにしよう。森の中は落ち着く。敵が近づいてきたときに笹やぶは風とはちがう音で知らせてくれるし、もし戦闘になったとしてもこの広場なら立ち回るには十分だ。
笹やぶを背に、広場を正面にすえて目を閉じる。
ガサガサ……
……だれか、来る。
態勢を整え、音の方角に注意をはらう。……数は一。右、前方。
「よお、久しぶりだな。伝説の妖怪。」
気の抜ける再会である。現れたのは奴だった。内心ほっとしたが、警戒を解く気にはなれなかった。今まで散々命を付け狙われてきた。奴も同類かもしれない。だがそれは形式的な表層心理なのだろう。心のどこかに、奴は白であると信じて疑わない自分がいた。
「忙しそうだな。」
赤レンガの壁の残骸に腰をかけながら奴がたずねた。口ぶりから察するに、オレが何者かの標的になっていることをうわさにでもきいたのだろう。
「ちかごろ妙に刺客が増えてな……」
なんの気なしにオレがそういうと、奴は少し驚いた顔をした。
「知らないのか?おまえの首、懸賞金がかけられているんだぜ。」
……懸賞金だと?
「その顔だと、本当になんにも知らねえみたいだな。おまえ、自分のことになると鈍感だよな。そういうの、注意散漫っていうんだぜ。」
ちょっと違うと思うが。しかし奴のいうことが本当だとしたらずいぶんとふざけたはなしだ。そこまでしてでもオレの命が入用なら直々に手を下せばいいものを。やりかたがまわりくどい上にこれでは単なる金の無駄遣いではないか。命あっての物種ということばがあるくらいだから、目的のためなら多少の出費もやむを得ない、どうせそんなことだろう。
「世の中にはとんだ浪費家の暇人がいるものだな。」
「まったくだ。」
そのとき、奴が不敵に笑った。
「われながら、ばかげたことをしていると思うよ。」
「……なに?」
耳を疑った。そして奴のいったことを理解したとき、オレは動揺した。不意打ちを食らったように身動きひとつできなかった。その一太刀はオレの心を正確に捕らえて致命的な傷を与えたのだろう。しかし刃の冷たさも、摩擦の熱さも、切り口の痛さも、不思議と感じなかった。頭の中が真っ白になる、そんなことばが現実に存在しているわけがわかる気がした。なにも考えられない……。
「……おまえの仕業か?」
やっとしぼりだした声がやけに落ち着いているのに驚いた。
「俺は暇人だが浪費家ではないんでな、おまえがだれかに狩られちまうと、報酬を払わなきゃならなくなるんだよ……。」
頭をかきながら奴が独り言のようにいった。
「なぜ……?」
「単なる趣味さ。」
オレに向けたその眼は妖しい殺気に輝いていた。
「きれいなものを手に入れたら、誰かに汚される前に一番に傷をつけたい。そんな衝動にかられることはないか?フィルムを剥いだCDケースの傷ひとつないところに指紋をべたべたつけたくなるみたいに。それと似た気持ちで、自分が丹念に育てたものをめちゃめちゃに壊したくなる。育てたものにだけ許される特権っていうやつだ。」
奴は本気だ。これが奴の、本性。そうだとしたら、オレが接してきた奴は?口が悪くて最低なやつだが、オレを見る眼は、そう、眼がひどく優しくて……。
「おまえ、思った通りだったぜ。まあこれもひとえにおまえの素質を見抜いた俺の洞察力のたまものだ、といいたいところだが、短期間にこれだけの力を身につけるとは、さすがとしかいいようがねえ。」
奴は立ちあがると一歩ずつゆっくりと近づいてきた。
「光源氏ごっこは楽しかったぜ、紫の上。」
……ウソ、だろ。おまえがオレを殺す……?
思わず一歩退く。頭の中では戦闘態勢をとらなければと理解してはいるが、からだがいうことをきかない。戦いたくないのではない。戦わなければ遅かれ早かれ殺される。まだ信じられないのだ。……信じられないって?オレはなにを信じていたのだ。「奴がオレを殺さない」ということ?「奴は敵にはならない」ということ?
「しかし、おまえも変なところが抜けてるよな。生かしておけば敵にまわる。それがここのルールだろ?おまえ、口癖みたいにいっていたじゃねえか。」
奴の動きに合わせて距離を保ったまま後ずさる。
「そろそろ幕が下りるぜ。じゃあな、俺のマイフェアレディ……。」
奴が一気に間合を詰める。左手のかぎ爪がのど元を横になぐのをとっさに後ろに避ける。奴は基本的に接近戦を得意とする妖怪だ。武器はひとつ、左の中指にとりつけられる二十センチばかりの細いかぎ爪。刺すことも、切ることもできる。脚や腕の神経を断ち動きを封じたあと、首や胸に致命傷を負われることで出血死させる。ひといきにとどめを刺さないどころか、無抵抗に死にゆくのをながめて楽しむという非常に趣味の悪いやりかただ。からだの弱点や急所を知り尽くした奴独特の無駄のない戦法だが、反面的がしぼられるので回避は容易だ。今のオレならスピードはほぼ互角。奴が隙をみせるのを待てば勝機はある。しかし、体力が完全に回復できていないオレにとって、長期戦は不利だ。
右手に笹の茂みが当たった。数枚をちぎりとり、奴の頭上を飛び越え広場の中央へ着地する。もっとも動きやすい場所。奴の背後めがけて笹の葉に妖気をこめて飛ばす。手裏剣と化した葉が狙いを誤ることなくターゲットの元へ飛んでいく。おそらく奴は避けるだろう。しかしそれは薔薇を武器化し、次の動きに頭を巡らすには充分な時間だ。
ローズウィップを構え態勢をとる。案の定奴は笹の葉など造作もなく避けた。奴なら再び距離を詰めてくるはずだ。しかし奴が振り向きざまに放ったのは……
「妖気弾!」
妖気弾が二発。ひとつはまっすぐに広場中央へ、少し遅れてもうひとつはやや左のほうへ流れている。ちょうどオレの左後方を狙ったものだろう。
奴の狙いは「誘導」。ひとつめの直撃を避けるために動くべき方向は左右プラス上空のみっつ。オレは空中で自由に動く能力など持ち合わせていないし、しかも安易に飛び上がっては的になる可能性が高いので上空は却下。残りは左右ふたつになるが、左に避ければ直撃まではいかなくともふたつめの軌道上に飛び込むかたちになってしまう。右へいくか……、しかしそれでは奴の思うつぼだ。どんなに器用に動こうと分が悪い。「敵の行動が読める」、戦場においてこれほど有利なことはないのだ。
……ならばどこへいこうと同じではないか。
どうやら正面から迫る妖気弾のほうが左よりも威力が劣っているようだ。左のほうは狙いを定めようがないぶん、被害範囲を広める意味で威力を増大させたのだろう。しかし意識的に変化させたせいかその差が極端にあらわれている。
……いける。
直撃。さらにもう一発が着弾することで巻き起こった爆風が辺り一面を覆う。舞い上がる土煙の中、なにか質量のある柔らかい物体が地面に落ちる音がした。そして水が落ちるような音、なにかが倒れる音……。
勝敗は決した。視界が晴れたとき、そこには腰から分断された奴のからだと、本体から離れ天を指差したように地面にころがった奴の左腕があった。
続く ...
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