Date
2 0 1 1 - 1 0 - 1 5
No.
0 1-
ヒカリ
h i k a r i
─鍛冶屋のはなし─
鍛冶屋には最近気になっていることがある。
よってらっさいなどといわれながら歩く露店通り。声をかけられるままに手を伸ばせば小物金物日用品、ありとあらゆる品物が目を瞑っていても一揃えに揃ってしまいそうな品揃えである。活気溢れる日常が、まさに眼前に繰り広げられる──その只中に在りながら、鍛冶の心はすっきりと晴れをみない。その理由。
廃物商──いわゆるリサイクル・ショップである。
商品は、一度はそれを望んだ者の手に渡り、ある日突然不要の烙印を押された物たち。主にいわせればある日突然ではない、やむを得ぬ事情があったのかもしれない。が、物にしてみれば事情などどうだってよい。ここに並ぶ物たちをよく観察してみるとよい。その余生、再び望まれる日を待ち焦がれ、行き交う客の顔色を窺い暮らす、惨めな運命を余儀なくされている。
すべてが悪いとはいわない。純粋なリサイクル意識から物を売り、それを買う経済が存在することも、もちろん認めている。しかし、やはりよく観察してほしい。明らかに主の身勝手から手放された物も、少なからず在る。
流行(はやり)が過ぎたからと売られてくる女の着物。転居先に連れては行けぬと売られてくる真新しい家具。新しい物を買ったからと売られてくる、どこかの職人が丹精込めて打ち出したまだ使える包丁──
リサイクルといえばきこえはよいが。実は真に物を大事にしているのとは少し違うと鍛冶は思う。
同時に、物を作る物としての反省を思う。
今や、市場をみ渡せば量産品の山である。安価に出回るそれらを買い、安価なのだから買い換えればよいと思う──それを繰り返す度に、物の価値を判断する目も衰える。
悪循環。もちろん、量産品がすべて悪いとはいわないが。
よい物を手に入れれば、早々手放そうとは思わぬ筈。時代の流れをそうさせている責任の一端を己に向けながら、また一方で、他人に売るくらいなら初めから買わなければよい、と思ってしまう鍛冶屋であった。
─黄泉のはなし─
うっ屈とした気持ちを抱えながら山道を帰り着くと、鍛冶の小屋の入り口の戸を背に、黄泉が座っていた。地面に直に尻をつき、少し開き加減にゆったりと伸ばした膝に肘をかけた姿勢で、ぼうと一人空をみている。小道から現れた鍛冶に気づき、視線をやるが、本当に側に来るまでは立とうともしない。鍛冶は近づきながら「よう。」といった。
「なんでえ。入って待ってりゃいいじゃねえか。」
戸にかけておいた木札を指先に引っかけて外す。黄泉は尻についた土を軽く払い、仏頂面で地面を睨みながらこういった。
「留守なのに、勝手に入ったら悪いだろう。」
鍛冶はかかっと笑った。
「盗賊のいう台詞かよ。」
「……うるせえな。」
更に鍛冶はいった。
「字ぃ、読めるだろうが。」
戸にかけておいた木札──今は鍛冶の指先にぶら下がっている木札を指していう。これには「家人は居りませんが、御用のかたは中に入ってお待ちください」などという洒落た文句が書かれている。ふもとの住人は皆知っている通り、家人は一人しか居ない。稀に狐の妖怪が居ることはあるが、あれは家人ではない。よって、己が所用で外出する際は、前述の文句を記した札を、目立つように戸の外にぶら下げておくことにしている。これを無用心といわれても、家人なりの配慮なので致しかたない。
黄泉は半ば怒りながらいった。
「だから。ヒトが居ないからって、勝手に入ったら悪いだろう。」
文面は長くなったが、結局同じことしかいっていない。この男の心理構成ではこれが限界なのだろう。鍛冶屋もこれ以上掘り下げない、
「ふうん、そうかい。」
律儀な盗賊も居たものだ。自身が先に小屋に入り、客人を招き入れる。
「今日はどうしたぃ?」
用事があるか、狐の妖怪が居るかしなければ、わざわざ寄りついてくるような男ではない。いうまでもなく本日は狐の妖怪は居ないのだから、いわゆる「鍛冶屋の用事」があるのだろうと推察する。
「ん?」
視線をやり、促すと、大して困った顔もみせずに懐から布に包まれた「相談事」を取り出した。
丈は肘から手首までもない。くるでいる布はご大層に絹である。差し出され、鍛冶屋が預かる。手のひらの上で優しくその衣を取り去ると、華奢で儚げが全身が露わになる。
「ほう。こいつは小柄だね。」
便宜上小柄と書いたが、形状を表すならナイフのほうが近い。鞘は水牛か何かの皮革から作られていて、それを払い、現れた刀身の実に妙というべき弧を描いた姿──女性的とでも表現したくなる艶やかさがある。ただ一つ、難点は所々に錆びが目立つ。往年の切れ味は今は失われており、鍛冶がみる限り、ここ数年は使用されている形跡はない。
「古いモンだね。」
色々な角度で眺めながらいう。それを更に眺める黄泉は、ここまで無表情を貫いていたのだが、次に鍛冶が、
「だが、随分と上モンだ。」
と呟いたとき、ほんの少しだけ目の奥に光るものが現れた。それはまるで、本当は誰の目にも触れさせたくなかった取って置きの宝物を、さり気なく人目に触れさせたときに、さり気なくそれを褒められたときの、ガキ大将の自慢げで満足げな目であった。
そして、それはもちろんほんの一瞬であったと追記しなければならない。なぜならその次に鍛冶がいったことば、
「盗品かぃ?」
に、黄泉は激しく憤慨した。
「ばかやろうちがうよ買ったんだよっ。」
顔を赤くして否定する。極端な反応に、鍛冶は呆気に取られた。何せ、相手は盗賊である。その盗賊に、極めて控えめではあるが実際自慢げにみせられた品である。この場合、盗品かと尋ねるのが当然の流れとみる。そして当然、そうきかれた盗賊は、「ああ、大したモンだろう。」とうれしそうに答えるか、違う場合は「いや、実はそうじゃねえんだ。」と残念そうな表情をみせるものだ。
呆気に取られた鍛冶が何もいわないことに、黄泉は更に腹を立てた。
「……何だよ。盗賊が買い物しちゃ駄目なのかよ。」
と、怒りを取り繕ってはいるが、耳まで赤くなったところをみると、羞恥か。分かり易い、かわいい奴だ──と鍛冶は思ったが、これ以上掘り下げても仕方がないので、客人の要望をきくことにした。
「で、コイツをどうしたいんだぃ?」
黄泉のはなしを要約するとこうなる。
この小柄は、盗賊稼業に足を踏み入れた頃に、どこかの街で開催していた刃物の見本市で一目惚れして買ったもの。持てば手に馴染み、みれば心に染み入るものがある。大そう気に入っており、殺しに使ったことはただの一度もない。時が経ち、錆びがつき始めたが、素人が手を入れ、却って悪くすることもあると某人にいわれ、どうしてやろうかという考えも及ばぬままに、ただただ持ち続けていた。人生を共に歩んできたお守りのような存在。無論、捨てる気など更々ない。それを。
最近、蔵馬がしつこく絡むようになってきた。晴れた夜に、満月を刀身に映しながら酒などをちびちびやっていると、傍らまでやってきて、しげしげと眺めながらこんなことをいう。
「使えぬものを、いつまでも大事に持っておるのだなあ?」
捨ててしまえ、捨ててしまえと、チクチクという。
あいつは刀を使わないから──と黄泉がいった。
「あいつは刀を使わないから、コイツのよさが分からないんだ。……いや、目利きはあいつのほうが上か。ただ、あいつの価値観は骨董のほうに傾いている。だから、道具としての物の価値は、使えるか、使えないかでしか判断しないんだろう。」
そして、コイツが使えるようになれば、あいつも捨てろとはいわなくなるだろう、と──
「……で、俺に預ける気になったって訳か?」
「ああ。」
「いいのか?」
預ける相手が己で、という意味で問う。
「いいも悪いも、『鍛冶屋』だろう?」
と黄泉は答えた。
「この辺りは他に鍛冶屋も居ないし、おまえの腕が確かなのは分かっているからな。」
「おまえ……、さらっとうれしいこといってくれるじゃねえか。」
「……うるせえよ。それに俺だって、本当はおまえよりも、ソイツを作った元の工房に預けたほうがいいと思っているんだ。だが如何せん、その工房ってヤツが分からねえ。ま、こっちも『やむを得ぬ処置』ってことさ。」
照れ隠しか、或いは本音か。まあどちらでもよいが、不服そうにそんなことをいうから、鍛冶屋も「やむを得ぬ」を「万全な」にするため、こんな提案した。
「作った工房なら分かるぜぇ。」
「え、そうなのか。」
「ああ。『かじやのおじさん』を莫迦にしちゃあいけねえよ?これでも鍛冶屋ギルドの三ツ星会員だ。場所も、ここからそれ程離れてねえし、俺の知り合いも居るから……。どうする?預けちゃるか?」
ああ頼む、と、黄泉がここに来て初めて笑顔をみせた。それをみて、「ふうん、こいつはやっぱり分かり易い、かわいい奴だ。」と思う鍛冶であったが、やはりこれ以上掘り下げて客人の機嫌を損ねてもいけないので、預かり証云々の手続きを用意しながら、後は他愛のない世間話に終始するのであった。
続く ...
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