Date
2 0 0 1 - 1 2 - 0 1
No.
0 1-
狐と鍛冶屋
i n s i d e h i s b r a i n
鍛冶は愛妻の夢をみた。
その姿は最後に別れたときとまるで変わりがない。……美しかった。郷愁を思わずにはいられない。
愛妻とはもう一年以上会っていない。本当なら、今年の夏に一度帰郷する手筈になっていた。だが、直前になって仕事が立て込み出すとどうにも都合がつかなくなり、月日は敢えなく流れ去った。
懐かしい、俺の帰りを一途に待ち続ける愛しい女……。
そう思ったとき、身体は自然に動いた。
鍛冶は手近にあるものに手を伸ばし、「それ」を優しく腕に抱いた。「それ」は撫でるとしなやかな長い髪が心地よく指に絡み、くちびるを寄せると僅かながら薔薇の匂いがした。
……薔薇の、匂い?
おかしい。と、気づくと同時に、鍛冶の眠気は一気に覚めた。そして、咄嗟に開けた目でみたものは、自分の腕にしっかりと抱かれた若い妖狐の姿。眠りを妨げられたせいか、いつもにも増して不機嫌な顔をしている。
「血迷ったか、鍛冶屋。」
呟き、妖狐は鍛冶を鋭く睨みつける。だが鍛冶は別段慌てる様子をみせない。
「済まん。間違えた。」
軽く謝り、妖狐の身体を解放する。その後はまるでどうだっていいような態度、あっさりを妖狐に背を向け、自らの腕を枕に再び寝入ろうとする。
「……。」
妖狐はこの冷たい態度になぜか理不尽なものを感じる。ことばもなく鍛冶の背をみつめていたが、その視線に気づいたのだろう、鍛冶は面倒臭そうに呟く。
「悪かったっていってるだろう?もうしないから寝ろ。」
……きこえたはずである。だが、妖狐は両腕を床(とこ)に預けて伏したまま、じっと鍛冶から視線を逸らさない……。
理由が分からないと、視線とは随分うるさく感じるものだ。仕方なく、鍛冶は重い身体を寝返らせる。
「何だよ……。」
過ちについては認めた上でもう二度も謝った。そういう気持ちが鍛冶のことばを更に冷たく素っ気なくする。
妖狐は暗闇の中でつまらなそうな目を鍛冶に向けていたが、しばらく経つと不図自ら視線を逸らし、失望したようなため息を吐いた。
「……そんないいかたすることないだろう。」
「……は?」
そんなことをいわれても鍛冶には訳が分からない、訝しくみ返す。一方妖狐は、いうことをいってしまうと鍛冶にはのろっと背を向けて、今度はこちらから接触を断つ気配である。
鍛冶は首を傾げ、身体を仰向けて天井を眺めた。だが……、
『そんないいかたをすることはない。』
反復して考えてみると、なるほど、鍛冶にも気づかない節はないのだった。
若い妖狐はプライドが高い。だからといって、間違いに身体を抱かれたことが一番の不満にはならないのは確かである。つまりこの妖狐にとって、身体を抱かれたのは良しとして、後にそれが「間違いであった」と認められたことは自分のプライドが許さないのだ。……難しい思考回路である。
じゃあ俺はどうすればいいんだ?思うと同時に、鍛冶は困惑ぎみに苦笑した。
「蔵馬。」
「……。」
「本当に悪かったよ。機嫌直せ、な。」
「……。」
「ほら、腕、貸してやろうか?」
「いらない。」
鍛冶は再び苦笑する。
鍛冶にとって、この妖狐は幼子と同じようなものであった。うるさい、邪魔だといいながら、どうしても無碍に突き放すことができない、厄介な存在になっている。
だからもう、何もいわずに眠ることにしようか。
明日からはまた、多忙な日々が始まる────。
────と、その前に。
鍛冶は不幸にもある事実に気づいてしまった。途端、がばっと飛び起きるが早いか、口は勝手に怒鳴り声を上げてくれる……。
「っていうかおまえ、何で俺の寝る寝台に寝てるんだよっ!!!」
妖狐はのろりと首だけ振り返り、不機嫌な声を更に不機嫌にしていい放った。
「仕方ないだろう、寒いんだから。(怒)」
「逆切れかい……!」
続く ...
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