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ワンオブザ→  o n e o f t h e →


 鍛冶は仕上がったばかりの刀剣をかざす。艶かしく反り返り、一片の曇りもなく、切っ先までが天に吸い込まれていくかと思わせる程に鋭い。この世のすべてに君臨せんと欲するその姿は荒々しく、それでいてこの世のすべてを鎮圧せしめんとする清らかな静寂を併せ持つ。
 完璧な仕事であった。鍛冶は満足げに笑う。刀剣を製造することを生業にしている職人は数いるが、刀剣を生み出す技術にかけては恐らくこの鍛冶の右に出る者はいない。
 どことなく勝ち誇ったようにもみえる笑みを湛え、鍛冶は独りごちる。
「ふ、やはり俺は天才だ。」
 途端、入り口の扉が興醒めなくらい当たり前な音を立てて開いた。そして誕生の瞬間にしか味わえないという貴重な感動をぶち壊す無色透明で無感動な声が、長い銀髪をなびかせ、いった。
「お届け物でーす。」
「帰れクラゲ狐っ!夜の街でも漂ってろっ!」
 開口一番に怒鳴りつける鍛冶にも蔵馬が驚くことはない。鍛冶の性質は承知している。操縦だって慣れたものだ。
「久しぶりだからってそんなに喜ぶなよ。」
 若い妖狐は場違いにうれしそうな微笑をみせた。無論ただの演技である。寒い空気も流れる。
 鍛冶にしても、蔵馬の性質を知らないわけではない。散々痛い目にも遭ってる。即座に猿芝居をみ抜き、先刻よりも更に大声で怒鳴る。その前兆を察して蔵馬が耳を塞ぐ。
「喜んでねえっ!帰って寝ろっ!!!」
 ここまでされれば誰がみても喜んでいるようにはみえない。
 鍛冶があまりにも剣幕に声を荒げるものだから、蔵馬はこれ以上鍛冶を使って遊ぶのを諦めた。つまらなそうに髪を掻き上げながら呟く。
「……相変わらずでかい声だな。来た早々に帰れはないだろう。」
「だから何しに来るんだよおまえは……。」
 相手をするのも面倒臭い、鍛冶は蔵馬に背を向け、手にしている生まれたての刀剣を控え商品の棚に並べ置いた。鍛冶の了解を得ず、といっても得ようとしても無理なのは分かっているから半ば勝手に、蔵馬は鍛冶の作業部屋に踏み込んだ。
「入ってくるなよ。仕事中だ。」
「そろそろ休憩時間だろう?」
 何もかも知り尽くしたような顔で飄々といってのけるから、鍛冶は憎らしい。短いつき合いながらも蔵馬は鍛冶の日間予定、更には週間予定までもを厭味なくらいに憶えていた。もしかしたら自分のスケジュールに組み込んでいるのではないかと思わせる程によく心得ていた。例えば、おまえがその一端を忘れてもオレが指摘してやるから安心だ、などといわれたとして、それが満更冗談にもきこえないのだろうから恐い。
 そして実際、鍛冶はこれから一息入れようかと思っていた。しかし、一仕事終えた安堵の気持ちなど、能面のような妖狐の顔をみた途端に彼方へ逃げ去ったことはいうまでもない。
 苦々しく睨む鍛冶の視線を肌に感じながら、蔵馬はひとり背の低い移動台を広間に引きずって来る。許可は得ない、蔵馬は鍛冶の部屋にある備品を自分のもののように扱う。それについて鍛冶が咎めることは、今はない。無論当初はこの厚かましい態度が鼻についたものだった。しかしよくみていると、蔵馬が鍛冶のプライベートな品に手をつけることは決してない。まあ寝台だけは別だったが、その他の物品については自分なりにわきまえがあるらしかった。それが分かってからはこの件で鍛冶が蔵馬をうるさく叱ることはなかった。慣れた、というよりも諦めた。いや、諦めさせられたのか……。蔵馬の存在は、自分を主人より偉いと思っている我侭な飼い猫に似てきた。猫なのだから仕方がない、何をいっても無駄なのだ。
 広間に移動させた台の上に、蔵馬の持ってきた丸い物体が不安定にごろんと置かれる。
「何?」
「瓜。」
「は?」
「は?じゃなくて瓜。」
 確かに瓜に相違ない。緑の、重たそうで、転びそうな姿。どうみても瓜にしかみえない。だから何だ?鍛冶はわけも分からず沈黙した。蔵馬は続ける。
「この暑さの中、おまえが仕事のし過ぎで過労死しないか心配だから労いに来た。」
 そして冷えてるぞといって楽しそうに笑う。
「嫁サンの代わりにおまえの身体のことまで考えているんだ。ありがたく思え。」
「何でいつも偉そうなの、おまえって?」
 鍛冶には何となくだが察しがついた。
 ……なんやかんや理由をつけてはいるが、要するに『ただ遊びに来た』だけなのだ、と。
 鍛冶は頭を振りため息を吐く。もうこの男の我侭に振り回されるのは御免である。
「ああそう。じゃあ瓜置いて帰りな。」
「よかった、嫌いじゃないんだな、瓜。」
「……ったく、家庭菜園でもやってるか、おまえの組は?」
「いや、あるルートで手に入れた。」
「ほお、ボクチャンの組は作物泥棒なんかもするのか。……因果な稼業だな。」
「おまえのために仕入れたんだ、あんまり厭味をいうなよ。嫌いなのか、瓜?」
「『瓜』じゃなくて『おまえ』が嫌いなの。」
 残念ながら蔵馬には鍛冶の雑言が響かない。ここにいる間は自分に不利益なことばはきこえない耳になるらしい。構わずに座り込むと、どこからか取り出した一片の細長い葉をひらひらと振り始める。そして瞬時、妖力を注がれた葉は切っ先も鋭く小太刀と化す。
「?……何する気だ?」
「切る。」
「はあ!?」
 呆れる鍛冶がみ下す前で、蔵馬は当然のようにいった。
「だってオレも食いたい。」
「『だってオレも食いたい。』だあ……!?くそガキ。お届けモンなんだろう、そのまま置いて帰れよ。受領書なら書いてやる。」
 さっさと帰れの意を込めて鍛冶は冷淡にいう。残念だが蔵馬の耳には届かない。
「途中で柳の葉を取っておいてよかった。」
「?」
 厭味は厭味な分だけ、四、五倍にして返す男はさらりといった。
「おまえのところの包丁は切れないからな……。」
「おまえ、すげえムカつく……!」

 蔵馬が切り分けた瓜の一片を口にした途端、鍛冶は顔をしかめていった。
「まずっ。」
 蔵馬はきょとんとした顔で鍛冶が口に入れていたものを吐き出すのをみつめた。そこまでするのだから、自分を追い払う算段にもみえない。例えそうだったにしても、蔵馬には鍛冶を頭から疑う心理が存在しない。
「そんなにまずいか?」
「まずいって何これ。食ってみろ。」
 蔵馬は鍛冶の柳葉包丁を使い、先端で器用に小片を切り取った。いわれるままに口に運ぶ。
「甘くない……。」
 ぼそりと呟くことば。そして心が咎めているらしい目をして鍛冶をみた。そんな捨て猫みたいな目を即座にするなよ、鍛冶は思い、仕方なくこういった。
「ああおまえのせいじゃないから気にするな。」
「気にはしない……。」
 蔵馬の声色には色がない。だからといって落ち込んでいる風でもなく、実際気になどかけていないようだった。
「?」
 蔵馬はまだ小分けにせず半分が丸々残っているものに手を触れる。一秒と経たず手は引かれた。そのまま無言で包丁を刺し、中央部を一片だけを切り取ると、それを包丁の先に刺したまま鍛冶に突き出した。心持、先程よりも果肉に赤みが差しているようにみえるのは気のせいか。
 一連の行動は怪しくみえたが、真っ直ぐに包丁を向ける蔵馬の目が有無をいわせなかった。渋々鍛冶は蔵馬の持つ包丁から直接瓜を食う。だが次には、鍛冶はまじまじと蔵馬をみつめている。
「おまえって、一家に一台だな。」
 珍しく感心した声がいった。
 蔵馬は膝を基点に頬杖をつき、うれしそうに鍛冶の目をみつめて笑った。

続く ...

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