Date  2 0 0 1 - 0 8 - 0 4  No.  0 2- 

ワンオブザ→  o n e o f t h e →


「瓜とオレどっちが好き?」
「瓜。」
 即答。そういって鍛冶は種を吹き出す。種は狙い定めたように蔵馬の額を弾いて床に落ちた。
 さすがの蔵馬も頬の筋肉がぴくりと動いたようだった。だがそれもほんの一瞬。
「なあ鍛冶屋。」
「ん?」
「瓜とオレ、どっちが好き?」
「……。」
 恐らくは、鍛冶が『おまえのほうが好きに決まってるじゃないか、かわいい奴だなボクチャンは、はっはっは。』とでもいわなければ、延々この質問を繰り返す、らしい。扱い辛い男だ。こんな野郎が上に立っているのだ、下の連中はさぞかし苦労が絶えないに違いない、鍛冶は思う。
「おまえがどう頑張っても、俺のランキングは『カミサン』、『瓜』。」
 蔵馬は甘さを引き出したほうを切り分けたものにかぶりつきながらきく。
「オレは?」
「圏外。っていうか問題外だ。顔はかわいいんだから、黙っててくれればいうことねえんだけどな……。」
 鍛冶も瓜の小片を手に取る。そして無感動にふうんしかいわない蔵馬がしゃくしゃく瓜を食っている様子を何気なく眺めた。頬の辺りに流れる髪が瓜と一緒に口に運ばれたりする、それを邪魔臭そうにしながら手で除くこともせず首を振る仕草がどうにも子供じみている。
「ほら、髪がついてるだろうが……。」
 鍛冶には世話の焼ける奴をみると放っておけない性質があった。空いている右手を伸ばし、頬から首筋まで指でなぞり髪を除けてやる。すると口元が露わになるが……。
「……。」
 鍛冶はあることに気づいた。これはいうべきか、いわざるべきか。
「蔵馬。」
「ん。」
 瓜を食っている蔵馬は鍛冶に目を向けない。
「こういうはなし、知ってるか?」
「知らない。」
「……あのさ、『モノを食べる』っていう行為は、実はそいつの本性が一番表れ易いんだってさ。」
「へえ。」
 まったく関心がない様子で相槌だけを打つ。立場が逆ならはなしをきかない鍛冶に不満顔をするくせに、こういうところは自分本位である。構わず、鍛冶は続けた。
「おまえのその噛みつくときのくちびると種出すときの舌使い……。」
「?」
 頭の中に疑問符が現れたのだろう、蔵馬がはっとして顔を上げる。鍛冶は至って真面目な顔でこういった。
「何かすげえ淫らだな。」
「何いってるんだ、おまえ。」
 素早い返答。蔵馬はただ無感動に吐き捨て、プッと吹き出した種ひとつで鍛冶の額を撃った。
 鍛冶は額を一掻きし、瓜の果肉を口に運びながらいう。
「なあ蔵馬。くちびる吸わせろよ。」
 随分と興味なさげな声である。蔵馬も瓜を食い始めた。
「厭。」
「いいだろう、一回だけだから。」
「厭だって。」
「ちょっと目瞑ってれば終わるぜ。」
「厭。」
「気持ちよくしてやるから。」
「余計厭だ。」
 口説いているようにみえるが、鍛冶は蔵馬を追い払いたかった。だが、単なる算段にしてはこの行為は危険過ぎた。度が過ぎると命にもかかわる……。
 蔵馬はこのはなしが流れるまでは終始無視し続けることに決めたらしい。俯き加減でもくもくと食うことに徹している。その蔵馬の左手を鍛冶が押さえる。そして身を乗り出すが、蔵馬は抗わない。
「厭だ……。」
「きこえねえって。」

 そう、人生には時折命にかかわることがあったりする。
 突然、作業小屋の戸が小屋ごと崩れるのではと思わせる程乱暴に開いた。そして大きな瓜を肩に担いだ男が頬を引きつらせ、鍛冶を鋭く睨みつけていった。
「お代わりいるかい、鍛冶屋……!」
「俺のことは先生と呼べぃっ!」
 鍛冶は振り返り、入り口脇に張られた紙を指差していった。男は鍛冶に構わず、蔵馬に向かって声を荒げた。
「貴様という男は……!暑さにかまけてサボタージュかっ。」
 蔵馬は動じず、瓜を食い出す。
「休息。」
「同じだ!」
 男の正体をみ止めた鍛冶は、蔵馬にいった。
「今日は保護者同伴だったのか、ボクチャン。」
「……『ボクチャン』って呼ぶなよ、黄泉に殺されるぞ。」
 蔵馬はそういってちらりと黄泉の表情を窺った。蔵馬は鍛冶が自分を呼ぶときに使う『ボクチャン』が好かない。しかし、後にヒト伝いにきいたはなしでは、黄泉は蔵馬よりも気に食わないでいるらしい。
「蔵馬、挨拶にしては長居だなこの鍛冶屋では……。他にも中元に回るところがあるんだからな。そろそろ退け。」
 蔵馬は手の甲で口を拭いながら立ち上がる。
「中元?」
 み上げるように呟いた鍛冶に、蔵馬がいった。
「そう、中元。ただ遊びに来てると思ったか?」
「思った。……何だよ、いいところあるじゃねえか。半分食ってるけど。」
「今頃気づいた?」
 そういいながら蔵馬は踵を返し歩き出す。もう鍛冶を振り返ることはない。
 黄泉の傍らまで来ると、何かをいわれる前に手に隠し持っていた瓜の切れ端を黄泉の口に押し込んだ。そして肩に手をかけて耳にくちびるを寄せ、ささやくようにいう。
「何怒ってるんだ、おまえ?」
「怒って、ねえよ……。」
 黄泉は蔵馬のする慣れた態度に照れ臭そうに顔を背けた。蔵馬は笑う。何もかもが遊びの延長。今は楽しくて仕方がないのだ。
 蔵馬はくるりと振り返る。そして鍛冶に向かい妙に形式ばった挨拶でこういった。
「『今年度はたいへんお世話になりました。来年度からも末永く、宜しくお願い致します。』。」
「おお、こちらこそ。次期からはおかしな金融機関を通じた手形払いとか控えろよ。」
 儀礼の挨拶を終え、一息吐いた後は、元の悪戯で小悪魔な蔵馬に戻っていた。だから、飄々とこう続けたりする。
「個人的にも世話になるから。」
「おーおー、当たり前のようによくゆーね。」
 そのやり取りをきいて、黄泉が独りごとのように呟く。
「……もう来させねえって……。」
 声は低かったが、それがきこえた蔵馬は今度は本当に怪訝な顔をして黄泉の顔色を窺った。
「なあ、本当に怒ってないのか?」
「うるせえな。次、行くぞ。」
 相変わらず若いな、このふたりは。鍛冶は思い、このいつまで経ってもすれ違っているらしい平行線に苦笑した。そして何となくだが、蔵馬がここに顔を出し漂うように過ごすことの理由が垣間みえた気がした。
 ……少しはボクチャンの寂しさにつき合ってやるのも悪くないか。……などと同情心に似た感情が、一度は起こった鍛冶だったが……。
 蔵馬は去り際、入り口から顔を出して淡々と告げた。
「得意先回りが終わったら寄るから今日は仕事を早めに切り上げて待ってろ。」
「頼むからもう来ないでくれ。」


← P R E V I O U S 金魚の水槽

HOME  MENU

Copyright (C) Kingyo. All rights reserved.