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トーチャン  W e L o v e D a d


「トーチャンあそぼ。」
「あそぼ。」
「ねえトーチャン。」
「トーチャン。ボク、オシッコ。」
「ほら耶稚?父様は休んでいらっしゃるのですから、厠へは母と参りましょうね?」
「はい、カーサマ。」
「亜留も。父様は長旅で疲れていらっしゃるの。遊んでいただくのは明日にしましょうね?」
「はい、カーサマ。」

「……。」
 鍛冶の子等は、母のことはカーサマと呼ぶのに、父のことはなぜかトーチャンと呼ぶ。
 瓦版を読みながら、鍛冶は思う。
 まあ、普段居ないのだから、仕方がないか。トーチャンという、認識があるだけまだマシだ。
 もっと下の子になれば、転んで泥だらけになったところを抱き上げただけで、「知らないオジーにサワラレルー。みー。(※さらわれる、といいたいらしい。)」と泣き出してしまう……。
 父親なんて、寂しい商売だ。……と、休んでいらっしゃるといっている割には、夫にこの秋生まれたばかりの赤子を背負わせてはばからない賢い愛妻をみて、思う。
「はぶぶぅ。」
「はいはい、よしよし。(あ、鼻汁が……。)」

「父上っ!」
 と、一番上の子だけは呼ぶ。
「……は、はい?」
 子は、火鉢の傍らで静かに瓦版を読む父の前に膝をつき、胸に当てた右の拳をわなわなと震わせている。
「私は、私は父上を見損ないましたぞ……!」
「……。」
 遺憾そうな顔をする。
 既に成人している子の第一志望は、盗賊を征伐し、人民の生命と財産を守る国の警固役である。正義感があって、大変よろしい。(っていうか後継げよ。)
「何のことだ?」
 と、鍛冶はいう。瓦版を畳み、まあとりあえず座りなさいよと肩を叩く。
「白を切るとは父上、男らしくありませんよ。」
「はあ……。」
 子は正面に正座し、きりりと父をみ据える。
「巡礼の途中に立ち寄られたお坊様から、父上の噂をききました。」
 そして、その子の申すには、
「父上は、父上は……。神聖なる鍛冶の工房に、夜な夜な若い女を引き入れて、激しい愛憎入り乱れる、めくるめくような狂気と恍惚の(ぴー)を繰り返していらっしゃるそうではございませぬかっ!」
「は……?(ぴー?)」
「しかもその女は、自らの美貌を以って野蛮な盗人共の頂点に君臨し、あらゆる悪事の限りを尽くす、世に類をみぬ極悪盗賊で、知恵知略は超一流、向かう先に敵はなし、に一見みえるんだけど実はお茶目な天然系、ちょっと我侭なところが玉に瑕なのよね♪な、かわいいかわいい仔猫チャンタイプ……。」←?
「……。」
「……と、おっしゃる。(T_T)」
「おまえ、大丈夫……?」
 子のいい分は、所々当たっているようで、大方が根も葉もない。
 前半部は、まあ許そうか。しかし、
「仔猫チャン、っていうかなあ。(仔狐チャンとか?仔狸チャンとか?)」←仔狸寝入りチャンとか?(※違うもん。)
 兎にも角にも、心を咎めるいわれは全くない鍛冶であるが。
 子の自信に満ちた口振り、鋭い眼光……、父はたじろいだ。
「大体ソレ、女じゃないしなあ……。」
 正直にはなしていることを嘘だと決めつけられた子供のように、父の声は徐々に小さくなる。
「それでは父上、まさか男と艶事ですか!?」
「へ?」
「何たる破廉恥な……!目をお覚ましください、父上!その女か男か分からないような盗人に、騙されているとは思わぬのですか!?」
「……あのね?」
「おのれ盗人め……、我らが父を誑かすとは、盗人猛々しいとはまさに此也。」
「おーい。(父のはなしもきいてー。)」
 自信なさげに身体まで小さくなっている父を前に、子はいよいよ、それみたことかと腕を組む。更に胸を張って申すには、
「父上は、お優しい上に、人が好過ぎるのです。そんな風ですから、その女か男か分からないような盗人の美貌に負け、口車に乗せられてしまうのですよ?」
「はあ。」
「しかし、このことはもちろん母上には何も申しておりません。未だ母上の耳に入っていらっしゃらぬことだけは、当面の幸いでございます。」
 と、子はいうが。

 あの花サンに限って、耳に入らないなどという筈がなかろうな、と思う……。

「不在の父上に代わって母上と兄弟等を守護する自負のございます私から、お願い申し上げます。その女か男か分からないような盗人とは、母上に知れぬ内に縁を切り、金輪際、艶事に溺れぬと約束してください。」
「縁を切る……。」
「……。」
「って、いってもなあ……。」
 鍛冶は答えに窮した。
 何せ、その「女か男か分からないような盗人(※男だもん。)」は、親思いの子からみれば「父を惑わす色魔の愛人(※違うもん。)」かもしれないが、父の立場からみれば、あれでも立派な顧客の一人なのである。
 よって、鍛冶の煮え切らない態度は、今は致し方なしといえる。
 しかし、事情を知らない子はそうは思わない。
 諦めに息を吐き、若さゆえ、父に対する無礼で出過ぎた文句を、ぽろりと口にしてしまった。
「父上は、本当に母上を愛していらっしゃるのですか……?」
「……。」
 これには、普段は寛大で温厚な父もきき捨てならない。顔つき険しく、怒りに顔を赤くする。
「おまえ……、今何ていった?」
「……。」
 父は、畳んであった瓦版を、大きな両手でくしゃりとやり、
「ばかもんがああっ!!!」
 目の前に丸いちゃぶ台があったら間違いなく引っ繰り返しているであろう剣幕で、怒鳴った……。
 流石の子も、久々に落ちた父の雷には萎縮した。
 子の襟首をむんずと掴み上げ、父の主張はこうである。
「俺が花サンを愛していなかったら、なぜ円慈が生まれたのだ!?(←長男)
 俺が花サンを愛していなかったら、なぜ玉花が生まれたのだ!?(←長女)
 俺が花サンを愛していなかったら、なぜ心光が生まれたのだ!?(←次男)
 俺が花サンを愛していなかったら、なぜええ……

 ……はなしの途中だが、鍛冶にこれ以上しゃべり続けられても、流石に作者も名前を考えるのが面倒なので(←オイ)、以降十数人分の主張は中略させていただく。(何て作者泣かせなんだ、鍛冶屋よ?)
 ということで。

「俺が花サンを愛していなかったら、なぜ紗恩が生まれたのだあああ……!!?」(←もう何番目か分からん)
 いい終わり、鍛冶は感極まったあまり、両の眼から清らかな涙をとうとうと溢れさせた。
「父上……。」
 つられて、子も涙する。
「私の名は円儒です……。(T_T)」
「あ。あれ??」

続く ...

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実は個性派揃いの鍛冶屋サン一家。長男の円儒くんは完璧「母親似」ですね。…いや、続きを読めば分かりますよ、多分。。。
※日付は、弊サイトでの初回掲載日です。

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