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Status  c o f f e e t i m e 3


「あなたの顔をみるのも久しぶりですね。」
 といったら、
「恨みごとならきかんぞ。」
 と先手を打たれていたりする……。

「別に恨みごとをいうつもりはありませんけど。」
 トレイの上には彼のコーヒーカップとオレのコーヒーカップ。仲良くふたつ並べて持ってきたのに、彼の本体は相変わらず壁と仲良しで、
「何か用がなければ敷居が高い?」
 何年経てば「他人行儀」から「他人」が取れるのか知れない。ドアを閉める。
 トレイごとセンターテーブルに置いて、
「無沙汰も過ぎると、厭味のひとつもいいたくなります。」
 といったら、くちびるの端を歪ませるいつもの笑いかたで、
「さっきのが厭味か。」
「そうきこえませんでした?」
 彼は、これも彼独特の鼻息で「フン。」と笑い飛ばし、
「だとしたら、切れ味が鈍ったんじゃないか。」
 なんていうから。
 オレはため息を吐いた。といってもそれは、彼の生意気に厭気が差した訳では決してなく。
「それはあなたがここへ来ないせいですよ。」
「……。」
「最近、厭味をいえる相手が居なくてね……。」
 あなたが来るの、待ってましたよ。
 さらりといってのけたら、「前言撤回だ。」といわれた。

 いつまでも壁と仲良くされていても寒いから、こちらへどうぞというつもりで。オレは自分のカップだけを手に座り、彼のカップはトレイから移動させなかった。しばらく視線をくれないで放っておけば、彼は思いの外素直に、センターテーブルの角のところを選んで、座り直してくれたりする。その渋々にもみえない一連の動きを横目に追いながら、コーヒーを一口。彼が落ち着き、テーブルの上の彼用のカップに手を伸ばしたところで、
「それにしても。」
 と。彼がここへ現れたときから感じていた第一印象を、述べてみたりする。
「また、強くなったんじゃありませんか。」
 それを、彼は否定するでもなく、もちろん自慢してみせるような得意なヒトでもないから、ただ短く「だろうな。」と答えた。
 第一印象。彼には「成長」ということばがよく似合う。必ず、前回オレの前に現れたときの彼よりも、一ランク上の強さを身につけてくる。その日々の変化は例え微少だとしても、毎日顔を合わせている訳じゃないから、余計に気がつく。悪いことではないんだ。ただ、
「相変わらず、修行、続けてるんですか。」
「たまに閑ができても、他にやることがないだけだ。」
 その環境が羨ましい。
 お互い選んだbaseが違っただけ────ただそれだけの違いなんだと、初めは思っていた。しかし、現実は彼の姿を借りて、何度もこの目に広がり行く差異をみせつける。そして、正直嫉妬を禁じ得ない自分が存在する。……魔界へ行くリスクを避けた己を棚に上げてこんなことをいうのは虫のいいはなしだが、自らを向上させるのに都合のいい環境をほぼ無条件で手に入れている彼を、やはり羨ましく思ってしまう。
 厭味をいいたくなるのも、きっと自分が卑屈になっているせいだ。
 彼は、そうした考えを抱いてしまうオレの心を前から理解しているようだ。もちろん口には出さないが。良くも悪くも、彼はオレに対しては本当にあっさり者だ。
 だからこそ助かる部分もある。彼の声が、
「おまえが思っている程いいものでもないぜ。」
 なんて、いう。……オレはまだ何もいってないのに。
 でも折角の優しさだ、
「そう?」
 素直に乗ろう。
「ああ。」
「いいようにみえるのは、オレの勝手な想像か……。」
「それは知らんが。ないものが欲しいだけなんだろう?特に、おまえの場合は。」
 よくご存知で。
「まあ、それはありますね。」
 何気なく答えて、コーヒーを一口。その視線を外した僅かな隙を選んで、……彼が、ため息を吐いた。
「……。」
 いうまでもなく、これはとても珍しい光景だ。
 少なからず驚いたが、
「何?」
 会話の流れで、そうきくだけに留める。彼は「いや、実際のはなしな。」と前置き、口上の前にコーヒーでくちびるを濡らす。
「魔界は融通の利かない土地になったぞ。」
「……そう?」
「住めば分かるさ。おまえは昔の魔界を知っているからな。」
 更に続けて、
「……全く不便だ。魔界をどうこうするのは勝手だが、知らない間に平和条約みたいなものまで出来ちまって。昔のように誰彼構わず喧嘩をふっかける訳にもいかなくなったしな。」
 と吐き捨てたときの顔は神経質そうに、眉の間に縦線が寄ったりするから。どうやら事態は、彼の中では相当な深刻さを持つらしい。
「それ……。」
 とオレがいう。
「愚痴?」←だとしたらうれしい
「現状報告だっ。」
「あっそう。」
 軽く流して。
 オレは思わず苦笑した。なぜなら、
「あなたがこれまでどんな生きかたをしてきたかは知りませんが……。」
 昔も今も、喧嘩はいけない。
 微笑ましげに諭すと、彼は頬を赤らめてそっぽを向き、
「……別に誰彼構わず喧嘩をふっかけたい訳じゃないが、手合わせには相手が必要だろう。」
「居るでしょう?相手。」
 チーム・躯は屈強な戦士の集合体だ。強いオニーサンやオジサン(?)がいっぱいで、
「選り取り見取りじゃないか。」
 別に深い意味はないけど。
 彼がいう。
「奇淋や時雨のことをいっているなら、あいつらは俺と闘いたがらないぜ。他の連中もそうさ。俺が本気で当たればただでは済まないと分かっている。しかも面倒なことに、新体制では例え正式な試合でも、相手を殺せば罪になるのは俺ときた。」
「ふふふ。」
 普段は寡黙な男が、冗談のような流暢さで語るからおかしい。遠慮なく笑っていたら、彼もオレを横目にふふんと笑った。
「あなたの周りで、あなたの相手を出来そうなヒトは躯サンくらいですか?」
「いつから躯に『さん』をつけるようになったんだ……?」
 彼は、あいつも駄目だ、といった。
「あいつは、魔界が平和になったせいで、闘争心を削がれた顔をしている。今のところこれ以上強くなる気もないらしい。今じゃすっかり別人で、借りてきた猫みたいに大人しいぜ。」
「へえ。」
 オレは、新鮮な驚きと共に彼を眺めた。彼が躯を語る、その行為そのものが、以前の彼を知っているオレには本当に珍しく、あり得ないとすら思えたからだ。この数ヶ月の間に、彼の身に何が起こったのだろう。余計な詮索をしたくなる。
 しかし、その発言はほんの序章に過ぎなかった……。
「そのくせ、厭なことがあるとピリピリした空気を撒き散らす。部屋に閉じこもったまま三日も出てこない日があったかと思えば、突然けろっとした顔で現れて、『今日は具合がいい。』などと抜かしやがる。周りが受ける影響もお構いなしなら、振り回されるこっちは堪ったもんじゃない。」
 ……。
「……まったく、女心と秋の空とはよくいったものだな。気分屋で、手に負えん。」
 そんなことをきっぱりいい切られては、ツッコミどころがない。
「あなたが女性を語る日が来るなんて……。」
 実感を込めて、オレは呟いた。
「感動しました。」
「それは宣戦布告か?」
 まさか。客観的且つ正当な評価ですよ。
 いいじゃないですか、とオレはいった。
「側に気の許せるヒトが居るから、我侭になれるんでしょう。オレがそうだったから、何となく分かるな……。」
 すると彼は、心底納得とばかりにオレの顔を大様に眺め?
「道理で、おまえも手に負えん生き物だ。」
 それはどうも。今から開戦でいいですか?

続く ...

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