Date
2 0 0 4 - 1 2 - 2 6
No.
0 2-
Status
c o f f e e t i m e 3
「でも、羨ましいですね。」
「何がだ?」
「躯のことですよ。彼女の側には、いつも理解者が居る。」
「りかいしゃ?」
彼が分からないという顔をする。その態度。態とらしかったら失望したかもしれないが、どうやら本当に分かってないらしいので、
「ん。」
オレは目の前の人物を指し示した。直後、
「な。」
彼は徐ろに照れた。
「ばかな……、くだらんっ。」
だからオレは、
「そう?」
彼をみつめ、目を瞬かせる。
「下らないことかな。意外と大切なことだと思うけど。」
「……。」
「事実なら事実で、照れることないよ。悪いことしてる訳じゃない。」
いつまでもみていると、彼はコーヒーカップに逃げ場を求めた。顔を埋めるようにして、コーヒーを飲んでいる。ただ「理解者」といっただけなのに、ここまで動揺されるともう少し苛めたい気分になるな。(しないけど。)
「違うんですか?」
「何が……。」
「理解。してるんでしょう?」
「……。」
「噂にきくあなたたちの関係は、公私共によきパートナー、ということになっているようですが。」
彼は、
「ただのゴシップだろう。」
迷惑なはなしだ、といって、またがぶっとコーヒーをあおった────とその前に、魔界についての基礎知識を少々。
魔界の住人は噂(ゴシップ)好きだ。それは妖狐(オレ)が住んでいた遥か昔から現代に至るまで、脈々と受け継がれてきた彼らの性質といえる。理由は単純。今もそうだが、昔は今よりもっと情報機関が発達していなかった。町から町へ情報を伝える手段は人々の口に頼るしかなかった。人を介せば、当然の如く耳から入った情報はその人物の持つ主観が反映された形で口から出ることになる。伝われば伝わる程信憑性の欠けゆくそれらの情報を、他に知る術がないのだから、きく者は十なら十を信じるしかない。無論、それらが終着する頃には、元は十あったものが一にも二にも満たなくなり、情報も噂の域にまで落ちていた。そして、それらが正しく伝わらなかったとして、その人物の人生に致命的な影響があるかというと、実は全く影響がなかったりした。或いはそういう時代であったともいえるのだろう。日々の少ない娯楽の延長として、噂を伝え合う行為は暮らしに欠かせないものとなったそうな。ちなみに妖狐蔵馬が「極悪非道の盗賊妖怪」なのもゴシップの力の賜物。あくまで噂の域を脱しないそのレッテルのおかげで、実際あいまみえた妖狐蔵馬の「フツーのオニーサン振り」に度胆を抜かされた者は少なくない。
「飽きもせず、あることないことよく飛び交う。」
「あることもいわれてるならまだいいでしょう。」
「とかいいながら、おまえが(噂を)流しているんじゃないだろうな。」
「ご冗談を。あなたのような気紛れな自由人が、(当該の人物との)縁は既に切れているにも関わらず、以前とほとんど変わらぬ待遇で、つかず離れずの位置を保っているのをみていたら、誰だってそう思いますよ。」
「……。」
あなたは自分で思っているより有名人なんですよ。
にこにこしながらいったら、
「それをいうならおまえもな。」
「オレ?」
「ああ。」
少し考えてみる。
「オレは元々有名人だから。」
コーヒーを飲む。
「そうかもしれんが。」
色々いわれてるぞ?と彼がいう。例えば────
「『人間界に恋人が居る。』。」
「は……?」
「黄泉の国でナンバーツーにまで上り詰めた男が、人間界であっさり隠居を決め込んでいるのはソイツのせいだ、とな。」
彼の吐き捨てるようないつもの口調がいう。
オレはしばし黙し、回答。
「若くみえるし美人だけど、あれ母親ですから。」
「誰があの女のことをいっている……。」
ですよね。でも、……じゃあ誰のことだ?思っている間に、彼は噂の「お相手」について、ヒント。
「名前は『く』から始まって『ま』で終わる、性別は男だそうだ。」
いい終わりににやりと笑う。「思い当たる節があるだろう?」でもいいたげな顔だ。受けて、オレも心当たりの人物の名を呟いた。
「く。」
「……。」
「……らま。」
「はおまえだろ。」
分かってるよ。あなたがいいたいのは、クワバラカズマクンのことでしょう?
若き霊力の使い手。歓迎すべきことではないが、彼も向こうの世界では有名人の部類に入る。周知度を評価するなら、オレや飛影が花形芸能人だとしたら、彼はスポーツ選手くらいかな。知っているヒトが知っている程度。それでも面白おかしく伝えるには十分だ。
「当たらずも遠からずだな。」
とオレはいった。すると、
「……。」
厭な顔をされる。不快、というより、呆れに近い。仕方なくオレは、
「別に深い意味でいったんじゃないよ……。」
態と冷めた声でいう。
「友達が少ないからね。どうしても彼と居る時間が多くなってしまう。役割的にもそういう感じです。前にもいいましたけど、彼はオレの求めるモノを与えてくれるヒト。オレも出来る限り力になってあげたいと思うし。一種の『共生関係』ですよ。」
彼の性格上、「共生<馴れ合い」といわれたらどう反論しようか、と一瞬心を巡らせもしたが、これは幸いなのか、彼はひとこと「ふうん。」といっただけで、意識はあっさり次の話題へと転じた。勝手ながらそれはそれで寂しかったりもするが……、まあいいか。(いいのかな?)
「あいつは今も鍛えているのか?」
「自分なりにトレーニングは続けてるみたいです。」
「で、使えるのか?」
「もちろん。……それは純正の人間ですから、妖怪に比べれば上達速度が劣るのは仕方ないですけど、それでも一昔前の霊界探偵よりは確実に強いですよ。」
立派なものです。オレなりの評価で頷くと、彼は何だか気のない返事で「そうだな。」と呟いた。そして、
「おまえは……。」
ときかれる。
「?」
「ずっと人間界なのか。」
「ええ、まあ。」
「魔界は厭か。」
「厭ではないけどね。現に時々は遊びに行く。」
「?俺は知らんぞ。」
「そうでしょうね。あなたに会いに行く訳じゃなし。」
と。
口に出してしまってから、今のはちょっとまずかったかな、と思った。案の定、
「……。」
彼の顔色が曇る。厭な顔。今度は完全に不快の色だ。彼がいう。
「俺以外の誰に会いに行くんだ。」
それ、微妙に執着入ってませんか?
彼の顔をみないようにして、オレはいった。なぜなら、何のことはない、
「『よ』で始まって『み』で終わる、子連れ狼のストーカーだよ……。」
「すとー。。。」
「誰かが番号教えたらしくて、しょっちゅう電話がかかってくるんだ。肉じゃがの作りかた教えろとか、たまには顔がみたいとか……。うるさくて面倒だから、本当にたまに。閑でどうしようもないときに、顔をみせに行く。」
「……。」
「でもそのくらいだな、魔界との接点は。本音は……、行っても特にすることないし、結局他に友達と呼べるヒトが居ないし。ただ旅行に行くような場所でも、今はないですからね。」
彼は、これにも「ふうん。」としか反応を示さず、くいっと残りのコーヒーを飲み干した。
「黄泉とは何をするんだ?」
「何って……。」
「……。」
「あ、変な想像してます?」
「貴様程変な想像はしてないと思うぞ。」
「……今日はツッコミが厳しいですね。もう少し会話、楽しみましょうよ。」
「ブツブツいってないで答えろ。」
闘う以外のこと────と、オレは答えた。
「あの男は、そういうはなしを一切しないんだ。」
「……。」
「オレが弱いから相手にしないとかじゃなくて。色々あったせいかな……。黄泉とオレは複雑なんです。向こうは、オレと闘いたいとは思っていない。そういう関係になるのが、もう厭みたいで。オレは全然、そんなこと考えてないんですけどね。」
笑う。
「穏やかですよー……。子供が出来て、守る者が出来て、黄泉はとても優しくなった。今が一番充実しているようです。」
「おまえはどうなんだ。」
「え?」
彼をみた。
彼もオレをみていた。身体は斜めを向いていたが、その鋭い目は真っ直ぐにオレを射て、
「どうなんだ?」
二度目の問い。どう、といわれても……。明確な目的が示されないと、これ程難しい質問はない。とりあえず分かり易いところで、
「優しい、ですよ?」
「そうじゃない。」
……ですよね。
と、突然。
「あ。帰ります?」
テーブルの上に空のコーヒーカップを置いて、彼が立ち上がった。オレのことばには答えず、そのまま背を向けて数歩。窓に手をかける手前で立ち止まる。
「蔵馬。」
「は、はい。」
鋭い声に呼ばれる。何をいわれるのか。心の中に妙な緊張が生まれる。
待ち構えること数秒。彼は静かに振り返り、……常識では絶対にあり得ないことばを口にした。
「今度、俺と闘え。」
「……。」
「……。」
「……はぃ?」
用はそれだけだ、といい残し、男は部屋を後にした。テーブルに残されたコーヒーカップ。それ以外に男の存在を証明する物は何もなく、寒風が吹き込む窓を閉めながら、オレは耳に残る男の最後のことばを、頭の中で反復した────っていうか。
「手合わせの相手がほしいなら、初めの数行でいってくれればいいのに。」
だから今日の彼は多弁だったのか。今の今までかかったが、結局彼の目的はオレを誘うこと。考えてみれば、あれ程自身の欲求不満をストレートにぶつけてくることは、彼の場合珍しい。それに、躊躇いもせず、話題に「闘」を匂わせることも。
それにしても、「用」は「それだけ」って……。
なら今までの会話は一体なんだったんだ?
あなたの反応に一喜一憂しながら、オレは久しぶりのあなたとの会話を楽しんでいた。
カーテンを引く直前、ガラスの向こうの世界に向かって、オレは呟く。
「オレは、あなたの何なんでしょうね?」
その答えをくれそうなヒトは、オレと闘いたくなった頃に、またふらっと現れるんだろうな。そしてその手合わせでオレは優位に立ち、あなたの口から答えを引き出すのだ。
完
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